第18話 ゴールの見えない転移
魔海狼級との戦闘で、久原はひとつの確信を得た。
あのまま八号機とシトラを放置しておくことは、国益を損ねる。
「八号機の共鳴者、天充枸櫞を排除する。
翼くんを嗾けてみたら、彼ほどの手練れを翻弄してのけたようだし。
そうなると、当然あなたに白羽の矢が立つ。
朝桐くん、美岬嬢のためにも、やってくれるわね?」
「――、はい」
護斗に断る選択肢はなかった。
実際、政府が泉客による遺跡サルベージをこれまで看過していたのは、覚醒した鮫人がいなかったからでもある。
(お嬢のそばに置いておくには、天充は危険すぎる。
あのシトラという子にしても)
「心を鬼になさい。
とはいえ、ぎりぎり穏当にことを進めるやり方もないではなくてよ。
あなたが八号機に乗るの」
「すでに別の鮫人に選ばれている共鳴者が、ですか。
そんなこと、できるんです?」
「相互搭乗検証のプランは、過去にもあった。
もっとも覚醒した人形を相手にそれをした例は、未だないけれど。
あなたが八号機を御し得れば、美岬嬢にかかる負担もそれだけ減るでしょう」
「やります、やってみせます!」
「できなければ、天充枸櫞《彼》を本当に殺すしかなくなるだけよ」
「――」
「ちょうど負傷しているし、身柄を確保するのは容易い」
護斗は目を伏せる。
やっぱり俺は、この女が嫌いだ。
*
「人形の相互搭乗検証?
機体を交換して、お互いのコクピットで起動してみるってことか」
「あぁ。お前の八号機を、借りる」
「ふぅん、好きにしてくれりゃいいけども」
枸櫞は人形に名付けているわり、愛着が薄いのだろうか?
護斗は時折、この少年が不思議でしょうがない。
そうしてつつがなく、その日の朝礼と点呼が始まるころ――枸櫞のクラスのほうから、どよめく声がする。
『天充――その子は、いったいどっから生えてきた?
ここは児童の保育所じゃないぞ』
『すいません!?
マジですぐ戻してきますから!』
(シトラちゃん……また空間転移か?)
ネーレイスでさえなければ、まだ微笑ましい子どものいたずらで済もうが。
「ソラの字、あいつも苦労しているな」
「あしゃぎりーおはー!!!」「シトラ、大声出さない」
「――……」
枸櫞に抱えられて、廊下を通り過ぎて行った。
挨拶を返すべきだったか、一瞬本気で迷ってしまった。
(下手したら、殺さなきゃならないふたりに?)
考えすぎても、よくないんだろう。
だけどこのまま、何事もなく午後の相互搭乗検証へ移れば……最悪は避けられる。俺がしっかりやればいい。
そのはずなんだ。
二限目のはじめ、久原から緊急端末に着信があった。
「はい」
『天充枸櫞の消息が途絶えた。
シトラの反応もない、おそらくテルクへふたりで飛ばされた』
「八号機は?」
『なぜか遺跡に残留している。代わりに五号機がいない。
至急、発令所へ来て』
「!?」
護斗は椅子を蹴って直立し、愕然とする。
授業中のことだった。
「くそっ!」
(これ以上のイレギュラーは、本当に――ソラの字、お前たちいったい何を考えているんだ!?)
