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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
4.共鳴者殺し

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第20話 彼の力

 夕暮れの空が歪み、八号機が現れる。

 身体を温めようと林へ薪を取ってきた枸櫞だったが、テルクの黒い枝々は多少の摩擦では発火してくれない。いたずらに体温を濡れた服に喰われて、先ほどから脱いで天日干していたが、生乾きのシャツをまた羽織りなおす。

 シトラの前で下まで脱ぐわけにもいかんので、パンツは濡れたままだ、気持ちわりぃ。


「八号機、乗っているのは朝桐くんだな」


 直後、答えを示すかのように朱桃が銛を召喚する。


「自分の思念武器まで、再現できるのか。

 でもネーレイスもいないのに――いや」


 狙いは、僕らだろう。


『天充、お前がいるから、美岬さんはおかしくなったんだ……』

「は?」

『死んでくれないか』


 五号機の足元にいた、僕とシトラを狙って銛の先端が振り下ろされ――シトラを抱えて、僕は砂地を蹴った。


「シトラ、大丈夫か!?」


 ご丁寧に、突いた後は銛の刃先を横に振りぬいて、大規模な砂塵を巻き散らした。僕は彼女の口を押えながら、自分の目や口に入った砂で咳き込む。


「護斗のやつ、どうなってる!」

「くえん、あしゃぎりを、たすけてあげて」

「――、シトラ、林へ走れ。

 僕は八号機をっ」


 一時的にシトラを逃がし、八号機を見上げ、念じる。


「お前は俺のものだろうが!

 軽々しく乗っ取られやがって!」


 そう叫んだ直後、コクピットの中――護斗の頭上に、跳ばされていた。


「!?」

「そらみつ――」


 覆いかぶさろうとすると、首を掴まれてモニターに押し付けられる。


「排除する」

「おい、何考えてる!」

「お前が悪いんだ、ネーレイスに取り入って、テルクと世界の調和を乱そうとする。だから殺す、あのこどもも」

「!?」


 直後、左肩に手がかかり、脱臼させられた。

 だがそんな痛みより、シトラだ。

 護斗はきっと、自分の意志で動いてすらいない。

 だけど、だからって――


「う――るさい、ちゃちいんだよ。

 結局久原の操り人形か、共鳴者殺しが聞いてあきれる!」

「知っているんだな――覚悟してくれ。

 おまえは運がなかった」

「!?」


 次は左手の薬指。枸櫞は叫びたいのをぎりぎりこらえて、彼の側頭に膝を入れる。


「そんなに乗りたきゃ、自分のを使えよあほたれが!?」

「!」


 背面のハッチが開くと外海の風が吹きすさんでおり、そんなテルクの宙へと、ふらつく彼を強引に押し出した。

 この高さだが彼なら死にはすまい、案の定というか、直後五号機のコクピットへ跳躍したらしく、人形はまた銛を顕現させて、首を擡げようとしている。


「あのカス……まじで、覚えとけよ」


 脱臼した肩を、強引に嵌めなおした。

 いまは力が入らなくとも、操縦するための両腕がいる。

 立ち向かわなければ、シトラを奪われてしまう。

 あいつがなにを望むかは、関係ない。

 どうせ久原の言うことを実行するしかない立場だ。


『護斗くんがシトラを狙うようなら、きみが彼を止めてほしい』


 このまえ、彼の部屋を訪れた岬が言っていた。

 きみにすれば、彼のほうが僕より長い付き合いだし、配下としても信用しているだろうに。そう訊けば、


『彼も難しい立場なの。久原さんは彼にメンテナンスと称して、個人的な手ほどきをしている。その内容は、おそらく対共鳴者用に備えた、相応の強制力がある暗示や戦闘技術の提供』

『強制力?』

『具体的に詰めきれていないけれど、私の護衛や体裁を口実に、イレギュラーがあれば彼を用いて即座、排斥しにかかるつもりでしょう。

 異質な覚醒を遂げた八号機は、久原さんにとって、脅威でしかないのよ』


(美岬嬢――獅子身中の虫が多すぎや、しないか)


 おかげで僕の寿命を、急激にすり減らされているんだが。

 僕はあんたの頼みに釣り合う報酬なんて、得られるんだろうかね?



『天充、シトラを――大人しく、あのネーレイスを引き渡せ。

 そうすれば、命だけは拾える』

「いやだね。取引にもなっていない、あの子に空間を跳躍する異能がある限り」

『お前の言うことなら、あの子は』

「シトラは譲れない、死んでもだ。

 タマ奪うつもりで来てたろう?

