第99話 混沌の振り子
魔性が俺に、自由と混沌を与えた。
覚醒とともに、新たに般若の如き面をあつらえて――五号機の新しい力は『振り子』、それも二重の振り子である。
本体の周囲に浮遊する光球が宙に混沌を描きたて、リンカー殺しの稼業と宿命に翻弄される彼そのものを現わしているかのよう
光玉が描く軌道は残像となり、三機からメロウ級の周囲を取り囲う。
「覚醒したんだな、五号機――」
枸櫞は戦況を把握するのでやっとのジリ貧だが、護斗の齎す変化に賭けてみることにした。
「枸櫞、壱号機はもう……」
「わかってる」
あれだけの勢いの波間では、鮫人に乗っていようと急激な水圧に機体が耐えきらない。
「アサくん、なにをした?」
『よく、わからない。だけど……お嬢を、助ける。それが俺にできる最大だ』
「うん」
傍らの檸檬は、枸櫞がなにを考えているか、すでに察していた。
「伏馬翼を、助けるの!?」
「……そうなる、か。あいつはアサくんを庇った、まだ自分の足も治りきらないうちに」
「あれを信じようなんて」
「信じているんじゃない、賭けてやりたくなったんだ。姉さん、俺は姉さんとシトラさえいれば、きっと何度でもやり直せるから」
「だからって」
「愛してる」
枸櫞は彼女を抱き寄せて、耳打ちする。
「護斗くんの新しい力、枸櫞は正体を知ってるんだ?」
「きっと護斗くん自身のそれ以上に、だから――繋げる」
*
翼は死を覚悟していたはずだった、しかし気づけば喪ったはずの足が戻っている。
枸櫞が何かしたのはすぐ察せた。
「ここは――天充、なにをした?
護斗になにをさせた?」
「流石に気づきますよね。
護斗の覚醒した力は、カオスを司る連鎖した振り子。
王の力でそれの一部を間借りして、あなたと僕の因果が入れ替わる」
「なんのために」
「この先、あなたは人として戦い続けるでしょうから」
「なぜ俺など助けるんだ」
「人魚のくせに、というお話でしょうか。
あなたを欠かさず、泉客那戯に挑みたいからです。
あなたが人魚の力に救われることなんて、望まないのは知っています。
足なんて、ヤヲ因子で適当に再構成するんでも良かったんですよ、ネーレイスなら……これはあなたへ手向ける、僕なりの敬意だと想ってください。
僕はずっと姉さんの居る場所に行きたかった、そのためなら、それが人ならざる領域の存在だろうと、どうでもよかった。
早々に、人である姿勢を捨ててしまったんでしょう。
今の僕は、魔性だ。ネーレイスを供され、自らの血肉と変える――けど、あんたはそうじゃない、人間だ」
「珊瑚に奇襲された事実を、お前の身体に置き換えた?」
「ここはネーレイスの唄が齎すのと同じ、幻惑の空間です。
知性体の思念のみが繋がれる場所――とはいえ、ここを出てから、あまり時間はないでしょう。
八号機はしばらく、退場ですかね」
「なにを……」
「琉稀さんと美岬嬢を取り戻すには、艦隊を指揮する四号機を潰さなければならないでしょう。いや厳密には、それを取り込もうとする水子級を引きはがすんです。
弱点、と言いますか、いまあれの頭頂部に備わっている頭巾は、メロウ級の持ち物――つまり、別のネーレイスに由来したものだ」
「であるからには、それを削るなり、奪うなりしたところに隙が生じる」
枸櫞は頷いた。
「琉稀先輩たちを頼みます。
あなたにとって、あのふたりが人間であるなら、なおのこと」
「――、お前はどうなる?
八号機は」
「しばらく、海原を漂うことになるでしょう。
大丈夫……那戯との決着は、俺自身の手で」
その言葉を最後に、足を喪った枸櫞の姿が遠ざかる。
*
目の前に、アザラシの頭があった。
『みっちゃんは!?
どうして壱号機が』
『わかってるだろう、珊瑚。
八号機は、行っちまった……俺の力、勝手に使って。
あのアホっ――』
「――、ふたりとも、四号機と水子級を叩く。
力を貸せ」
翼はアザラシの人魚を前に、初めて憎しみでない感覚を覚えた。
それはひどく憔悴していた。
艦砲とミサイル群を凌いでいても、爆風の余波はたびたび喰らっている。
どのみち三人も、動かなくては先がない。
「まずは美岬嬢を取り戻す、俺たちの手で」
*
コクピット内が破砕して浸水している。
「くえん!?」
姉さんが消耗したらしく、今はシトラの姿だった。
「――……大丈夫、まだなにも喪っていない。
シトラ、俺少し眠るよ」
壱号機と位置を入れ替えたわけだけれど、急激な水圧に晒されたことには違いない。ヤヲ因子を用いれば、時間をかけて修復は可能だ。
翼がやられた、脚についても。
元々連戦に疲れていたし、せめて那戯と事を構える前に、万全を期すべきだ。その後、一気に浸水は進んで、彼の身体は海水に呑まれてしまう。




