第104話 移動開始
「四号機がやっているのか?
艦隊が移動している――天充の力は、まだ維持されているようだが」
『たぶん、ヤヲ因子を補給するつもりだ。
僕が教えたから』
浮遊島群から供給されるヤヲ因子を、チェインドライブで弐号機を経由して獲得しているのだろう。珊瑚はすぐに察した。
『伏馬先輩、その……足のこと、すいませんでした』
「別にいいさ。代わりにどこぞの人魚が、代償を支払っちまった」
『――』
「白錫はまだ、戻ってこないんだな。
ところで那戯を叩くには、もっと人形の移動速度を速めたい。
なにか、案はないか?」
ふたりが押し黙っているところで、四号機から声がする。
『艦隊で補給したヤヲ因子を使います。
八号機が艦隊ごとすべて、北の祭壇前へ転移する』
「!」
『お嬢!
目が覚めたんですね!?』
どうやら美岬は、那戯の支配から抜け出せたらしい。
『うん、心配かけてごめん、護斗くん。
四号機を使う、時間がないの』
『でも八号機は、まだ……』
『枸櫞くんが戻ってくる前に、やらなきゃ。
すべての鮫人の機動力を上げる。
艦隊のリソースを再構成して内燃機関を調達、鮫人用のブースターを構築します』
美岬が自らの力で、四号機を新たに覚醒させた。
そして確立した彼女固有の異能は、文字通りの“再構成”、既存の物質リソースを引用して、それを都度最適な事物へと造り変える力だった。
加えて十三号機にやっているのと同様、ミサイルポッド類を増設。
ただし今回のそれは、元のが六連装だったのに対して、ポッドそのものも砲口も桁から異なる底上げが施された。
「ブースターだけじゃないな」
『今回は、結界を守護する相手に制圧力で畳みかけなきゃなりませんから。
流石に誰かさんがたの巡航ミサイルほどではありませんけど』
「お嬢がいると、百人力ですか」
『私のありがたみに、ようやく気付かれましたか?』
「そんなもの……みなとっくにわかっていますよ、そうだろう、護斗」
『ええ』
そう言われてしまうと、美岬は居心地悪そうだった。
『あ、ありがとう――』
「……肝心の八号機は、いつ戻ってくるんだ?」
『長くはかかりませんから、移動を始めましょう。
跳躍するにしても、座標の距離が短い方が、彼の負担も減るようです』
「ふむ」
*
「それで結局、あんたはなにを伝えたかったんだ」
最初からきっとずっと――この空間に、彼女、セドナは介在していたのだ。那戯と繋がった時点から、疑ってかかってはいたが。
そうして最後に映し出されたのは……、総ての始まりだった。
*
神社姫と出逢わなかった、世界線での話。
美岬が枕元で語っていたことだ。
「本来、テルクの海原からヤヲ因子に纏わる殆どのものは、外界へ持ち出せないの。
だけど天充くん、あなたは特別なようね……」
「あちらの資源を持ち出したところで、現世では出処不詳の謎のものにしかならないだろう?
突き詰められても、きみたちが民間人で、或いは私企業体の枠組みから外れない限り、公権力を始めとした外圧は逃れられないのに。
あの海原が過去に呑み込んだものは不可逆的で、向こうの海には、こちらの世界の漂流船まで流れ着いているけれど、こちら側にネーレイスや先史文明の類似する遺物は来ないんだから、あの世界はそれこそが夢現みたいなものだ。鮫人運用下において、一度技術的なブレイクスルーが起きれば、或いはその限りでないだろうけど」
「――」
「遺構を継承する、地元民らの不断の努力は敬意を払うべきものだね。だけどその……ネーレイスの襲来ってルーティンに、何処かでケリを付けるべきなんじゃないかな。きっと同じことは、誰しもが一度は考えるだろう、けど」
「そうかもね……できるの、きみに?」
「そのやり方を、考えていこうって話だろう、建設的に」
なんでここに、琉稀がいてくれないんだろう。
俺の傍には、あの人が必要なのに。
あの頃の俺は、琉稀さんとさほど仲が良かったわけじゃないけれど、こうして見返すと、それが今もの哀しい。
「ほかのこと考えてる?」
「なに?」
「――、琉稀さんの何がそんなに良かったの」
「きみみたいな思いつきで、突拍子もないことはしないだろ」
枸櫞は拗ねて、タオルケットを頭からひっ被る。美岬の嘆息が聞こえた。
「琉稀さんはもういないじゃない。あなたのお姉さんと同じで」
いない者に、余計な感傷を割くなと云う。こういう冷徹な合理性ばかりを優先するのが、彼女は若くして経営者にして起業家たら占めるところなのだろう。枸櫞はそれが傍からひどく虫酸の走るのだった。――本当に無神経な、女。
「だから犠牲が出続けるくらいなら、何処かでこの連鎖に歯止めをかけなきゃならない。
共鳴者の数がそのたび一定しないのは、致命的だ。僕たちの世代で、これを終わらせる。
有効な打開策を示さないと、結局きみの父親に従う羽目になるんだぞ、僕らは」
「それは……」
護斗や珊瑚ら、自分たちはすでに多くの仲間を喪った。理事長の言うよう、軍に遺跡の管理を移譲する案が現実味を帯びるのは当然のことだった。




