第23話 げろ甘い
話はその後も弾んだが、それとなく自分が人形に乗ることになった経緯に話が及んだ。
「……こう言ってはなんだけど、やっぱり美岬さんはきみを利用したいだけじゃない?
自分の家族の復讐に、ひとを巻き込むなんて正気の沙汰じゃない。僕が同じ立場だったら、そんなこと絶対させないのに!」
彼も感情の起伏が激しい性格らしい。
正しい道理をなぞり、正しく怒れるひと。
「わかってて、きみはあの人の言い分に乗っかるの?」
「あぁ、姉さんは殺されたんだ。
元凶はのうのうと娑婆で生きている。
テルクの海原にいけるなら、僕の目的はすぐ叶う。八号機が、それを叶えてくれる。それをわかったから」
「復讐なんて、よくない。
みっちゃんは逃げたっていいだろ、お姉さんのことを引きずり続けることなんてないでしょ!?」
「それは珊瑚くんに言われて、覆ることじゃない」
「――、ごめん熱くなった。
だけど僕は、前からあのひと、信用してないんだよね。血の通った人間に見えないって言うか、朝桐のやつも前後不覚というか、妄信してるだけじゃないのって」
「珊瑚くんは面白いものの見方をするんだな」
「ひととして当たり前のことを、当たり前だって言いたいだけだ。鮫人や人魚に絡むと、途端にみんなおかしくなる。
みっちゃん、言って聞かないことをわざわざ止めたりしないけど、……死なないでよ?」
「あぁ。ありがとう」
気が小さそうなのに、言うことは歯に衣着せないんだな、彼。でも……あんまり物分かりがよくなさそうというか。
枸櫞は彼からの差し入れの、カフェオレの缶を空ける。
(げろ甘い)
最近は自分で淹れるときも、無糖のブラックが殆どだし、甘い系の缶はずっと避けているんだが……。こういう好みの溝は、これから埋めていけるといいかな。
「湾内一帯は遺跡に由来する力が、共鳴者と対策をするものを除いて、認識を阻害する。
鮫人にまつわる出来事はすべて、そうやって隠匿されてきた。そのほうが泉客にも政府にも、都合がいいんだろうね。
僕はさ、まわりには戦える共鳴者があれだけいるのに、テルクへ一度だって喚ばれない。
ネーレイスの唄に、どの鮫人が照応するのか、その条件だってわかっちゃいないけど、法則はあるはずなんだ。
できれば、もう戦えない自分なんてやめたい――いつか、きみと肩を並べて戦えるなら、いいんだけどな」
*
「……それも、そうだよな。
八号機が立て続けに喚ばれて、感覚が麻痺してたけど。
それまではほかのやつらがランダムに喚ばれてたらしいし。
今夜また出撃するようなら身体がなんとか保っても、心が折れるわ」
「そも、ここ最近のネーレイスの出現頻度は高まっている。
八号機にここまで負担が寄っているのは、私の計算が外れた。ごめんなさい」
ちょうどそこへ、美岬がやってきた。
さっきの珊瑚とのやり取りは、すべて知っている。
「これぐらいなら、予想できた範疇だ。
ただまぁ十三人もいれば、元来はそれも分散されてたんだろうな。
朱桃がネーレイスの力を得たから、だと思う?」
「ほかの鮫人の覚醒も急いでる」
「としても、テルクへ自ら跳躍する力は八号機だけのものだ。
ほかの覚醒していない人形が、最初の時みたいに、単独でテルクに送られることはあったんだろう?
壱号機や五号機の手慣れたさまは、独力で事態を解決しなきゃならなくて手にしたものだろう。見ればわかるよ――だけど美岬さんは、テルクでの戦いをよりリスクの低いものにしたい、違うかい」
美岬は彼のベッドに腰かけて、頷く。
「その通り、だよ。
過去の共鳴者が犠牲になったのも、多くのケースが孤立した状況で複数のネーレイスに襲われての被撃墜だった。
テルクでの戦況を分析するにも、鮫人へ持ち込める機材だって限られてしまう。
せめて鮫人同士が僚機として連携できる環境を整えれば……そう考えて、色々やってる」
「伝統というのはあるだろう。
途中で、投げ出したくはならないのか。
ネーレイスとの戦いで、被害が出るのはわかってる。
なまじ家庭が絡めば、それだけ逃げられなくなるんだろうが、きみ自身の話だ。
得体のしれない人魚を、見続けることは、怖くないのかい」
「――、あなたが来る前、わたしは八号機に乗りたかったんだ。だけどあの人形が、私を受け容れることはなかった。
兄さんを奪ったネーレイスとテルクを、それでもなんとかしなきゃならない。
いまなら少しだけわかる気がするの。
八号機が、あなたを選んだ理由が」
「どう、いう」
「あなたは、社会のしがらみに縛られながら、その手に自由を掴んでた。
きっと珊瑚くんもそんなきみだから、憧れてるんでしょう」
「……ほかの人形、その覚醒が急務でも。
それをきみらは、扱いきれるのか?」
「すくなくとも、そのことで共鳴者に犠牲は出さない。
そのための力を、また貸してほしい」
「たく。
それに見合ったご褒美というか、報酬は期待できそう?」
「お金のことは、任せておいて。
ご褒美、ねぇ。ひとまず白錫先輩の好みとかは教えてあげられるよ」
「よく、わかっているじゃん。
僕の性格を」
枸櫞はほくそ笑んだ。




