#24 笑顔
休日。
カズトは街の市場を歩いていた。
今日は工房も休み。
時計を見る。
ストップウォッチは押していない。
急ぐ理由もない。
パン屋から焼きたての香りが流れてくる。
広場では子どもたちが遊んでいる。
カズトは自然とスケッチブックを開いた。
タッチペンを持つ。
三分。
風景を描く。
子どもたち。
噴水。
犬の散歩をする老人。
上手ではない。
でも。
描いている時間が好きだった。
「上手になったわね。」
聞き覚えのある声。
振り向く。
クレアだった。
「あ。」
クレアはスケッチを覗き込み、微笑んだ。
「旅はどう?」
カズトは少し照れ笑いを浮かべる。
「……一回帰ってきちゃいました。」
「知ってる。」
「ユキジから?」
「あなたのお母さんから。」
二人は笑った。
近くのベンチに座る。
カズトは少し恥ずかしそうに話し始めた。
工房のこと。
ユキジのこと。
コロマルのこと。
五色手帳。
オラクル。
スケッチ。
キャッチボール。
親方に叱られたこと。
話しているうちに、自分でも驚くほど言葉が出てきた。
クレアはただ静かに聞いていた。
話し終えると、クレアは優しく笑った。
「ねえ。」
「はい?」
「あなた。」
少しだけ目を細める。
「笑顔、増えたよ。」
カズトは一瞬、言葉を失った。
「え……。」
「最初に会った時はね。」
「あの魔法を見ている時だけだったの。」
「目が輝いていたのは。」
クレアは続ける。
「でも今は違う。」
「スケッチを描いている時。」
「ユキジの話をする時。」
「親方の話をする時。」
「オラクルのことを話す時。」
「全部、同じ笑顔。」
カズトは自分の頬に触れた。
そんなつもりはなかった。
でも。
そうなのかもしれない。
クレアはゆっくり市場を見渡す。
「覚えてる?」
「あの日。」
「あの魔法を見て。」
「あなた、『魅せられるものを探したい』って顔をしてた。」
カズトは静かに頷く。
「……はい。」
「見つかった?」
少し考える。
長く考える。
そして。
「まだ……。」
そう答えかけて。
言葉が止まる。
視線が自然と周りへ向く。
市場の笑い声。
パンの匂い。
子どもたち。
スケッチ。
手帳。
ガーネット。
オラクル。
時計。
工房。
ユキジ。
コロマル。
母。
親方。
全部。
頭の中を流れていく。
クレアは微笑む。
「本当に?」
その一言で。
カズトは気づいた。
「あ……。」
小さく笑う。
「探してばっかりでした。」
「そう。」
「もう、囲まれてた。」
クレアは嬉しそうに頷く。
「魅せられるものって、一つじゃないの。」
「毎日の中に、少しずつあるものよ。」
帰り道。
夕日が街を赤く染める。
カズトはクリスタルを開く。
今日のスケッチを保存する。
タイトルをつける。
『笑顔』
オラクルが尋ねる。
「タイトルの理由を教えてください。」
カズトは歩きながら答える。
「今日はさ。」
「初めて、自分が笑ってるって教えてもらった。」
オラクルは静かに記録する。
「保存しました。」
ガーネットは夕日に照らされ、穏やかに輝いていた。
エンディング
夜。
五色手帳を開く。
ハッピーギフト
クレアさんに
「あなたの笑顔、増えたよ。」
と言われた。
その一文を書いたあと。
カズトは少し照れくさそうに笑った。
その笑顔は、もう誰かに見せるためのものではない。
自分自身が、今という毎日を大切に思えているからこそ生まれた笑顔だった。




