VSチワワ その13
これで何度目だ? 俺は頭の中を整理する。ヤツは跳び跳ね回りながらこちらに近付いてくる。やみくもな突進はもうしてこない。俺の不審な挙動と言動を警戒してやがる。強力でも手持ちの材料がシンプルなヤツが同じ相手に長く付き合い過ぎるのはリスキーなのかもしれないな。それははまあ、いい。問題は俺とヤツの『位置』。俺がこれからやろうとしていることに対応したトラップは一応『7つ』想定しているが、この内『2つ』は俺のダメージが大き過ぎて避けたい。さらに『3つ』は精度や速度に難がある。つまり事実上『2択』。一つは要になる露出させたままの電撃トラップ柱の左手にある金棒トラップ。もう一つは電撃トラップ柱の概ね右手にあるデカい『しゃもじ』のような形をした皮に鋲を多数打ったなんだかよくわからん拷問具のトラップ。使えるならどちらでもいい。問題は『位置』の調整だ。
「ガルッガルルっ!」
迫ってきやがった! 俺は尾の辺りに力を込めてビョンっと別の床の安全ポイントに移動しながら伸ばした触手でトラップ床を打ってヤツを襲わせて足止めする。フックにぶら下がってた時とやることは同じだが、フック移動ほどは距離を稼げないから持って1分だろう。だが、別にこれで逃げ切るつもりはない。ポン助、お前をいい『位置』に案内してやるっ!
「床に降りてやったんだぞ? 追い付いてみろよっ」
「ガルルッ!」
軽く煽ってやりながら、移動する。処刑部屋の床で安全なポイントは限られている。少し回り道すれば問題無く誘導できそうだと思った矢先、俺は『口』の絵が今にも額縁からのたうって溢れ出しそうになっているのに気付いて心臓がギュッ! とする程ビビらされた。キー3段階目であんな風になるのかよ?! 作動確認以外やったことねぇから甘くみてた。クソッ、見られたら即バレる。俺は回り道を諦め、ヤツの横を抜ける最短ルートで移動した。
「ガルっシャアッ!!」
当然ヤツは反応し、飛び掛かって爪で斬り付けてきた。ザシュッ! 今度は尾の辺りを浅く裂かれた。俺達ケムシーノ族の外皮は結構硬いのに、さっきから紙みたいにスパスパ切りやがって、こんにゃろうっ! だが、ヤツの横のゾーンを抜けた。二つ程、触手のムチで床を打って足止めさせつつ、俺はケムシーノではなくノミか何かにでもなった気分でビョンビョンっと床を跳ねてなんとか目的の電撃トラップ柱の前に回り込めた。
「舐めんなよっ!」
適当に煽りつつ、その場に止まって両触手を素早く振って周囲の床トラップを発動させまくってヤツの『位置』を調整する。右でも左でもいい、さっきと視点が逆になってるから一瞬混乱しそうになるが、今は右手に金棒トラップ、左手に拷問しゃもじトラップがある。一応他のトラップの位置も想定はするが、ヤツの動きが速く、結局この二つ以外を咄嗟に選ぶのは無理そうだ。右か? 左か? どっちだよ?! チワワ野郎っ!
「ガルルゥッ!」
トラップ連打に苛ついたヤツは錐状トラップを得意の『肉球パンチ』でぶっ壊しながら俺から見て右手の床の安全ポイントに着地し、一瞬動きを止めた。『右』を選んだんだな、ポン助っ。
俺は素早く風呂敷を腹側に回した。ヤツは気付いて身構える。俺はヤツに見切られた状態で『スピンアタック』を低い軌道でヤツの体の中心からやや右にそれたコースで放った! ギュルルッ!! 旋回しながら突進する。ヤツからすればそもそもやや狙いが右にズレている。ヤツは無駄に受けたりせず、クレバーに左側に身を逸らし、回避した。スピンしながらすれ違う際、俺は確かにヤツが勝ち誇った顔をしているを確認した。実際、ただの空振りなら距離が縮み、体勢を立て直すに手間取る俺をここからヤツが詰めるのは容易いだろう。
勿論、ここからだがなっ! 俺の軌道の低いスピンはすぐに床に着弾! 衝撃で周囲のトラップを空打ちさせるが、一つだけ、スピンしたままバウンドした俺をガッチリとらえるトラップがあった。金棒トラップだ。コイツは甘めの調整だが、獲物への高さの調節する機能はある。後は振り抜きのタイミングと、『角度』だ。俺は重心とスピンの球形姿勢の締め具合を調整してバウンドした。絶対痛いがもうしょうがねぇっ! やってやらぁっ!! バチコーンッ!!!
「ぺふぅっ?!」
想像通りの衝撃が背中に走り、俺は金棒トラップに豪速球で打ち返された。そう、ヤツに、ポン助にっ!! ドゥウッ! スピン中で見えてないが感触でわかる、しっかり反応したヤツは二足歩行で立って両前足を上げて打撃系格闘家的に俺のスピンを受けたようだ。2本の岩の棒にぶつかったような衝撃! どんだけ鍛えてやがる?!
「ガルァゥッ?!」
受け切れず、『後方』に吹っ飛ばされるヤツ。俺はスピンしたまま頭上に跳ね上げられ、慌ててスピンを解除して触手を伸ばして安全なフックを探す。着地の安全ポイントまでは想定できてない。吹っ飛ばされたヤツはそのまま2本の電撃トラップ柱の間に突っ込んだ。バリィイイッ!!! ケムリンのクッキーを吹っ飛ばした電撃が2本のトラップ柱の間に走る!
「ギャアイイィムガァルルルーっ?!!!」
感電してトラップ柱の前に投げ出されるヤツ。俺はどうにか掴まったフックの上からそれを見届け、片方の触手だけでやや手間取って風呂敷を背側に回し、中から最後の薬草を取り出した。もう調整薬も無い、今日は明らかに薬草の過剰摂取だ、丸ごと一つ食べると返って行動不能になるだろう。俺は4分の1だけ、薬草をかじった。傷と疲労はある程度癒えたが、4分の1でももう体が受け付けないらしく即、吐きそうになり堪えるのに苦労した。すると、
「薬草ヲヨコセっ!」
トラップに焦がされたヤツが、ヨロヨロと起き上がりながら言った。『薬草をよこせ』か、別に狙って薬草を少しかじった訳でもなかったからヤツのこのリアクションは想定してなかった。だが、これから呪言トラップの最後のワードを引き出す為に、ケム彦から聞いた範囲だけでもヤツの特異な出自や経歴に関して、ヤツを侮辱しなければならないことを正直寝覚めが悪いと思っていた。妙なもんで俺達にここまでさせるヤツに、俺はある種の敬意を感じ始めていた。面倒そうだが、侮辱の代わりに『薬草』が使えるなら、それがいい。麻痺してきているのかもしれない。侮辱を回避する為なら少しくらい命を懸けてもよいと、俺は考えていた。




