第17話 テラス
海を支配したあの力は――覚醒した人形の異能、なんだろうか。
使っていくうちにわかるかもしれないが、あれを使い続けることには、小なりの抵抗がある。
そも、鮫人、八号機に僕は乗り続けていていいのか。
――ネーレイスと同じ、バケモノだ。
そう言った、翼の言葉。
……傍から見れば、そういうものかもな。
「おそらく一人は、朝桐くんなんだろう。
隠そうとするでもない」
共鳴者殺し。
彼が真っ先に僕のところへやってきたのは、美岬の状況を案じたというのもあろうが、鮫人で不測の事態を起こしうる存在だと、僕をみなしたからだろう。
「なにが?」「琉稀さん」
地元の喫茶店でテラスにいたら、向こうが僕を見つけたらしい。
共鳴者殺しの話を、同じ共鳴者の聞かれるのもいい気はしないな。
可愛い人じゃ、あるんけど。
「僕の歓迎会がどう、と聞いたんですよ」
「はぁ、そういえば。
すると美岬嬢が仕掛け人だな。
私も枸櫞くんのお祝いしないとだね」
「えっと――」
隠し事をしてしまった。
「学園生だけでやるのはいいかもだけど、おねえさんだってお祝いなら混ざりたいなぁ、なんて。ダメかな?」
「いや、祝っていただけるなら、その、誰にだって……先輩がやってくれるなら、よりうれしいというか」
「今度、わたしの同期も誘うよ。
社務所のほうなら、浅葱たちも喜んで貸してくれるとおもうから」
「――、いえ、やっぱり気持ちだけ受け取っておきます」
「どうして?」
「琉稀さん、伏馬先輩まで誘ってきそうですから」
「え……翼くんとなにか、ございました?」
苦手なくせに、案の定誘う気でいたんだな。
優しすぎるというか、無神経というか。そのくせ、突き放したいときは僕をどこまでも突き放す。……ほんのたまにでいいから、僕がほんとうは何を求めているか、ちったぁ慮っちゃくださらないか。
腹部に残った噛み傷は止血こそできているものの、動くたびにまだ疼いている。
おかげで、死にかかったようなものだ。
「美岬嬢に訊いてください。
僕は客観的じゃないようですから」
「そう、なんだ。
彼、まじめで融通はきかないかもだけど」
「……琉稀さんが尊敬する人を、悪い人だなんて思いませんよ」
今度こそは、嘘をついた。
悪い人だと思わない?
(あいつは、シトラを泣かせた)
僕はシトラを泣かせたあの男を、赦せないんだろう。
シトラを泣かせた――ネーレイスを泣かせることが、いいか悪いかじゃない。僕だって、シトラを姉さんの紛い物だと蔑んで、もしかしたらあの子をもっと酷い目に遭わせるかもしれないのに?
ダメだ。頭が翳んで、眠たくなってくる。
「枸櫞くん、大丈夫、顔が白いけど」
「今日ははやめに帰って寝ることにします。
この前の戦闘で、ケガしちゃって」
「大変じゃん。お大事に」
「えぇ、ありがとうございました」
まぁ勝手に焦がれて、勝手に幻滅している僕のが、正直どうかしているんだろうけど。
*
あとで電話口の美岬に怒られた。
『面倒なことを押し付けてくれたね。
白錫先輩が、あのひとを好きだって知ってるくせに』
「うん。だけど僕からはあまりにも忍びなかった」
『ま、同情はするよ。
にしても、枸櫞くんのタイプがああいうひとだとは。
《《お姉さんを感じちゃった》》?』
「――」
『なんか、ごめん』
今日の無神経女パート2か?
勘弁してほしい。いや、琉稀さんへの弁明を押し付けた僕のせいじゃあろうけど。
「どうでもいい。
琉稀さんと姉さんは違うし、シトラと姉さんだって違うんだ」
『?』
「違って然る。
ただ……どうしちまったんだろうな、僕は。
下手したら、軽蔑すらしていたかもしれないのに。
シトラがあんな風に、泣かされて――それがどうしようもなく、腹立たしい。きっと一生、赦せない気がする。
ネーレイスに肩入れするなんて、どうかしてるんじゃないのか」
『そう、なのかな。
私はそれは、人として当たり前に抱いていいものだと思う、けど』
「……やさしいんだな、美岬さんは。
それで、あの子はどうしている?」
『いま、きみの部屋の前に連れてきてるけど』
「マ?」
どうやらマジだ。
『急すぎたかな。話したいことがあって』
「そう。今開けるよ」
そしてどうも、電話口で済まない内容らしかった。




