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チャームワールド  作者: 恋塚隆之


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11/16

#11 呼吸

夜だった。


街は静かで、

窓の外には月が浮かんでいる。


カズトは机の前に座っていた。


手帳を開いたまま。


ページの隅には、古いメモがある。


【ジン トイレ 殴られる】


普段は気にしない。


もう終わったこと。


そう思っていた。


だが。


今日は違った。


突然、胸がざわついた。


呼吸が浅くなる。


心臓が速くなる。


手が震える。


「……っ」


頭の中に、あの光景がよみがえる。


トイレの床。


殴られる音。


笑い声。


「おもしれ~」


耳の奥で、何度も響く。


カズトは立ち上がる。


だが足がふらつく。


息が苦しい。


胸が締めつけられる。


「……なんだ、これ」


怖い。


理由がわからない。


体が勝手に暴れている。


床に手をつく。


呼吸が乱れる。


その時。


ポーチの中でクリスタルが光った。


オラクルの声。


落ち着いた、いつもの声。


「カズト」


「あなたは現在パニック反応を起こしています」


カズトは荒い息のまま言う。


「……止まらない」


オラクルは少しだけ間を置いた。


「呼吸を誘導します」


「時計を見てください」


カズトは腕を見る。


秒針。


カチ。


カチ。


カチ。


オラクルが言う。


「私の声に合わせてください」


「四秒 吸う」


カズトは息を吸う。


ゆっくり。


秒針を見ながら。


カチ。


カチ。


カチ。


カチ。


「二秒 止める」


胸の空気を止める。


カチ。


カチ。


「五秒 吐く」


長く。


ゆっくり。


カチ。


カチ。


カチ。


カチ。


カチ。


オラクルが言う。


「もう一度」


四秒吸う。


二秒止める。


五秒吐く。


秒針が動く。


カチ。


カチ。


カチ。


呼吸が少し整う。


心臓の暴れ方が弱くなる。


「続けてください」


カズトは繰り返す。


四秒。


二秒。


五秒。


秒針。


呼吸。


秒針。


呼吸。


やがて。


胸の苦しさが消えていく。


視界の揺れが止まる。


静けさが戻る。


カズトは床に座った。


肩で息をしながら、笑う。


「……助かった」


オラクルが言う。


「あなたの呼吸が安定しました」


カズトは時計を見る。


安い時計。


秒針。


その小さな動きが。


自分を助けた。


その時。


胸のガーネットが光った。


淡い赤い光。


カズトは石を見る。


さっきまで濁っていた色が。


ゆっくりと澄んでいく。


まるで。


呼吸に合わせるように。


オラクルが静かに言う。


「精神状態改善を確認」


カズトはガーネットを握る。


温かい。


「……ありがとう」


誰に言ったのか。


オラクルか。


石か。


それとも。


ここまで耐えてきた自分か。


わからない。


でも。


今、胸は落ち着いていた。


カズトは手帳を開く。


書く。


【呼吸法】


四秒吸う

二秒止める

五秒吐く


秒針を見ると落ち着く


そして最後に書いた。


【オラクル ありがとう】


クリスタルが小さく光る。


オラクルは言う。


「どういたしまして」

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