#31 言霊
レナステリア。
俺とユキジがこの街に来て、しばらく経った。
大きな街だった。
人も多い。
店も多い。
そして――
俺たちが通うことになった学校。
「レナステリアワードエナジーアカデミー」
詠唱魔法を専門に学ぶ学校だ。
入学式は無事に終わった。
校長先生の話。
教師たちの紹介。
そして新入生代表の挨拶。
長かった。
正直、少し疲れた。
でも。
ここからが本番だ。
入学式が終わると、俺とユキジは指定された教室へ向かった。
教室の扉を開ける。
ガラッ。
中にはすでに何人かの生徒がいた。
緊張している人。
周りをキョロキョロ見ている人。
机に突っ伏している人。
俺と同じように、少し距離を取って座っている人もいる。
ユキジが小声で言った。
「いろんな人がいるね」
「ああ」
俺は教室を見渡した。
クラス全員が仲良くする。
そんな雰囲気ではない。
でも。
それでいいのかもしれない。
ここに来る理由は、人それぞれだから。
やがて教師が入ってきた。
中年くらいの男性。
黒いローブを着ている。
そして手には一冊の分厚い本。
教師は教壇に立つ。
「皆さん、入学おめでとうございます」
生徒たちが頭を下げる。
「今日から皆さんは、この学校で詠唱魔法を学びます」
教師は黒板に大きく文字を書いた。
――言霊。
俺はその文字を見る。
「まず最初に覚えてほしいことがあります」
教師が言う。
「詠唱魔法は、呪文を暗記して唱えれば使える魔法ではありません」
教室が静かになる。
「言葉には意味があります」
教師は黒板を指した。
「そして、その意味を深く理解することで、言葉に力が宿る」
「これが言霊です」
俺は手帳を取り出した。
さっそくメモする。
教師が続ける。
「ですから、本校では魔法の授業だけを行いません」
黒板に新しい文字が書かれる。
――国語。
そして。
――小説。
「まずは言霊である言葉を深く知るために、国語と小説を学びます」
「え?」
教室のあちこちから声が漏れた。
俺も思わず顔を上げる。
ユキジも驚いている。
「魔法学校なのに……小説?」
教師は笑った。
「そうです」
そして本を一冊、机の上に置く。
「例えば『火』という言葉があります」
「皆さんは火と聞いて何を思い浮かべますか?」
一人の生徒が答えた。
「熱い」
別の生徒。
「燃える」
さらに別の生徒。
「明るい」
教師は頷く。
「それぞれ正しい」
そして俺を見る。
「では、カズト君」
「え?」
突然名前を呼ばれた。
「君は『火』という言葉から何を思い浮かべますか?」
俺は少し考えた。
火。
荒野。
魔法。
炎。
だけど――
それだけじゃない。
「……料理」
教師が少し驚いた顔をする。
俺は続けた。
「寒い日に暖まる火もあります」
「灯りとして使う火もあります」
「人を傷つける火もあります」
「でも、誰かを助ける火もあると思います」
教室が静かになる。
教師は頷いた。
「そうです」
「同じ『火』という言葉でも、人によって思い浮かべるものが違う」
「だから言葉を知らなければ、言霊も深くならない」
俺は手帳に書いた。
【言葉=意味だけではない】
【その言葉から何を感じるか】
教師は続ける。
「国語では言葉の意味、文法、文章の構造を学びます」
「小説では、人間の感情、情景、人物の考え方を学びます」
「なぜ小説を読むのか?」
教師が教室を見渡す。
「人間の心を知るためです」
その言葉で。
俺の手が止まった。
人間の心。
俺は昔から、人間の心がよく分からなかった。
なぜ人は誰かを傷つけるのか。
なぜ誰かを助けるのか。
なぜ笑うのか。
なぜ怒るのか。
なぜ――
同じ言葉を使っているのに、伝わらないことがあるのか。
教師は静かに言った。
「言霊とは、言葉を強くする技術ではありません」
「言葉を深く理解する技術です」
その瞬間。
胸のガーネットが、ほんの少しだけ温かくなった。
俺は胸元を触る。
「……?」
オラクルが小さな声で言った。
『精神状態に微細な変化を確認』
俺は苦笑する。
「また分析か」
『重要な変化です』
ユキジが俺を見る。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
俺は黒板を見る。
――言霊。
今まで俺は。
魔法を強くするために言葉を覚えるものだと思っていた。
でも違う。
言葉そのものを知る。
その言葉を使う人の気持ちを知る。
その言葉を聞いた人がどう感じるのかを知る。
そして。
自分が何を伝えたいのかを知る。
それが詠唱魔法なのかもしれない。
教師が言った。
「では最初の課題です」
生徒たちが教科書を開く。
「今日から一週間、自分が心を動かされた言葉を一つ記録してください」
「本でもいい」
「誰かとの会話でもいい」
「街で見た看板でもいい」
「歌でもいい」
「そして、その言葉で自分が何を感じたのかを書いてください」
俺は手帳を開いた。
一行目を書く。
【言葉の記録】
そして少し考えて。
最初の言葉を書いた。
【魅せられる】
俺がこの旅を始めた理由。
ずっと探している言葉。
だけど。
まだ、その意味を完全には理解していない。
俺はペンを止めた。
そして思った。
この学校で。
俺は魔法だけじゃなく――
自分自身の言葉を探すことになるのかもしれない。
窓の外から風が吹く。
レナステリアの街が見える。
俺は小さく笑った。
「……面白くなってきたな」
ユキジが隣で笑う。
「やっと学校らしくなってきたね」
俺は頷いた。
詠唱魔法。
その最初の授業は――
魔法ではなかった。
言葉だった。




