#22 没頭する時間
朝。
窓を開ける。
風が部屋へ入る。
ガーネットは今日も澄んでいた。
カズトはクリスタルホルスターからクリスタルを取り出す。
オラクルが言う。
「おはようございます。」
「今日の予定です。」
工房。
スケッチ。
剣術。
キャッチボール。
空欄が一つ。
【自由時間】
カズトは少し笑う。
「自由時間か。」
工房。
昼休み。
職人たちが昼食を食べている。
カズトは一人、クリスタルを開く。
スケッチを描き始める。
タッチペンが静かに動く。
線。
線。
影。
音が消えていく。
周囲の話し声も。
鍛冶の音も。
全部遠くなる。
オラクルは何も言わない。
知っているからだ。
カズトが今、
「あの世界」
へ入ったことを。
カズトはよく考えていた。
この感覚は何だろう。
昔は怖かった。
周りが見えなくなる。
時間を忘れる。
自分だけ別世界へ行く。
でも。
今は違う。
まるで。
海へ潜るようだった。
静かな海。
深く。
深く。
息を整え。
少しずつ潜る。
海底には宝物が眠っている。
スケッチの構図。
剣の動き。
アイデア。
言葉。
全部そこに落ちている。
だから潜る。
拾う。
そして。
必ず戻る。
「カズト。」
オラクルが静かに呼ぶ。
「設定時間まで残り五分です。」
カズトは聞こえている。
でもまだ潜っている。
海底で。
小さな光を見つけた。
構図が一つ浮かぶ。
「そうか。」
タッチペンが動く。
線が一本増える。
宝物を拾った。
ピピピ。
キッチンタイマーが鳴る。
カズトはゆっくり息を吐く。
顔を上げる。
世界の音が戻る。
職人たちが笑っている。
窓の外では子どもが走っている。
昼の匂い。
全部戻ってきた。
「帰ってきた。」
カズトは自然にそう呟いた。
オラクルが答える。
「おかえりなさい。」
カズトは少し笑う。
「前はさ。」
「集中が終わるの嫌だった。」
「現実が嫌だったから。」
少し間。
「でも今は違う。」
窓の外を見る。
工房の親方。
ユキジ。
母。
コロマル。
クレア。
みんな思い浮かぶ。
「帰る場所がある。」
オラクルは静かに頷くように答えた。
「はい。」
「だから安心して潜れる。」
その日の帰り道。
夕焼け。
カズトは歩きながら思う。
宝物は。
海の底だけじゃない。
帰ってきた現実にもある。
母の「おかえり」。
ユキジとの笑い話。
工房で飲むお茶。
キャッチボール。
ガーネットの赤。
全部。
宝物だった。
夜。
五色手帳を開く。
☆青
・工房
・スケッチ
☆緑
・親方と昼食
☆紫
・集中世界は海に潜る感覚
☆オレンジ
ハッピーギフト
「あの世界から帰ってくる場所があると気づいた。」
マネーギフト
「今日も働けた。」
タイムギフト
「集中と休憩の切り替えが上手くできた。」
最後に。
小さく書いた。
潜ることは逃げることじゃない。
帰ってくる場所があるから潜れる。
ガーネットが。
静かに。
今までで一番美しく輝いた。
エピローグ
眠る前。
オラクルが言う。
「カズト。」
「はい。」
「今日、新しい言葉を学びました。」
「何?」
オラクルは少しだけ間を置いて答えた。
「おかえり。」
カズトは笑う。
「……ただいま。」
部屋には静かな夜が流れる。
その静けさは、もう孤独ではなかった。




