VSチワワ その4
「共有バルコニーへ行くっ!」
ケムリンに言って、2匹で屋根の上を共有バルコニーへ急いで這って行った。共有バルコニーには屋根が雑木林側に迫り出す部分があり、ちょうどいい。
「なんでバルコニー? 下、降りないの?」
「雑木林を使う!」
「ヒロシ。それ、さっきも言ってたけどさぁ」
話してる内に共有バルコニーの屋根の手前まで来た。迫り出しは段差になっていてボロかった。
「踏み抜くなよ?」
「わかってるしっ! ねぇ、どうすんのさ?」
俺は向き直って雑木林を見た。
「ここから『スピンアタック』で直接雑木林に入る。早いし、臭いも気付かれ難い。そのまま髭で『枝伝い』して這うよりずっと早く呑み町まで抜けて」
「待って! 待ってっ!」
「なんだよ?」
「ここから跳ぶの? そんなのやったことないよ?!」
「俺はある」
「僕は無いからぁっ!!」
俺はこの議論は無駄と悟り、改めて雑木林を見た。ケムリンまだ文句を続けていたが、まぁ、いい。前にケム彦と競って跳んだのは3年前。まだ幽霊画家やレプラコーン達が居て、ここで小遣いを稼げた頃。雑木林の木は今より少し低かった気がする。売り言葉に買い言葉のただの度胸試しだった。当時の俺のレベルは1。今の俺のレベルは3。ケムリンの今のレベルは確か2。行ける! ちょっと怪我したがレベル1でも跳べたんだ。問題無いはずだ。
「先に跳ぶから。軌道をコピーすれば余裕だよ」
「ホントにぃ?」
疑わしそうなケムリン。
「スピン解除のタイミングと滑空、逆回転、それから着地を気を付けて。なるべくなら地面には降りないでくれ、ヤツに臭いを残したくない」
「ポン助、なんで追ってくるんだろね?」
「気に入らないんだろ」
「それだけ?!」
ヤツにはそれで十分なんだろう。俺はまた風呂敷を腹側に結び直し、呼吸を整えた。行ける、やれるっ、跳べる!
「じゃ、行くから」
俺はボロい迫り出した屋根の端の方から、菜園を挟んだ下方に拡がる雑木林へ向けて、特技『スピンアタック』を発動した! ギュルルルッ!! 高速回転しながら弧を描いて跳んでゆく。回転のせいで前方はロクに視認できないが、『横』はなんとなくではあるが視認できている、つつじ荘の前の通りの建物の位置から大体の距離がわかる。この認識の手順、3年前もやったと今更思い出した。ケムリンにも言っときゃよかった。一瞬そう思う頃には雑木林の上に差し掛かっていた。俺はスピンを解除し、『滑空飛行』に移行する。口を閉じ、足を全肢開き、髭を伸ばしてバランスを取る。枝への突入線を探る。あそこだっ! 俺は適当な枝が重なったポイントを見切り、体を反転してスピンアタックを逆回転で発動させた。
もしも、もしも俺に対して直角に生えた枝が死角にあって、それが体の節や、目に突き刺さったら・・・考えただけでブルってくる。だがもう跳んじまった。『今』が動いたらもう後戻りできねぇっ! 刺さったら、その時は無様に、格好悪く、ケムリンに助けてくれと叫ぼう。ケムリンが都合よく来なくても、まだ生きていたら、足掻こう。俺だっていつかは死ぬんだろうが、それは今日じゃないぜ! このままくたばるかよっ!
バキバキバキッ!! 俺は逆回転で枝にぶっ込み、叩き折って突き抜けた。俺、無事っ! 枝で随分勢いの落ちた逆回転スピンを解除し、目星を付けていた木に両髭を伸ばして絡めた。完璧! そのまま軽く旋回しながら完全に勢いを殺して髭を縮め、絡めた木の枝に着地する計算だったんだが、ドンッ! 勢いを殺し切れず旋回の途中で別の木の幹にまともに激突した。
「ぺふッ?!」
なんとか地面に落ちるのは回避したが、俺はさっき食べたみかんを戻しそうになりながら、髭を引いて目当て枝に着地した。
「ゲホッ、ゲホッ、ま、まぁいい。大体成功だ」
咳き込みながら風呂敷を背側に結び直す。レベル1の頃の方が、むしろ穏便に着地できたのはレベルが上がった分スピンの勢いが増したせいだろう。森の青年団で定期的に特技教練をやってるけど、あれ、やたら怒られるのが鬱陶しくて殆どサボってた。それも悪かったぜ。
「さて、と」
俺は葉陰から上空を見る。もう木々でほぼつつじ荘が見えない位置だった。ケムリン、まだか?
「・・・・・」
待つ、俺。来ない。オイオイオイっ? まさか? 屋根で追い付かれたのか? いくらヤツでもダストシュートで地上に放り出されてからまた屋根までたどり着くのはまだ早いだろ?! いやでも、何か俺達じゃ考えもつかないような方法でヤツが屋根裏部屋から直接天窓までいけたとしたら?! まさかっ?! いや、でも!! 俺が不安でちょっと混乱しかけていると、
「ヒ~ロ~シ~っ! どこぉ~?!」
俺の頭上を、メチャクチャな滑空姿勢でケムリンが軽々と飛び越えて行った。葉陰で俺が見えてない。腹側に回した改造ポシェットのボタンの止め方が甘かったらしく、通り過ぎる時に中から玩具の笛や、木の実、キャンディ、クッキー等が飛び散っていった。ケムリンって、そういうとこあるよな。