 なにを躊躇ってる」

『あれはネーレイスだ、お前の姉さんじゃないだろう!』

「だとしても、僕を導いてくれた。けして都合のいい子じゃないんだ。

 自分の力で生きろと示す、あの子は――ひとを平然と犠牲にしたがるやつよりは、よほどましでしょう」

『騙されてるんだよおまえは!?

 また人魚の唄に踊らされて!』

「だったら、アサくんこそどうなの?

 結局は久原《大人》の言い草に振り回されているだけか、気にくわないくせに」

『お前に何が分かる!?』


 こういうとき、追い込まれた側の定型句というやつは、本当に限られるのだな。護斗の言葉に、ある種感心さえしている。

 彼の情緒が安定しなかったのも、久原からかかる心理的なプレッシャーと暗示に由来しているのだろう。

 だが、


『天充――俺は、なにを?』

「……?」


 ひとの肩を抜いたときは、欠片も迷わなかったくせに。


「フェイント?

 そんなタマじゃないだろう」

「あしゃぎり!」

「シトラ!?」


 直後、シトラがこちらのコクピットへ転移してきた。

 彼女の声を聞いた途端、五号機がこちらへ飛びかかってきた。


「――」

『ネーレイス、ころす!』

「きみがネーレイスを憎む理由なんて!」

『そいつもお前も、美岬さんを脅かす!

 だからやれって――なんで?』


 銛を用いた槍術、八号機も手元に遺った彼の銛で対応するが、やはり場数が違うんだろう、あっさり突き飛ばされた。かし護斗は、追い打ちをかけようところで動きがまた鈍る。


『ぐ――すまない、天充。

 役立たずの俺を、殺せ』

「冗談じゃない。

 殺したがるのは、お前の意思じゃないんだろう!?」


 ――あしゃぎりを、たすけてあげて。


(助けろって?

 シトラはどうして、自分の敵にそこまで甘くなれる)


「くえん!」

「――、助けるって、どうやって。

 いまのあいつには、自分さえないんだぞ」

「しとらのつかって、ちから!」

「力?」


 シトラの力とは、なんだ。

 鮫人にこれまでできたこと。首輪を出して、海水を支配した。

 けれどここは、砂浜だ。

 こちらが直後海に触れようと動くと、五号機は的確に気づいて、海の反対側に八号機を押し返してしまった。


「く」


 八号機が他とは異質なのは、神社姫を喰らったこと。

 シトラはそれに前後して現れた。

 するとやはり、神社姫は彼女の――かりにそうだとして、一度人形が取り込んだものを、どうやって解き放つと?

 ヒントはぼくらの手の内にあるはずだ、シトラに甘えるな、考え続けろ、僕が次にすべきは……。


 そも僕はなぜ銛を持っている?

 この銛は、僕のものじゃない。

 僕のほんとうの武器は――首輪。支配する力、隷従させ、屈服させる。

 人魚だろうが鮫人だろうが、関係ない。


*


(またあの役に立たない首輪を?)


 八号機は彼が出した銛を前に構え、後ろに控える手になぜかいつもの鎖を握っている。


(仕掛けてくる前に叩け――っ、なぜ俺が俺の邪魔をしている!?)


『振り払いなさい朝桐くん、ネーレイスの甘言に惑わされてはいけない!』

「は、い……」


 久原の声が通信機から流れる。五号機に乗り移って起動したのに、気づいたんだろう。

 暗示の効果だと、わかっている。無意識から久原の指示に従うように仕込まれて、美岬を守るためなら、俺はそれをよしとした。

 はずなのに――これは本当に、お嬢を守ることに繋がっているのか?


『なにをぐだぐだやっているの!

 せめて状況を伝えなさい!』

「――、八号機が、鎖を」


 なにに?

 五号機の首を捉える可能性はあるが、それよりはやくこちらが間合いに入れば、鎖などさしたる問題にはならない、はず。


「!?」


 そう思い踏み込んだが、八号機はやはり両手の得物を扱いきれていない。

 手にしてまもない銛を手放さず、片手でこちらをいなすだけは大したものだが――首輪さえ手放さないとは。


『すまない、アサくん。

 こちらも手短に済ませたいんだ』

「なに?」


 後ろに隠れた首輪から、なにか流れが生じていた。

 衝撃に弾かれ、五号機は砂上を後退する。


「この期に、及んで?」

『何が起きた!?』


 目の前にいたのは、捕食されたはずの神社姫だった。

 ひとつ、大きな違い。

 その首は、彼の枷で繋がれている。

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