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チャームワールド  作者: 恋塚隆之


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31/36

#31 言霊

レナステリア。


俺とユキジがこの街に来て、しばらく経った。


大きな街だった。


人も多い。


店も多い。


そして――


俺たちが通うことになった学校。


「レナステリアワードエナジーアカデミー」


詠唱魔法を専門に学ぶ学校だ。


入学式は無事に終わった。


校長先生の話。


教師たちの紹介。


そして新入生代表の挨拶。


長かった。


正直、少し疲れた。


でも。


ここからが本番だ。


入学式が終わると、俺とユキジは指定された教室へ向かった。


教室の扉を開ける。


ガラッ。


中にはすでに何人かの生徒がいた。


緊張している人。


周りをキョロキョロ見ている人。


机に突っ伏している人。


俺と同じように、少し距離を取って座っている人もいる。


ユキジが小声で言った。


「いろんな人がいるね」


「ああ」


俺は教室を見渡した。


クラス全員が仲良くする。


そんな雰囲気ではない。


でも。


それでいいのかもしれない。


ここに来る理由は、人それぞれだから。


やがて教師が入ってきた。


中年くらいの男性。


黒いローブを着ている。


そして手には一冊の分厚い本。


教師は教壇に立つ。


「皆さん、入学おめでとうございます」


生徒たちが頭を下げる。


「今日から皆さんは、この学校で詠唱魔法を学びます」


教師は黒板に大きく文字を書いた。


――言霊。


俺はその文字を見る。


「まず最初に覚えてほしいことがあります」


教師が言う。


「詠唱魔法は、呪文を暗記して唱えれば使える魔法ではありません」


教室が静かになる。


「言葉には意味があります」


教師は黒板を指した。


「そして、その意味を深く理解することで、言葉に力が宿る」


「これが言霊です」


俺は手帳を取り出した。


さっそくメモする。


教師が続ける。


「ですから、本校では魔法の授業だけを行いません」


黒板に新しい文字が書かれる。


――国語。


そして。


――小説。


「まずは言霊である言葉を深く知るために、国語と小説を学びます」


「え?」


教室のあちこちから声が漏れた。


俺も思わず顔を上げる。


ユキジも驚いている。


「魔法学校なのに……小説?」


教師は笑った。


「そうです」


そして本を一冊、机の上に置く。


「例えば『火』という言葉があります」


「皆さんは火と聞いて何を思い浮かべますか?」


一人の生徒が答えた。


「熱い」


別の生徒。


「燃える」


さらに別の生徒。


「明るい」


教師は頷く。


「それぞれ正しい」


そして俺を見る。


「では、カズト君」


「え?」


突然名前を呼ばれた。


「君は『火』という言葉から何を思い浮かべますか?」


俺は少し考えた。


火。


荒野。


魔法。


炎。


だけど――


それだけじゃない。


「……料理」


教師が少し驚いた顔をする。


俺は続けた。


「寒い日に暖まる火もあります」


「灯りとして使う火もあります」


「人を傷つける火もあります」


「でも、誰かを助ける火もあると思います」


教室が静かになる。


教師は頷いた。


「そうです」


「同じ『火』という言葉でも、人によって思い浮かべるものが違う」


「だから言葉を知らなければ、言霊も深くならない」


俺は手帳に書いた。


【言葉=意味だけではない】


【その言葉から何を感じるか】


教師は続ける。


「国語では言葉の意味、文法、文章の構造を学びます」


「小説では、人間の感情、情景、人物の考え方を学びます」


「なぜ小説を読むのか?」


教師が教室を見渡す。


「人間の心を知るためです」


その言葉で。


俺の手が止まった。


人間の心。


俺は昔から、人間の心がよく分からなかった。


なぜ人は誰かを傷つけるのか。


なぜ誰かを助けるのか。


なぜ笑うのか。


なぜ怒るのか。


なぜ――


同じ言葉を使っているのに、伝わらないことがあるのか。


教師は静かに言った。


「言霊とは、言葉を強くする技術ではありません」


「言葉を深く理解する技術です」


その瞬間。


胸のガーネットが、ほんの少しだけ温かくなった。


俺は胸元を触る。


「……?」


オラクルが小さな声で言った。


『精神状態に微細な変化を確認』


俺は苦笑する。


「また分析か」


『重要な変化です』


ユキジが俺を見る。


「どうした?」


「いや……なんでもない」


俺は黒板を見る。


――言霊。


今まで俺は。


魔法を強くするために言葉を覚えるものだと思っていた。


でも違う。


言葉そのものを知る。


その言葉を使う人の気持ちを知る。


その言葉を聞いた人がどう感じるのかを知る。


そして。


自分が何を伝えたいのかを知る。


それが詠唱魔法なのかもしれない。


教師が言った。


「では最初の課題です」


生徒たちが教科書を開く。


「今日から一週間、自分が心を動かされた言葉を一つ記録してください」


「本でもいい」


「誰かとの会話でもいい」


「街で見た看板でもいい」


「歌でもいい」


「そして、その言葉で自分が何を感じたのかを書いてください」


俺は手帳を開いた。


一行目を書く。


【言葉の記録】


そして少し考えて。


最初の言葉を書いた。


【魅せられる】


俺がこの旅を始めた理由。


ずっと探している言葉。


だけど。


まだ、その意味を完全には理解していない。


俺はペンを止めた。


そして思った。


この学校で。


俺は魔法だけじゃなく――


自分自身の言葉を探すことになるのかもしれない。


窓の外から風が吹く。


レナステリアの街が見える。


俺は小さく笑った。


「……面白くなってきたな」


ユキジが隣で笑う。


「やっと学校らしくなってきたね」


俺は頷いた。


詠唱魔法。


その最初の授業は――


魔法ではなかった。


言葉だった。

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