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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-【7/31 本編完結】  作者: 琉璃宿命
22.

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第109話 新しい家族の時間

「琉稀さん」


 彼は歩み寄って、膝を崩した。

 こちらを向いた彼女へ、穏やかに微笑む。


「どうしてこんなに、可愛くなっちゃったんですか」

「枸櫞くん……」


 彼女の声はいつもよりややトーンの高い。


「翼くんは、水子あいつを倒せた?」

「えぇ、今度こそ」

「そっか……良かった」


 枸櫞は神妙な面持ちになる。自分をアーウィズォウトの肉の盾にされたのに、まだそんな相手を心配してる。


「悪い人じゃないの、本当だよ?

 手段を選ばなくなっているだけで、それでも」

「――」

「信じて、くれないの?」

「信じてますよ、先輩の言葉です。だけど僕も、いきなりほかの男のことなんて話されたら、妬いちゃいますよ」

「え……あぁ……ごめん」


 天然で言っていたらしい。美岬に対して、八つ当たりじみた批難を浴びせたそうだが、野郎からの嫉妬にはとんと疎い。


「その伏馬のやつから、伝言です。

 すまなかった、と。

 改めて自分の口から伝えるべきだとは、言っていました。

 だから、一緒に帰りましょう」

「それは、本当に嬉しいな。……アーウィズォウトの話はしたでしょ。私は人としては、どのみち死んでいるようなものだよ」

「それが、なんです。

 躊躇うことなんて」

「私だって、戻りたいよ。

 でも無理なの――アーウィズォウトと那戯のせいで、この身体になってから、自分が自分でなくなって感じるの。枸櫞くんだって、本当はわかっていたでしょう?」


 枸櫞は押し黙る。


「翼くんが私をそれまで避けていた理由、いまになってわかるの。

 自分にはもう家族なんていないから、私みたいな半端ものとは、訣別したかったんでしょう――ひとりになることで、ネーレイスへの憎しみの化身へと、転じられたから。

 その営みすべて、枸櫞くんがひっくり返してしまったけれど」

「水子を倒したのも、そこから先を選んだのも、あの人自身だ。

 僕はなにもしていないですよ。

 僕だけの女王様になってくれるんじゃ、なかったんです?」

「枸櫞くん。あの人を救ってくれて、ありがとう」

「……わざと僕を、哀しませようとしているんですか」

「違うの。

 伝えたいことは沢山あって、真っ先に、ありがとうが、いっぱいで」


 それで真っ先に、伏馬のことか。

 ほんとうに、妬けるんだが。


「言わなきゃならなかったこと、それなんです?」

「――、過去を見たの」



 夕暮れのなか、見覚えのある桜並木がいつの間にか、周りを囲っている。

 ここは琉稀の世界なのだと、改めて枸櫞はそれを思い知らされた。


「先輩にとって、人形は苦痛でしたか」

「かもしれない。

 それを通してきみと繋がったりもしたし、後悔はしてないの。

 私なんかでも、誰かに必要とされることがあったんだって、そのことを誇ったまま、《《逝ける》》」

「……なんだよ、それ」


 納得できるはずがなかった。ようやく那戯を排して、ほかの全てが丸く収まろうとしているのに、琉稀だけがこんな風に消え入ろうだなんて、そんなことを許せるわけがない。


「わたし、気づいちゃったんだ。

 那戯やきみ、そしてきみのお姉さんがそうであったようには、人魚へとこの身が置き換わっていくことに、耐えられないって」

「?」

「枸櫞くんと同じように、そつなくできていたら良かったんだけど。

 私が魔性になると、人を呪うことしか、知らなくなる」

「――、なにを」

「きみと一緒に生きられないなら、せめて綺麗に終わりたい。

 それが人として、弱くてどうしようもない、私の望み。

 ……ここは魔性の海原だから」


 夕陽を背に、四号機が現れ、足元の枸櫞を見下ろしている。


「ここは先輩の思考する、幻でしかない」

「いいえ、もう違うの。

 私がアーウィズォウトに奪われたことで、私の血は、テルクのものへと変質した。

 これは私の血が侵蝕する領域、テルクとあなたにとっての“癌”」

「!?」


 枸櫞は反射的にその場へ八号機を呼び出した。

 実際、それは直後に現れ、枸櫞はコクピットへ飛ばされる。


「シトラ、知っていたのか、こうなるって――僕は、どうしたらいい?」

「るきと、よんごーき、こわす」

「殺せと?」


 シトラはばつの悪そうに俯いている。


「ごめん、くえん。くえんがいちばんまもりたかったひとなのに……しとらなにもしてあげられないの」

「くっ――」


 枸櫞は嘆息した。


「やるしか、ないんだな。だけど、まだ諦めたくない。

 ヤヲ因子で、先輩にまつわる事象をもう一度だけ書き換える!」


 シトラは彼の袖を引いた。彼は彼女の顔を見下ろす。


「るきをこーじんからおろしてあげるの。

 そーしないと、るきがこわれちゃう」

「アーウィズォウトにやられる前へ、先輩の因果を巻き戻す」


 シトラは首を横に振る。


「それだと、たらない。

 あれ、るきのゆめにからんでる、よんごーきのかこからみらい、ぜんぶに」

「先輩が四号機に乗るより前に、戻せって?」

「でもそれをやると、くえんとのおもいで、ぜんぶなくなっちゃうから――……そんなの、かなしいのに!」


 シトラは枸櫞と琉稀とで培っていた時間の価値を、彼女なりに重んじていてくれたのだ。


『枸櫞くん、わたしを早く殺して、でないと』


 四号機は琉稀を乗せて、すでに琉稀自身の意志とは関係なく、朱桃へ攻撃を始める。

 枸櫞は――、


「先輩、愛しています。愛して、ました……」


 その言葉とともに、もう一度、因果を書き換える。


*


 ……因果を書き換え、事象が変わるというのにも、様々な程度がある。

 ある意味で、枸櫞は琉稀を殺す――解釈するほかなかった。


「すべて、俺の責任だ」


 珍しく翼から、枸櫞へと直接詫びに来た。こんなことでもなければ、生涯聴けたものでもなかったかもしれない。


「白錫は、戦うべき人間じゃなかった。

 それでもきっと、お前のためなら鮫人に乗り続けられたんだろう」

「あなたから僕への詫びなんて、明日は槍でも降るんでしょうか?」

「案の定、お前のことを覚えていない。だが、四号機との事象をなかったことにしたのに――自分が鮫人を使っていたことは、知っているそうじゃないか」

「なにが言いたいんです?」

「なぜ、彼女の記憶だけを細工した」

「……琉稀さん、自分に自信がないひとでしたでしょう。

 鮫人に乗ることは、僕が泉客へ来る前から、なによりあなたと肩を並べて、恥ずかしくない戦いができるように願っていたから」


 枸櫞は彼を見据えて、最後に言った。


「先輩、生涯かけて、償ってみせてください。一度は手放そうとした仲間ってやつを……もう貴方が狂うようなもの、なにもないでしょう?」


 琉稀が人として弱いなんてのは、嘘だ。あの人はただ、魔性と相容れない、そういう体質だっただけ。

 これは僕に遺された、ある種の罰かもしれない。

 そんなナイーヴなことを、ふと枸櫞は考えていた。



「……ほかのことは、好き放題できたんだけどな」


 翼が立ち去って、緑すら散った桜並木をぼんやりと見上げる。

シトラが、やってきた。


「くえん!」

「おぅ」


 全部を失ったわけではない。

 僕はシトラとともに、新しい家族の時間を培っていく。

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