#23 記録は嘘をつかない
朝。
工房はいつもより忙しかった。
注文が重なり、職人たちは慌ただしく動いている。
「カズト!」
親方の声。
「この魔石、三番の研磨機へ!」
「はい!」
カズトは急いで走る。
焦っていた。
今日はいつもより仕事量が多い。
「急がないと。」
その一瞬だった。
ガシャン!
研磨途中の魔石が作業台から落ちた。
床に転がる。
細かなひび。
静まり返る工房。
親方がゆっくり歩いてくる。
壊れた魔石を拾い上げる。
ため息。
そして。
「カズト。」
低い声だった。
「焦るなって、何度言った。」
カズトは俯く。
「……すみません。」
親方は続ける。
「材料は金だけじゃねぇ。」
「掘った奴も、運んだ奴も、加工した奴もいる。」
「全部、人の時間だ。」
その言葉は重かった。
「もう一回、最初からだ。」
「はい……。」
仕事が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
帰り道。
足取りは重い。
「俺って……ついてないな。」
自然と口からこぼれた。
ガーネットも少しだけ曇っている。
家に帰る。
夕飯を食べる。
味がよく分からない。
机に座る。
手帳がある。
ペンもある。
でも。
開く気になれない。
「今日は……いいや。」
ベッドに倒れ込む。
オラクルが静かに言う。
「今日は手帳を記録しませんか。」
「……そんな気分じゃない。」
少し沈黙。
オラクルは無理には勧めなかった。
代わりに言う。
「過去の記録を表示します。」
クリスタルの画面が切り替わる。
一週間前。
ハッピーギフト
・ユキジとキャッチボール
少し前。
ハッピーギフト
・コロマルと百回続いた
さらに前。
ハッピーギフト
・親方に剣をもらった
カズトの手が止まる。
「……あ。」
画面をスクロールする。
もっと前。
・母が好きなスープを作ってくれた
・クレアと再会した
・オラクルが「おかえり」と言った
・ガーネットが澄んでいた
・工房のみんなと笑った
ページは続く。
毎日。
小さな幸せが積み重なっている。
カズトは思う。
「俺……。」
もう一度画面を見る。
そこには、こんな記録もあった。
ハッピーギフト
親方に仕事を褒められた。
「丁寧になったな。」
その一文を見た瞬間。
今日叱られた親方の顔が浮かぶ。
怖かった。
でも。
思い返せば。
一番多く教えてくれたのも親方だった。
剣をくれた。
仕事を教えてくれた。
昼飯をごちそうしてくれた日もあった。
カズトは小さく笑う。
「親方も……ハッピーギフトだったんだ。」
オラクルが答える。
「本日の出来事だけでは、人は測れません。」
カズトはようやく手帳を開く。
今日の日付を書く。
☆赤
・焦ると失敗する
☆青
・魔石を一つ破損
☆紫
・親方は怒ったのではなく、仕事を教えてくれた
そして。
少し考えてから。
オレンジ色の欄に書く。
ハッピーギフト
親方に本気で叱ってもらえた。
まだ期待されている。
マネーギフト
給料日は変わらない。
また頑張ろう。
タイムギフト
過去の記録を読み返した。
書き終えたカズトは、深く息を吐いた。
「……そんな日もあるさ。」
その一言は、自分に向けた言葉だった。
ガーネットを見る。
曇りは少しずつ薄れ、穏やかな赤を取り戻していく。
オラクルが静かに言う。
「記録は、過去のあなたから現在のあなたへの手紙なのかもしれません。」
カズトはクリスタルを閉じ、微笑んだ。
「そうか。」
「だから、続ける価値があるんだな。」
窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。
明日は、また新しい一日が始まる。




