第16話 オーパーツ
鮫人というのは、オーパーツだ。
そのことを失念はしていない。
というか、僕はともかく、伏馬翼のやつはそれをよくわかっているから、システムの穴をついて加害を仕掛けてきた。
どういうことかというと、閉鎖ぎみの区画にして海中、そんな場所で普通、カメラを回そうとしたらどうなるかという話だ。
鮫人の操縦系統は多くが解析しきれておらず、先史文明期から伝承した人形をそのまま使っているだけに等しい。
あの全天周のモニターにしても、それは既存文明の光学やフレーミングとは異なるアプローチで編まれている。用途や目的が同じでも、造った環境が我々の機械文明とはまるで異なるからして、それをこちらの文化に“翻訳”するためには、先史文明に関する知見が我々に足らない、という話。
とりわけ始末に負えないのは、鮫人の操縦は共鳴者によるときとして超直感じみた主観で観測できるものと、既存の計器で記録できるものとの間に決定的なずれ、情報密度の差が出てしまうことだ。
既存の計器に記録されないということは、《《悪さを働いても実質的な証拠が残らない抜け道はいくらでもある》》。
今回、伏馬がやったことはまさにそれで、八号機のモニターでは暗所での壱号機の機動を捉え切らず、通信の途中において壱号機側はよりにも鮫人同士の念話――通常のローカル通信とは異なる――を利用することで、決定的な不正の記録を遺さなかったのだ。
それは意趣返しに海水を操った僕にしても同様で、幻覚を見せた以上の反撃をしなかったのは、こちらが下手にやり返せば『こちらが譫妄状態になって仕掛けた』と発令所から誤認されるリスクを避けるためでもあった。
*
アニメならここらでかっこいいオープニングでも流れてから、また本編に切り替わるんだろうか?
とか、世迷いごとを垂れている場合でもなかった。
僕は伏馬翼がこの前言っていたあるワードについて、美岬に尋ねる。
「カウンターエコーズって、なに?」
「あぁ。
ようは抑止力だよ、鮫人が暴走したとき、それを止めるための存在。
呼び方はいくつかあるよ。
共鳴者殺し、
エコーズキラー、
エコーズカウンター、カウンターエコーズ」
「統一しないの?」
「必要ないからね。
共鳴者が共鳴者を手にかけるってのは、そのまま同胞殺しってことでしょう。そんな不名誉な呼び名なんて、誰にも必要ないんだから」
「でも、その役割を担っている誰かさんはいるんだろう。
僕は知っておきたいんだな、自分の命を預けるべき誰かのことなら」
すると美岬は嘆息した。
「口がうまいんだから。でも教えてあげない。
意地悪にしかならないけど、これはネーレイスと暴走した鮫人に対する切り札になる。現状でそう呼ばれる存在は、十三人いるうちの、ふたりだけ。
彼らに狙われたくないなら、あまりヘンなことしないほうがいいよ。
……この前の魔海狼級、伏馬先輩となにがあったの?」
「全部、話した通りだ。
きみらはお互いに、敵の幻覚による譫妄だってことにしてくれたが」
「きみを信用していないんじゃないけど、次は決定的な証拠をこさえたほうがいいよ。あのひとは頭が回るから、そもそういう状況に陥らない立ち回りを身につけたほうがいいかもだけど」
「ご忠告、痛み入るね。
僕だってさ、姉さんの復讐の欠片も遂げられず、あんな場所でくたばってやりたくはないし。
最後にひとつだけいいかな。
伏馬のやつは、ネーレイスとそれに関わるものすべからく憎いみたいだけど……きみにとって、彼の思想は有害じゃないのか?
お兄さんを捜すのもそうだけれど、泉客としては海原にある先史文明の事物や希少な生態、それらをこちら側に成果として持ち帰りたいはずだ」
「――、簡単には外せない。
鮫人の管理は、この地方における家督性とも密接に絡んでいるから。
泉客は資金だけで、遺跡を運用しているわけじゃない。
地元民の協力がなければ、いまほどの規模でネーレイスと戦い続けることはできなかったでしょう」
「伝統と格式に則っているわけか。
交叉の神社がそうであり、きみんちがそうであるように、あのボケナスの家も三茄子だって?」
「ボケナスって……練度だけで言えば、きっと君より強いよ?」
「わかってるさ、そんなこと。うーん、御三家と言ってよろしくてか」
「でもまぁ、そういうことだね。だいたいあってる。
伝統や世襲が齎すものには、いいものも悪いものもあるけれど、それだけ基盤に安定が見込めるってことでもある。悪い吹き溜まりなら、いずれきみが吹き飛ばしてくれればいい」
「あれ、挑発されてる?」
「さぁ、これからのきみに期待してるって話。
これまでの伏馬先輩にかけるのと同様に、ね」
「意地悪っ――ま、いまはその言葉に乗っかってやりますよ、へい、へい」
ネーレイスとの戦いの日々は、やっぱり続くのだろうか。




