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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-【7/31 本編完結】  作者: 琉璃宿命
21.

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第103話 きみしかここに、いなかった

「私のこと、好きじゃないって言ってたくせに。

 ……どうしてまた来たの?」

「きみしかここに、いなかったから」


 枸櫞は残酷なことを言っている自覚のあった。

 彼にとってすべては、泉客美岬から始まったことだ。

 復讐の導火線に火を入れられ、ここまでの日々を走り続けてきた。

 ここまで来て、枸櫞は苛立ちを隠せない。


「やぁ、那戯のお人形さん。

 どうしてきみは僕の前に現れるたび、僕の大切な人たちをこうも無碍に扱ってくれるのかな。いや、君自身の本意ですらないことが多分に含まれるのはわかってる。

 きみも被害者だと、頭の片隅ではわかっているんだ。

 ……きみを待っている、理事長や闢くんを、哀しませるわけにもいかないだろう」

「そんなに私を殺したければ、殺せばいい。

 人形の息の根を止めるなんて、あなたには造作ないことでしょう、テルクの王様」

「――」


 枸櫞は静かに、オーロラを見上げ、仰ぐ。

 物騒なほどに、美しい。


「てっきり、悪夢ってのは夜に視るものだとばかり、想ってたよ。

 けどそうか……昼と夜の境界がなければ、悪い夢だってずっと続いていくんだ」

「最低な、気づきだね」

「おぅ。

 どのみち、けじめはつけなきゃな。

 北の祭壇と、奴は言っていた。儀式は始まっているんだろう。

 僕らは悪足搔きをしなきゃならない、今ここで走り続ける、護斗くんたちのやっていることを、無駄にできない」

「あぁ、どうしてあなたが王様なのか、ちょっとだけわかった気がする。

 どれほどの受難、艱難辛苦を味わったとて、あなたは世界の均衡を乱すほどの自棄にはならないし、なれないのね」

「――」


 美岬は疲れ切った目を、彼に向けた。

 その顔がどことなく琉稀に重なって、枸櫞は顔を顰める。


「天充枸櫞。

 結局あなたは、誰よりも義務のために生きているのよ。

 自らを魔性だなととどこまで嘯いても、その生来からの生真面目さが、あなたをつまらない人間に仕立《呪っ》てしまうの。

 あなたと私に、大して差はなかったのね。

 私はあの男の奴隷で、あなたはテルクという世界システムの奴隷。

 ほんと、笑える」


 自嘲と嘲弄の入り混じった笑い声。押し殺す必要もない。

 ひとしきり笑った彼女は、また枸櫞を冷たく見据えるのだ。


「どうして私は琉稀先輩じゃないんだろうね?

 天充檸檬でもないのに、終焉にはあなたとここにいる」

「――」


 枸櫞はしばらく、黙って立っていた。




「琉稀さんはどうしてこう、運がないのかね。

 珊瑚くんやアサくんだって戻ってこれたのに、あと一歩のところで」

「どうするの、伏馬先輩を殺す?」

「それも良いかもな、全部終わった暁には……」


 けれど言うほど、枸櫞はそんなことに拘っていなかった。


「きみは逐一、言うことが物騒だが。実際誰かを手に掛けたことでもあるのか?」

「そんなこと、聞きたいの」

「そうまでして誰かや何かを蹴落とすか、排斥しなければ、きみは自分の存在を証明できないとか?

 血の気の多い話だな」

「勝手に決めないで、言い掛かりよ」

「じゃあ、感心しない悪癖だ。きみがどうなろうが構わないが、那戯の真似をして、自分を無理に呪う必要なんてないだろう」

「ほかにやることなんてなかったから。守りたいものが増えるって、恐ろしいことなのね、枸櫞くん。

 酷いこと思いつくよね、だから私に闢くんを預けたりしたんだ」


 確かにそれは、那戯という支えを喪って、やけに走るしかなかったはずの彼女には、酷なことであったはずだ。


「拒むこともできた。きみの自由だ、誰に強要されることでもない」

「そうして言葉巧みに私を誘導したあなたが、今は本当に憎いよ」

「なら、殺すか?」


 彼女は無表情になった。



 那戯は北の祭壇の周囲に、四神をモチーフとした粘土の異形を誂えたとのこと。


「彼はネーレイスさえ、信じていない。

 だから自ら、粘土で手駒を誂えた」

「白號を含む、か――まぁいいけど」

「拘束されたセドナへ至る結界を破るには、那戯の駒すべてを倒さなければならない。

 あなたが手にした力は、あくまでネーレイスへの特攻でしょう?

 その程度の搦め手なら、あの男はすぐに対応してしまう」

「不沈の艦隊を叩くよりはマシだろう。

 美岬さん、きみに八号機からのヤヲ因子をここで受け渡す。

 これを受け取ったとき、きみは那戯から、完全に独立するだろう」

「――」

「言いたいことがあるなら、今の内だ」

「那戯の、《《兄さん》》は」


 あれをまだ、兄と呼ぶ。


「どうしたら、心変わりしてくれるのかな。

 自分の野望を、打ち砕かれたとき?」

「自分の生き死ににすら頓着しない男だけれど、負けたら負けたで、リカバリーを考えて執着するかもしらないな。

 或いは、目的そのものを奪ってしまうか、だ」

「……どういう?」

「彼はすでに人間でなく、ヤヲ因子を通して事象に表明する。

 だから俺たちは、あの男の魂に絡むヤヲ因子の供給を断つ。そうすれば、生き死にはさておき、それ以上は動けなくなる。

 あいつは自己の成果を証明したがるけれど、自己を顕示する欲は驚くほどにない。

 きみや俺がシステムの奴隷であるように、あいつも自身の義務感で人を滅ぼそうとしている。

 セドナを扱うのも、セドナの意思を無視しないと言った。

 その上で、やめないとなると――余程の確信があるようだ。

 俺はセドナに会って、今度こそ確かめるよ。

 世界を巻き込んだ復讐の答えってやつが、そこにあるのなら、だから」

「うん」


 二人は己らの為すべきを、わかっていた。


「ここから四号機を再起動するにしても、五体の鮫人でどこまでできるかはわからない」

「でも、やるのでしょう?

 護斗くんたちのところへ、戻らなきゃ」

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