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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-【7/31 本編完結】  作者: 琉璃宿命
21.

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第102話 琉稀の消失2

「どうして」


 枸櫞は呆然としていた。

 またオーロラの空間へと戻り――、水鏡の上で琉稀を押し倒している。

 彼女の全身が、消えかかっていた。


「これまでだって、なんとかなってきたじゃありませんか。

 みんな、あなたを待ってる」


 しかし琉稀は首を横に振るのだ。


「残念だけど、私の因果は書き換わらないみたい。

 どちらにせよ一度死ぬか、アーウィズォウトにやられる羽目になる。

 ほんと、どうして私はこんなに弱いんだろう……いやになっちゃうね」

「そんなこと」


 枸櫞は彼女の頬に手を寄せる。


「すべてのネーレイスは、僕の敵じゃないんだ。

 いま四号機を取り戻して、美岬さんとふたりとも、助けますから」

「そう、だね……ねぇ枸櫞くん」

「?」

「あなたの強さを、信じてる。

 こんなところにまで、会いに来てくれて、本当にありがとう。

 あなたは、王様だから。きっと自分を貫ける」

「そんな、これで終わりじゃないんだから――っ」


 枸櫞は息を呑む。

 水鏡の上に、もう彼女の姿はない。


「――、――」


 絶句。


*


 あんたは破滅したいだけだ、以前にそう言った枸櫞の顔が浮かぶ。

 こうして五体満足を取り戻して、今更ながら想う。


(それがよくも俺なんかに、ふたりの救出を賭けたものだな)


「わかったよ、天充枸櫞――俺は人として、喪ったものを取り戻す」


 それこそが、俺を惑わしてきたあのネーレイスに対する、完全なる復讐なのだと、俺はお前から教わった。


『重力場の制御、流石ですね。

 それで、アザラシのほうは良かったんですか』

「放っておけ……敵の敵が味方でも、まぁいいんじゃないか、今回ばかりは」

『先輩?』


 護斗は翼の丸くなったことに、驚きを隠せないらしい。


「敵の動きは封じたが、分離するには決定打が欲しい。

 紅嘴、おまえの力でできないか?」

『やってみます』


 できるかできないかは二の次、やるほかになかった。

 だが、彼の紅珊瑚が到達してなお、四号機と異形の分離は想うように進まない。

 五号機は憔悴したアザラシを、すでに波の収まった洋上で抱えている。


「天充の力が欲しい、あの《《ネーレイスを壊す力》》……なに?」


 そう言った直後、枸櫞からの感覚が逆流する。


「これが、王力チェインドライヴ

 天充、そういうことかよ」


(壱号機の手に、託そうと)


 翼はばつの悪く、自分の頭を掻いてから、嘆息する。

 直後、壱号機は異形へ正面から飛び込んでいった。

 四号機に向けて、掌底を放って――水子だった生ける屍は、あっさりと霧散した。

 終わって、メロウ級の持ち物だった帽子がふよふよと宙へ残留し、降ってくる。

 弐号機がそれをキャッチして、五号機の傍に移動する。


『ソラの字のやつ……全部俺たちに押し付けていきやがった。

 白錫先輩を、取り戻すんじゃなかったのかよ。

 こんなところで』

『いや、まだだよ。

 まだみっちゃんは、泉客那戯との決着をつけていない。

 四号機を回収したんだ、僕たちも北に急ごう、きっと僕らの王様なら、何とかしてくれる』


 八号機が消えて後、最初こそ取り乱していた珊瑚だったが、すでに我を取り戻していた。

 メロウ級は頭巾を返却されると、穏やかな笑みを浮かべ、身体から力を喪った。

 五号機は、アザラシを波間へゆっくりと降ろす。

 メロウ級の影が、見えなくなるまで――みなは静かにそれを見送った。

 護斗が言う。


『ネーレイスって、なんなんでしょう。

 俺には、もう一概に敵として見ることができないんです。

 勿論、それを倒すことに、躊躇うわけじゃありません、けど』

「わかっている。

 行こう、誰が最初に那戯をぶん殴るのか。

 こっからは、そういう競争だ」


*


 枸櫞は白夜の空に、ふらりと立ち上がる。


「シトラ……姉さん……僕は、どうすれば良かったんだ?」


 四号機の取りついていた水子級は、壱号機の手で排除された。

 だけれど、琉稀が戻ってくることへの確信や手ごたえが、感じられない。

 珊瑚と護斗は着実に戻っているというのに、


「こんなことって――こんなッ」


 アーウィズォウトにやられたとき、本当はもっと覚悟すべきだったのかもしれない。超常によって保たれてきた、奇跡的な彼女という存在の均衡を、那戯の恣意が踏み躙った。助かるべきだった彼女を、このままでは救えない。


「――」


 泉客へ来た頃のことを、ふと思い返す。

 姉を喪い、父には無視される虚脱の日々。

 シトラとの出会いが、新しい家族の時間を培って、寂しさを埋めてくれた。

 そんな夢のような時間の傍らで、姉さんを喪ったことの復讐けじめは、どこまでも僕に付きまとった。復讐することの是非ではない、奪われたものを忘れるなと、時間の経過がそのたび、自分へ突き付けてくるのだ。だから僕は、僕の血縁者としての義務を履行した。

 そこに僕自身の意思は、大して必要がなかったけれど。

 確かに、姉さんを俺から奪った輩が憎たらしくてしょうがなかったけれど――誰かの怒りや正しさを、代弁するためにやったんじゃない。

 《《俺》》は姉さんを愛した俺のエゴに狂うと、決めていたから。



 琉稀を奪われたいま、自分は誰を殴ればいいんだろう?

 那戯か、それともこうなる大本の流れを作った、伏馬翼か。


「美岬……?」


 白夜の空の下、すこし遠く。

 彼女が静かに立っていた。

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