VSチワワ その10
貧民区には挽き肉通りと呼ばれるエリアがある。定期的に人の惨殺体や体の一部が棄てられていたからそう名付けられた。俺はバッドピクシーの処刑屋敷の前に来ていた。一階建てだが、大きさも高さも普通の一軒家程度あり、近付くと遠近感に戸惑う。周囲は元々空き地が多かったが今では完全に人は住んでいない。やや離れた所にかつては小聖堂に擬装した邪教の拠点があり『儀式』が行われていた。邪教徒達とバッドピクシーは相互不可侵といった関係を通していた。クズ同士は案外上手く折り合いを着けるものだ。だが、10年程前、邪教の小聖堂は本物の聖堂の司祭に率いられた自警団と雇われた冒険者達によって焼き討ちされて落とされ、尖塔だけが妙にはっきりと残っていた。墓標のようだ。命というモノを侮辱するというより、命そのモノの価値が忘れられた場所であったように思う。価値を忘れられたモノはせいぜい動いて話す玩具の人形程度の認識をされたんだろう。
感傷に浸っている場合じゃないな。俺はチラリと自分が来た道を振り返った。ポン助の影も形も無い。だが、ケム彦がクロベエが狙っていることを確信していたように、俺もヤツが追って来ていることを確信していた。俺達を必ず狩る攻撃的覚悟に関して、俺はもう古い友人と同じにヤツを信用していた。
「信じるぞ、チワワ野郎っ」
俺は呟き、建物の側面に回り、二つある隠しボタンを決まった手順で数回ずつ押した。押し間違う、または5秒以内に操作を終えないと速攻で毒ガスが噴き出すクソ仕様。正しい操作に、小さな隠し扉は開いた。俺は中に這い込んだ。
後ろで隠し扉が閉まり、自動でロックも掛かった。中はムッとする血と人の脂の臭い。使われなくなっても臭いは消えない。間取りは一間だ。屋根裏も無い。一軒丸ごと拷問部屋。他に目的の無い家。清々しさすらある。壁の四方には女神、天使、聖人、神獣の描かれたステンドグラスが嵌め込まれているが外側には極太の鋼鉄の格子が付けられている為、家の中から見ると女神や天使が檻に入れられたように見える。識別できないがステンドグラスの内側と外側には一枚ずつ、ガラスが入っていて、外に音は漏れない。壁等も当然防音構造。天井からはフック付きの鎖が何本もぶら下がっているが、大半はトラップなので触っていいフックは限られている。目印も無く、覚えるしかない。基本この屋敷はクソ仕様。
俺は触手を伸ばして柱時計の脇の隠しスイッチを押した。壁にいくつも掛けられたランプに青い火が灯る。薄暗い部屋が隅々まで青く照された。俺達ケムシーノ族は暗所でもモノクロ状態である程度は見えるが、ヤツが中に入った時、変なタイミングで『ジィーン』の魔法を連発されるとちょっとばっかし面倒なことになる。
「『目』は保証してやるぜ、犬っころ」
呟いて実際対峙した時のことを思うと冷や汗が出てきた。
「大丈夫、大丈夫。今日はいい日だ」
思わずブリキ亀の台詞を言っちまいながら、俺は触ってもいいフックに触手を掛け、作業しやすい部屋の奥のポイントに移動した。床もトラップだらけだからな。俺は触手を壁に掛かった『口』が無数に描かれた悪趣味な絵の裏に差し込み、多数の隠しスイッチを複雑に操作し始めた。まず、屋敷全体のロックをオンにした。これでいかなる操作をしても鍵は開かない。籠城するつもりは無いが、必要な『順序』がある。次に部屋全体に『臭気ガス』を噴出させた。
「くっさっ! マジか?! ゴホゴホッ」
俺は想定を超えたガスの臭いに涙を流してしばらく咳き込んだ。『臭い玉』と同質のガスとは知っていたが、これ程かよっ。
「ゴホゴホッ、まあいい。これで犬っころの『鼻』は片付く」
ガスは換気と掃除をしない限りいつまでも室内に残る代物だ。続けて俺は屋敷自体を始末する為の発火装置のメンテ用の蓋を全て開けた。全部で7つある。この内4つを慎重に取り出し、引火でもさせない限り発火しないよう適当にバラして問題無いポイントの床に転がした。これで有効な発火装置は3つ。屋敷を即座に炎上させるには不充分だが、無視はできない火力。この加減、重要。合わせて俺は棚から拷問用のアルコールの瓶を1本取り出し、すぐ使えるように蓋を弛めて手近な所に置いた。上手く使えば、時間を調節できる。
「よしっ」
最後に俺は壁から電撃トラップ柱を2本、迫り出させた。露骨だが、すぐに作動してくれないと間に合わない。トラップが『迫り出す』動作をショートカットしたかった。触手で風呂敷からケムリンからもらっていたクッキーを2枚取り出し、1枚を電撃トラップ柱の間に投げ入れた。2本の柱の間で激しい放電が起こり、クッキーは焼け焦げて吹き飛んだ。
「いいねぇ、いい電圧っ!」
俺は機嫌良く言って、残りのクッキーを頬張ったが臭気ガスのせいで匂いだけでなく味もよくわからなくなっていて、土を喰ってるみたいだった。いいさ、栄養になって力が付くならこの際なんでもいい。無理矢理飲み下した。
「操作はこんなもんだが」
俺はげんなりと壁の『口』の絵を見た。問題無いはずだが『呪言トラップ』の作動チェックもしておく必要がある。
「友達から聞いた話なんだが、どうもアイツは死んだらしい。三番街で拐われて、右足と、左耳だけが見付かった。耳にはトパーズのピアスをしていたよ、これは噂じゃない、確かな話さ」
俺は定形の管理ワードを間違えないよう内心ビビりながら述べた。すると、
「僕も聞いたよ」「あたしも聞いた」「死んだらしい」「死んだらしいよっ!」「苦しんで」「苦しませてッ!」「死んだ」「死んだぁあっ!!」
絵の中で『口』達は動き出し、囁き始めた。