こうなってはもう庇いきれない。久原さんの言う通り、俺は――
*
初めて美岬に会った日、流れる黒髪の綺麗な人だと思った。
ただ、それから彼女が熱弁したのは自身のことではない。
「天蜜レモン……それって、アイドルの?」
「うん、すっごくかわいいんだよ!」
天蜜レモンはそれからすぐ有名になった。
当時はなぜ彼女に拘るのかよくわからなかったが、地元の人間だったというなら納得だ。
「私こういう人のプロデュースとかやってみたい、いつかお仕事が繋がるかもしれないし!」
「じゃあ美岬さんは、都会に行きたいってこと?」
「行きたい、というより、必然そうなるのよ。だって私は泉客美岬だから」
「――、凄いんだな」
泉客グループの規模を考えれば、彼女が外での見聞を積むのは必至の流れであり、なんらおかしな話ではない、護斗にもそんなことはすぐわかったが……、このままでは、彼女に置いていかれてしまう。
「お、俺も」「うん?」
「頑張れば、この町の外に行けるかな」
「連れてってほしいの?」
「いや……それじゃダメなんだ、俺自身が頑張らなきゃ」
美岬さんはただ夢を追いかけているだけの人とは違う、夢の見取り図まで見えていて、実際に事を成してしまう人だった――当時から地元の新聞やメディアに、泉客の次世代を率いるニューホープとして期待名高く、実際それに応える度量を備えてしまっていたから。同い年の誰よりも、先見性と仕事に対する責任感があった。
そう、ただやりたいと浅く拙い熱意だけで走っているなら、すぐに挫折する……俺は凡人だから、彼女のようにはできない。都会へ出てなにかを成したいなら、当然それに相応しい努力をすべきなのだ。
「あははは!」
お嬢は突然、笑いだした。
「都会とか、あんまり関係ないよ。
どこにいたって、その人の義務はついてくるって話――だけど繋がれたら、きっとそれは私たちの世界をもっと拡げてくれる」
「そういう、ものですか」
繋がる――そんな言葉を最近思い出したのは、八号機の首輪を見たときだ。あれは繋がりより、支配や束縛を現すかのようだったが、俺たちが鮫人に乗るってのは、そういうことだ。
俺はお嬢のように、前向きにはなれなかった。
だから天充枸櫞、アイツが振りまく厄災に、振り回されてしまうんだ。
*
気づくと枸櫞はシトラを抱き上げたまま、浜辺にいた。
「なんで生身で、テルクにいる」
鮫人に呼ばれたなら、気づくとコクピットに転移しているのがこれまでの常だった。
「くぅ……」「シトラ、きみなのか?」
いつの間にか、腕の中で寝ている。
八号機がいないなら、消去法的にそういうことになろう。
シトラは個人で空間跳躍能力を確立してしまっている、僕一人追加で連れてくるなんて、わけないのかも。
「けどまずいな、この状況。
結局《《美岬さんが言うとおり》》なら、向こうに戻れても、朝桐が僕とシトラを殺してしまう。あのひと自身、それを止める手立てがないって話だが。
それから――今回、テルクから戻れる条件は何だ?
呼応するネーレイスがいないなら」
シトラでも、殺せと?
これまでは曲がりなりにも、ネーレイスの討伐というゴールがあった。
なのに、今回はそうでない。
「人形もないのに、いや――あれは、五号機」
浜辺に片膝をついて、白い人形が項垂れる。
「僕が乗れるでもないのに。
シトラはどうして向こうに八号機を残してきた、なぜ?」
きっとシトラは答えてくれないだろう。それを言語化するだけのロジックを編めない。彼女が持っているのは、幼児性と物事の結果だけだ。
それ以上のものを望もうとすれば、きっと読み違える。
彼は眠る童女を抱え、向こうにいる五号機の足元へ、砂上を歩き出す。
*
「八号機に乗り、ふたりを追跡なさい。
ネーレイスを捕食した八号機自身に、空間跳躍能力は備わっている」
久原は淡々と、任務としてそれを護斗へ告げる。
「……跳んで、そこからどうするんですか」
「あなた、察しが悪いふりなんて止したら?
すでに天充枸櫞とあのネーレイスは、泉客グループの制御を逸脱した存在よ。泉客美岬にとっても、その存在は害でしかない。
それくらい、わかる子だと想っていたけれど――」
いずれにせよ俺は、この女の言葉を断れない。
そういう責任を負うと、とうの昔に決めている。




