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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-【7/31 本編完結】  作者: 琉璃宿命
22.

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第106話 抵抗

 那戯は倒れた八号機に一瞥くれて、すぐに背中を向けた。


「――、始末しておけ」


 いつの間にか彼は、アーウィズォウトを従えていた。

 ネーレイスになってまでどうかは知らないけれど、メソアメリカの神話ではトラロックという神の眷属で、元来は湖の底に住まい、溺死させた人間の死体から、目や爪や歯など抜き取っていくんだとか。

 そんなものに、とどめを刺されようなんて。

 あんまり、痛くしないで欲し――


「――ッ!!?」


 流石に眼球を抉られそうになっては、死に物狂いで横転するしかない。

 那戯の望んだ白夜の空の下、負けが確定しているのに不毛な取っ組み合いを浅瀬で繰り広げる。


「くそっ、こんな、ところで……みんな!」


 大して長い時間を、一緒に過ごしてきたわけでもない。

 仲間と呼ぶには、短い付き合いしかなかった人々。

 だけれど、僕は――歪んだ道理のなかだったとしても、生きているかぎり、那戯の言い分を否定したい。


(まだ、姉さんの復讐だって、果たせていない)


 空っぽだった自分に、美岬が持ち掛けたひとつだけの。


「――ぁあああああああああ!!!!?」


 左目を潰されるとほぼ同時で、絡みついていた奴を引きはがし、蹴り飛ばす。


「助けて、姉さん……このまま……終わりたくない……まだなにも、僕はっ。護れてない、なにも!

 手に入れられてないのに、こんなクソったれがッ」


 我ながら、支離滅裂なことこの上ない。

 祭壇に横たわるセドナ、その結界を前にして、枸櫞は最期の特攻を試みる。


「ずっと、怖かった。

 姉さんが何を考えてるか、わからなくて、苦しくて――だけどあんたを嫌いにはなれないんだ。

 もういない……この世界の何処にもいないかもしれない、けど!」


 那戯の四神が貼った結界へ、自殺同然に飛び入った。


「せめて意味のあることをさせてくれ――もう取り戻せないモノに、報いるだけでいい、《《俺》》は!!!」


 八号機の全身が砕けてなお、彼は突き進もうとする。


『手間取っているな。

 ……きみがその結界を越えることはないのに、なにを必死になっている?』



 だがそのとき、向こう側からセドナの首が動いた。

 その目が、自壊しかかった八号機を捉えて、結界の内側から手が伸びて――


『セドナ、なぜ』


 枸櫞が最後に聞いたのは、那戯の困惑した声だった。


*


 共鳴者エコーズとはなにか。

 今日、複数の呼び名が与えられているけれど、交叉神社に最古、遺された文献には「泡沫人うたかたびと」なる記載がある。

 テルクの海原に関しても同様、「泡沫の海原」と呼ばれた。

 鮫人を用い、ネーレイスこと「物怪魚もののけうお」なる異形と世代を超えた戦いは実質慣例と化して続き、泡沫に消える幻界を解明する手立てもろくにないまま、二十一世紀の中頃になってようやく、泉客グループが先史文明の遺跡を本格的に調査し始めた。


「おにーさま……?」


 那戯には欠片も思い入れなどないが、亀のぬいぐるみは、当初こそ引っ込み思案だった彼女がクレーンゲームで欲しがったので、彼が取ってあげたものだ。

 彼のいるところ、彼女はいつもそれを持って駆けてきた。

 子どもっぽいとは想わないでもなかったが、それ以前、


「遺跡にそれを持ってくるな。汚してしまうだろう」

「はい……」


 それをもらったことのよっぽど嬉しかったんだろうけれど、失くして苦しい思いをするのは自分だろう。那戯は彼女の稚拙さに、やや呆れていた。

 それでも、関わる以上は兄の役を演じる程度の義務はある。

 形式でしかなかったが、人間ならそうする――亡き母の猿真似でしかなかったかもしれないが、彼女の頭に手を置いた。

 那戯にとって美岬は、《《最初の一歩》》に過ぎない。

 彼女という個に関心はなく、彼女を造れてしまった、そしてこの先も同様の再現ができる確信があったから。

 セドナの髪と粘土があれば、いくらでも再現性のある科学的な存在で、実際に男の代替品を造って立てようとしたこともある。美岬のときに味わった身分の調達が面倒で、命を吹き込む直前、器は壊したが。

 美岬という個人に関心はなかったけれど、彼女という存在は、テルクの海原の開拓とヤヲ因子の研究における、誇るべきトロフィーであった。

 だからこそ、そのような道具として以上に、彼女を扱えなかった。

 美岬にとって不幸なのは、那戯が亡母の再演をそつなくこなし、父親よりはるかに親代わりとしての振る舞いができていたことだ。

 彼女の望む親を、確かにこなしてくれて、必要なものはなんだって買い与えてくれた。――ただしそれは、那戯の関心が俗世や即物的なところになかったから、でしかない。


「私も鮫人に乗って、ネーレイスと戦います!」

「できるだろうが……なぜだ?」


 那戯は最初のうち、美岬の自我を縛るようなプロトコルを使わなかった。彼女の感受性の発達を、自ら統計するのはそれなり、純粋で知的な愉しみであったから。ひとが愛情と呼ぶものにはとんと共感が湧かないけれど、どうすれば彼女が自由と喜びを感じ、能動的に物事へ取り組めるのか――テルクの解析、事業の能率化の一環として、彼女の成長をまだ期待できていた頃のことだ。


「お兄様の夢を叶えたいんです!」

「夢……」


 もっと媚びた、つまらない言葉を予想していたが。

 これはいい意味で、予想外だったのやもしれない。

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