第107話 なんと美しい
「ボクの夢を叶えてくれるんじゃなかったか、美岬」
那戯は寂しげに、彼らが現れた虚空へと、呟く。
『あなたと私の夢は、どうしたって相容れることのないでしょうね。
お兄様……愛しています、今でも』
跳躍してきた――八号機との合流を果たした鮫人たちは、美岬の艦隊とともに、ありったけの火力と機動力を駆使して、四神の為す結界へ突入してきた。
「!」
流石の那戯もそれまで従えていた艦隊が、そのまま敵の火力に充てられたことには険しい顔を作った。
白號機――白い鮫人の体表に、金の縞が走っている。
人魚というよりかは、虎をヒト型に立てたような外形。
ホワイトタイガーと、人魚の歪な融合体だ。
他の粘土四神は自律で動けるものの、那戯本人ほどではない。
無論、過去の対ネーレイス戦の統計はあるけれど、対鮫人を想定した統計が満足に足りているわけもなく。
那戯が儀式を急いだのは、万に一つの泉客側の妨害を避けるためだった。
「……きみらにできることはないと、たか括ってたがな」
『油断、じゃないですね。あんたこうなることは織り込み済みだったろう。
誤算があったとすれば、美岬の艦隊がそのまま僕らの火力に転じたくらいのことで』
「そう、だな。
まぁ、焦ることではない」
『他の四神が倒されたところで、きみさえ残っていれば、結界が機能するから?』
「きみたちを、セドナへ触れさせない」
枸櫞の八号機は、浅瀬へと静かに降り立った。他の鮫人たちとは異なり、外付けのブースターや火力の補強はされていない。
その必要がないから。
枸櫞が笑う。
『ひとつ、勘違いしているよ、泉客那戯』
「なに?」
『僕の狙いは、セドナじゃない。
あんただ』
「!?」
そうして、朱桃と白號の一騎打ち――最後の戦いの火ぶたは切って落とされた。
枸櫞がリターナーをはじめ、機体が持つ異能を出し惜しむ必要も理由もない。
白號の足場を奪うため、初手でメタンの泡と壱号機の重力制御を借りて、交互に使い分ける。
『個に執着できず、総体に奉仕するばかりの存在。
あんたは自分という個にすら、鈍いから……もっともその戦略的価値は弁えているんだろうけど』
「へぇ、流石っ――だが!」
白號は腕を振って、四号機になにかを示した。
直後、四号機のミサイル群が八号機へと降ってくる。
「美岬を取り戻したからと、いい気になったものだな?」
『機体のほうの制御を奪ったか、やってくれる、美岬さん!』
『ごめん、早く兄さんを止めて!?』
『任せろっ!』
重力制御を白號へ適用するのは諦め、枸櫞はそれを四号機からの弾幕を回避するのに扱うのみに留めた。
結局、戦輪を手に八号機は接近戦を仕掛け、フェザースタッフとの奇妙な剣戟が繰り広げられる。
八号機の戦輪は鎖を用いた変則的なリーチの切り替えで、巧みに白號をその場に押し込むが、白號もまたやられっぱなしではない。
「セドナを手中に収める以上、こちらのリソースにも不足はない!」
背後の彼女から供給されるヤヲ因子と枝を用い、細かく砕くことで白號だけが操れる、指向性を帯びた即席の空中機雷がその場に溢れ、八号機と眷属をオールレンジで襲う。
『く、まだっ!』
八号機の妖竜の片翼が光ると、最小限の動きで機雷の到達と爆風を凌ぎ切り、剣戟の演舞が継続される。
『那戯、あんたの言ってたこと、俺なりに考えたんだよ』
「なんの話だ?」
那戯には神社姫のいない周回でのやり取りなど、知りようがない。
だが、
『文明を滅ぼし、すべての動物の起源を、セドナへと繋げる。
先史文明の遺構を用いれば、それができると』
「よく知っている!
ならば止めるか?
ボクを間違っていると?」
『いいや、あんたはよくできた裁定者だ。
あんたの計画は完璧だよ。
正直、人は愚かだと言われて、俺にはそれを否定する材料のが少ない。
姉さんも、俺も、美岬さんも――愚かで、人としては弱い。
間違うことだってある、ただ』
「ただ?」
『たとえ滅ぶにしても、強要されるよりかは、総力を尽くした果てでいい』
「!」
戦輪のかたちが変化し、それは首輪へと変じる。
那戯の気づいたときには、遅かった。
白號の首にそれはかっちりと収まって――、白號は跪かされる。
『《《俺が上》》、《《あんたが下》》だ。
王がお望みなら、俺があんたの王にでもなんでもなってやる。
那戯、あんたの野望、俺たちの時代には早すぎたんだ』
枸櫞が、戦いの終結を宣告する。
*
那戯は自分が、これから深く永い眠りに落ちることを、よく自覚していた。
「……さすがは、テルクの王」
「そういうことに、なるのかな」
「眠る前に、ひとつ訊いていい?」
「どうぞ」
「ボクの野望を否定しないのは、なぜだ?」
「あんたという個人は憎たらしいんだけど、セドナは――なんだかんだで、自分の憎しみに寄り添ったあんたを、高く買っている」
「ネーレイスの、ためか」
「僕も僕とて、魔性ですからね。
人間が殊更好きってわけでもない、でなければ、この海原で姉さんを求めたりなんて、しなかった」
「そう……」
「美岬嬢が言っていた。
あんたは彼女を愛さないだろうが、あの子はあんたの存在が潰えるそのときまで、愛し続けているそうだ。
なんと美しい、復讐じゃないの」
「それ、復讐と呼べるの?」
枸櫞は、静かに頷く。
「次に目覚めた時、きっとあんたはそのことを思い出すよ。
別に、共感しなくたっていい――その時、あの子は、あんたの特別な人間になるだろうから。……そして、二度と会うこともない」
喪ってから、きっと大事なものを学ぶ。
こいつに人間個人への思い入れや共感がなくたって、自分が造って培った最初の特別は、もうその手に戻ってこないのだから。




