#18 あの世界
次の日の夕方。
カズトは公園にいた。
グローブはない。
ただのボール。
でも。
今日は違う。
向かい側に、人がいる。
ユキジ。
幼馴染。
少し背が伸びていた。
でも笑い方は昔のままだ。
「ほら、投げろ」
ユキジが手を上げる。
カズトは少し緊張しながら投げた。
シュッ。
パシッ。
ユキジが受ける。
その音。
返ってくる。
シュッ。
カズトが受ける。
ドン。
胸が熱くなる。
これだ。
これが。
キャッチボールだ。
「……楽しいな」
思わず漏れる。
ユキジが笑う。
「だろ?」
しばらく無言で投げ合う。
夕日。
風。
土の匂い。
その中でユキジが言った。
「でもさ」
パシ。
「そのクレアさん」
シュッ。
「かなり大事なヒントくれてるぞ」
カズトが受ける。
「ヒント?」
ユキジが頷く。
「お前にはもう“自発性”ある」
カズトが少し眉をひそめる。
「……そうか?」
「ある」
ユキジは即答した。
「お前、自分で決めて」
「手帳つけて」
「訓練して」
「旅しようとして」
「全部、自分で動いてんじゃん」
カズトは黙る。
ユキジがボールを回しながら言う。
「お前、まだ気づいてないだけだ」
「何に?」
ユキジが少し笑う。
「お前の“力”の正体」
カズトがボールを握る。
ユキジは続ける。
「お前の手帳に刻む努力」
「行動」
「積み上げ」
「それだよ」
パシ。
シュッ。
「お前さ」
「集中すると周り見えなくなるだろ」
カズトが苦笑する。
「……まあ」
「昔からそうだった」
ユキジが空を見る。
「あれさ」
「俺、ちょっと羨ましかった」
カズトが驚く。
「え?」
「習い事」
「一単位十分だったろ」
カズトは思い出す。
子どもの頃。
地味な訓練。
集中して問題を解く時間。
たった十分。
でも。
あの時間だけ、世界が消えていた。
ユキジが言う。
「先生がさ」
『集中は才能じゃない。入る技術だ』
って言ってたろ」
カズトの目が少し開く。
「お前、あの十分で」
「メキメキ集中力つけてった」
「俺には無理だったけどな」
ユキジは笑う。
「だからお前のあの三分」
「偶然じゃねぇよ」
カズトの呼吸が止まる。
三分。
コンセントレーション。
秒針。
手帳。
全部が繋がる。
ユキジが立ち上がる。
「来い」
「え?」
「いいから」
時計屋
連れて行かれたのは時計屋だった。
古い店。
秒針の音が並んでいる。
カチ。
カチ。
カチ。
ユキジが指差す。
「これ」
カズトは見る。
腕時計。
アナログ時計。
その下に、小さなデジタル表示。
そして。
クリスタル内蔵。
ストップウォッチ機能付き。
「……高そう」
「バイトしてたろ」
「旅資金ちょい削れ」
ユキジが笑う。
カズトは時計を見る。
秒針。
デジタル。
両方が同じ画面にある。
妙に惹かれた。
店を出る。
夕暮れ。
カズトは時計を腕にはめる。
ユキジが言う。
「押してみろ」
カズトはストップウォッチを押す。
ピッ。
その瞬間。
世界が少し静かになる。
秒針。
数字。
呼吸。
意識。
全部が一本に繋がる感覚。
ユキジが笑う。
「それだ」
カズトが顔を上げる。
ユキジは言う。
「お前のトリガー」
「トリガー……」
「そう」
ユキジは頷く。
「ストップウォッチ押した瞬間」
「お前、モード切り替わってる」
カズトは時計を見る。
確かに。
感覚が違う。
意識が集中している。
ユキジが言う。
「お前、入ってんだよ」
「“あの世界”に」
カズトの胸が少し熱くなる。
「あの集中した精神世界」
「住人なんだよ、お前」
風が吹く。
秒針が進む。
カチ。
カチ。
カチ。
カズトは静かにストップウォッチを止めた。
ピッ。
世界の音が戻る。
人の声。
風。
街。
でも。
分かった。
自分の中に、確かにある。
集中の世界。
そこへ入る扉が。
オラクルが言う。
「新型時計との同期を確認」
ユキジがニヤリと笑う。
「強くなれよ、集中の住人」
カズトは笑う。
前より自然に。
前より軽く。
そして。
ガーネットが夕日に照らされ、静かに赤く輝いていた。




