#32 瞑想
レナステリアワードエナジーアカデミー。
入学して最初の授業。
昨日は、言葉について学んだ。
言葉には意味がある。
そして、その言葉を受け取った人によって、頭の中に浮かぶものも違う。
小説を読むことで、人の感じ方や考え方にも触れる。
詠唱魔法を学ぶために、まずは言葉そのものを知る。
それが、この学校の最初の授業だった。
そして――
二時間目。
教室の扉が開いた。
「それでは、次の授業を始めます」
先生が教壇に立つ。
黒板には、二文字だけが書かれた。
『瞑想』
「……瞑想?」
ユキジが小さく声を漏らした。
カズトも黒板を見る。
魔法学校なのだから、次は詠唱の練習でもするのだと思っていた。
しかし、目の前にあるのは魔法陣でも杖でもない。
「この授業では、瞑想を行います」
「瞑想って、何も考えないようにするやつですか?」
誰かが質問した。
先生は少し笑った。
「それも瞑想の一つです」
そして、黒板に新しい言葉を書き加える。
『集中』
「ですが、皆さんに覚えてほしいのはこちらです」
「詠唱魔法では、言葉を唱えるだけでは魔法になりません」
教室が静かになる。
「言葉」
「その言葉から生まれるイメージ」
「そして、精霊の加護」
「この三つが重なって、初めて強い力になります」
カズトはノートを開いた。
昨日の授業で習ったことを思い出す。
先生は続けた。
「例えば、『火』という言葉を唱えるとしましょう」
「頭の中に、火を思い浮かべてください」
生徒たちが目を閉じる。
「赤い炎」
「青い炎」
「小さな炎」
「大きな炎」
「薪を燃やす炎」
「料理をする炎」
「同じ『火』という言葉でも、人によって浮かぶものは違います」
カズトも目を閉じた。
炎。
赤い。
揺れている。
熱い。
薪がパチパチと音を立てる。
冬の寒い日に、暖炉の前で感じる暖かさ。
料理をするときの火。
そして――
扱い方を間違えれば、人を傷つけるもの。
一つの言葉から、次々とイメージが広がっていく。
「……」
カズトは目を開けた。
「今、何を考えましたか?」
先生が尋ねる。
カズトは少し考えてから答えた。
「火っていう言葉から、いろんなことを思い出しました」
「それでいいのです」
先生は頷いた。
「では、ここからが瞑想です」
教室の空気が変わった。
「皆さんには、頭の中に一つの言葉を置いてもらいます」
「そして、その言葉以外の雑念を少しずつ減らしていきます」
「消す必要はありません」
「ただ、追いかけない」
「浮かんでも、そのまま流す」
カズトは静かに目を閉じた。
呼吸を整える。
吸う。
吐く。
また吸う。
吐く。
時計の秒針が聞こえる。
カチ。
カチ。
カチ。
いつもなら気にならない音だった。
だが、意識を向けると、妙にはっきり聞こえる。
「……」
カズトは呼吸に意識を戻した。
吸う。
吐く。
頭の中に浮かんだ雑念を、そのまま流す。
しばらくすると――
頭の中が少し静かになった。
「では、最後に『火』を思い浮かべてください」
先生の声が聞こえる。
カズトは再び炎を思い浮かべた。
昨日よりも、はっきりしている。
炎の揺れ。
熱。
光。
音。
周囲の空気。
まるで、そこに本当に火があるようだった。
「目を開けてください」
カズトが目を開ける。
先生が黒板に書く。
『イメージの割り増し』
「これが今日の授業の目的です」
「瞑想によって頭の中を整理する」
「そして、一つの言葉に集中する」
「そうすることで、言葉から生まれるイメージを、より鮮明にする」
「これを私たちは――」
先生は黒板を指した。
「『イメージの割り増し』と呼んでいます」
カズトはその言葉をノートに書いた。
イメージの割り増し。
ただ強く念じるのではない。
頭の中の余計なものを整理して、
必要なものを、必要なだけ鮮明にする。
カズトには、少しだけ覚えがあった。
集中。
コンセントレーションタイム。
呼吸。
そして、これまで身につけてきた様々な方法。
今まで自分が感覚的にやってきたことを、この学校では一つの技術として教えている。
「……面白い」
思わず、カズトの口から言葉が漏れた。
隣のユキジが振り向く。
「カズト、何が?」
「頭の中って、鍛えられるんだなって」
「だねぇ」
ユキジも微笑んだ。
「俺も、ちょっと分かった気がする」
先生が二人を見ていた。
「その感覚を大切にしてください」
「詠唱魔法は、声だけで発動する魔法ではありません」
「言葉を理解し」
「言葉を感じ」
「その言葉を頭の中に描き」
「そして、そのイメージに精霊の加護を重ねる」
「だからこそ――」
先生は黒板に最後の一文を書いた。
『言葉を強くするには、まず自分の頭を整える』
カズトは、その文章をじっと見つめた。
そしてノートの端に、小さく書いた。
『瞑想=頭の最適化』
その下に、もう一つ。
『言霊のイメージを割り増しする』
カズトはペンを置いた。
詠唱魔法の授業。
けれど今日も、魔法そのものは使わなかった。
昨日は――言葉を学んだ。
今日は――頭を整えた。
そして、その二つが重なったとき。
カズトの中で、まだ名前のない何かが、ほんの少しだけ形になり始めていた。




