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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-【7/31 本編完結】  作者: 琉璃宿命
21.

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第105話 その程度の義理

 枸櫞たちは壊れた八号機のコクピット内で、虫の息だった。


「本当に、ごめんなさい。

 全部、泉客那戯の思惑通りだった……私は……こんなことのために……あなたの手を血に汚して……」

「わかってやっているんだと、想っていた」

「――」

「きみは俺を道具として扱ったし、それでも仕方なかったんだろう。なにを今さら、悔いるんだよ」


 枸櫞は死にかけてすら、淡々としていた。

 現世に執着するようなものは、すべて取りこぼし、喪われていったから。

 久原を殺したときから、こちらは止まりようがなかったのに。


「誰も、守れなかった、お父様も――」


 一時はあれほど憎悪していた父親さえ、那戯の陰謀に利用された被害者でしかなかった。

 この世界は彼のオーロラに包まれ、白夜のなかで終焉を迎える。


「死ぬまできみの傍にいる。

 その程度の義理は、どうやら果たせそうだな」

「バカ……」

「美岬さん、きみはよく頑張ったよ。俺たちははなから、道化だった」


 彼の腕の中で、彼女だった人形が砂のように崩れ落ちる。

 独りになった枸櫞はぼんやりと、身体を横たえていた。


「この海原は、ずっと静かで――不思議だよな、僕は人間より、人魚のほうが好きだったみたいだ。お前たちは敵でしかないのに、よく知らないから、そんなこと考えてる……呑気に」


 那戯の陰謀を止められず、美岬は彼の人形として息絶えた。ヤヲ因子の供給を止められてしまったらしい。

 八号機は、北の冷たい海原に身を横たえて――もはや那戯と白號機の姿は、この近域にはない。


「――あぁ、まだきみはここにいたのか」


 妖竜メリュジーヌは苦痛に悶えながらも、八号機の損耗を埋めようとする。

 枸櫞は敗北をわかっていたが、彼女の悪足掻きを手伝うことにした。


「無理しなくていいのに」


(よりにも人魚が、人より諦めが悪いなんて――)


 八号機は、起き上がる。


「じゃあ最期まで付き合ってくれ、野暮用ができたな」


*


「お前の勝ちだ、泉客那戯」

『ここまで喰らいついてくるとは、大した執念だよ。

 天充枸櫞くん、だっけ?

 もはや護るものもないくせに、どうしてまだ動くんだい』

「気に入らないから」

『そう。で、どうするんだ?

 僕に抗ったところで、人類は滅ぶ、この白夜の下で』


 祭壇、と聞いていたが、全長数キロにも及ぶセドナという老婆を横たえるためばかりの、海の果てだ。巨大なセドナの本体の下には、先史文明にまつわる遺構があるが、すっかり覆い隠されている。


「人間が嫌いなのか?」

『その気になればまた一から作り直せばいい、猥雑に増えすぎたんだ、我々は。

 だから一度、因果ごと押し流して浄化する』

「文明を消してさっぱりさせるってのか、そのために美岬嬢を含めたみなを犠牲にして」

『驚いたな。天充くん、きみは言うほど人間が好きだったのか?』

「かけがえのない人達がいた。造物主気取りのあんたには、多分生涯かけてもわからない。少なくとも、あんたの身勝手な目論見で踏み躙られていい人達じゃない」

『なぁるほど、天充くんは個人の観点に重きを置くんだね。

 ボクが集団としかそれを規定できないのに対して』

「どういう」

『人間は結局、ひとりで生きていけるものではないだろう、そこにある環境や社会性を通じて自らが供給したリソースやら、創造した付加価値を交換しあうことで、かろうじてその時代ごとの文明社会の水準を賄えている。

 集合知とはよく言ったもので、ボクも結局は有史以前から培われてきた叡智に寄り添って、叡智をこそ愛する。

 それすら培うことのなくなった非生産的な存在に、価値はない。だから美岬を造ったとき、僕は悟ってしまったんだ。

 セドナの髪、僕の粘土、ヒトゲノムの塩基配列さえ頭にあれば――美岬と同じモノを僕の手で作れる以上、文明というものの真価を見誤り、猥雑で狭量、慢心とともに星のリソースを過度に食い潰し続けるはた迷惑な種には、一度減ってもらうべきだとね。

 個々が優れているか劣っているかは、大した問題ではないんだ。

 人は飽和した文明の中でなく、限りあるリソースを節制することを学び敬虔に生きるべきなんだ。ある意味、共産主義が原初に理想としたところかもしれない。僕は文明と人間に質は求めていないし、人間を作り直すのに失敗したら、また押し流せばいい。

 そも、本当に賢き人間が現れるなら、僕ごときの野望なんぞ踏破して、それこそ人間の可能性を示してくれるはずじゃないか。

 自由という観念は好きだけれど、それを担うものが公器としての義務を機能的に果たすさまを信じていないんだよね。

 だからこそ、焦がれてしまうのか――人のなかから、ボクを打倒して証明を掲げる存在をこそ、この白夜の下に。

 テルクの王という言い伝え、きみは聞いたことがあるかな?』

「……いいや」

『僕はこの時代、王に出会えなかった。

 硬直した衆愚の民主主義と不公正に貧富を階層化する資本主義、かと言って二十世紀に人類がやってたような、社会主義の理想は俗物的な階級闘争が示すように、社会全体が互いを嫉妬で貶める、破滅的な社会の終焉か、或いは特有の独裁体制へと行き着いてしまう。

 何度体制の破壊と再生を繰り返したところで、ひとは互いの資質への嫉妬や野心を止められない、そうでないものは、結果として生き残れない。

 ボクはセドナの力を借りることにした。

 簡単に言うと、すべての生物がヤヲ因子を介して、ネーレイスと同根の存在へ還元される』

「ひとが、人魚と同じに?」

『知性の如何いかんに関わらず、あらゆる動物がだ。

 有史の生命が、太古の海原から生じたとされるように。

 この先、地球や太陽系に知性体が芽生えても、それらがヤヲ因子によって、セドナという公平な起源にして、有形の器に束ねられたとき、我々は現代の文明が抱える宗教的な各種の起源さえ、セドナという万物の祖に一元化されることで、たとえば人種間の優位性を巡る不毛な対立や差別さえ解消できるのだから』

「自分が王になるんじゃ、ないのか」

『強いて言えば、僕は造物主にして裁定者だよ。ヤヲ因子のなかを移ろい、時代と共に星の環境に最適な生態系の繁栄を確約するだけの存在。

 ま……最後に話相手ができて、嬉しかったよ。

 さようなら、天充枸櫞くん』


 そうして白號機が持ち出したフェザースタッフが、八号機の胴を切り裂いた。

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