#19 集中しすぎる男
カチ。
カチ。
カチ。
秒針の音だけが、部屋に響いていた。
カズトは机に向かっている。
スケッチの本。
クリスタル。
手帳。
そして、新しく買った時計。
オラクルが言う。
「経過時間、一時間二十七分」
カズトは反応しない。
タッチペンを動かす。
線を描く。
消す。
また描く。
窓の外は、もう暗かった。
だがカズトは気づいていない。
「カズト」
オラクルが再び呼ぶ。
「夕食時刻を超過しています」
「……あと少し」
「その“あと少し”から四十三分経過しています」
カズトの手が止まる。
「え」
時計を見る。
本当だった。
集中していた。
完全に。
周りが消えていた。
カズトは椅子にもたれる。
「またか……」
最近、増えている。
集中に入ると、
時間を忘れる
空腹を忘れる
疲労に気づかない
昔からそうだった。
でも今は、もっと深い。
その時。
時計の横の小さなボタンに気づく。
「……なんだこれ」
押す。
ピッ。
表示が切り替わる。
KITCHEN TIMER
カズトが瞬きをする。
「キッチンタイマー?」
オラクルが即座に反応。
「短時間管理機能」
「一定時間経過後、通知音を発します」
カズトは少し笑う。
「なんで料理機能ついてんだよ」
試しに三十分に設定する。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
スタート。
カズトは再び机へ向かう。
スケッチ。
集中。
線。
影。
形。
世界が静かになる。
あの感覚。
“集中世界”。
だが。
突然。
ピピピピピ!!
カズトが飛び上がる。
「うおっ!?」
オラクルが言う。
「三十分経過」
カズトは呆然と時計を見る。
「……マジで三十分か」
体感では十分くらいだった。
カズトは立ち上がる。
肩を回す。
窓を開ける。
夜風が入る。
「あー……」
少し気持ちいい。
オラクルが言う。
「集中状態の切断に成功」
カズトは苦笑する。
「なんか俺、危ないな」
オラクルは真面目に答える。
「はい」
即答だった。
「あなたは集中時、周囲認識が著しく低下します」
「放置すると身体損耗率が上昇」
カズトは頭を掻く。
「集中って、いいことばっかじゃないんだな」
その時。
ユキジからメッセージ。
【飯食ったか? 集中バカ】
カズトが吹き出す。
「なんだよそれ」
さらに続く。
【お前、昔から放っておくと“向こう側”行くからな】
向こう側。
集中の世界。
カズトは時計を見る。
秒針。
デジタル表示。
タイマー。
全部が並んでいる。
「……管理しろってことか」
オラクルが答える。
「その通りです」
「集中は武器ですが、制御不能では危険です」
カズトは少し考える。
そして手帳を開く。
書く。
【集中しすぎ注意】
・タイマーを使う
・食事を忘れない
・休憩を入れる
・外を見る
集中世界に飲まれない
書き終える。
その時。
ガーネットが静かに光った。
濁りはない。
穏やかな赤。
カズトは時計を見ながら笑う。
「……お前、便利だな」
オラクルが言う。
「あなたが極端すぎるだけです」
少しムッとして。
でも。
カズトは笑った。
その夜。
キッチンタイマーは、もう一度鳴る。
今度はスケッチの終了ではない。
カップ麺完成の音だった。
カズトは慌てて立ち上がる。
「あっぶねぇ!!」
オラクルが静かに言う。
「今回は間に合いました」
夜の部屋に。
少しだけ賑やかな笑い声が響いた。




