第二〇話 魔法の壁
「ハァァッ!!」
腹の底から沸き上がってくる雄叫びに魔力を重ねる。
小さな衝撃波となった魔力が一直線に飛んでいくが、やはり魔力によって凝縮された土の障壁によって防がれる。
一歩後ろへ飛び去りながら、時無は思わず舌打ちを鳴らしていた。
先程から幾度と攻撃を繰り返しているのだが、土の魔術師の障壁は一向に崩れる気配がない。
合間合間で飛んでくる反撃は藍花が封じ、周囲は時無の魔術によって包囲されているため逃げる道もなく、圧倒的にこちらが優勢であるはずなのだが、現状そううまくはいっていなかった。
敵の魔術師が顕在する障壁は正直想像以上のものだった。
しかし二対一という状況はさすがに辛いか、均衡していた戦況も徐々に、本当に微々たるものだが確実に優勢へと変わりつつあった。
もっとも、この調子では太陽がもう一度昇ってきても終わらないだろうが。
後はこの均衡している流れを一気にこちらに変動させるだけの何かが起こりさえすれば勝利は固い――時無がそう確信したとき、勝利の女神はこちらに微笑んだか、絶妙のタイミングでそれは起きた。
「な、なんだこれは……?」
突如爆音が響いたかと思えば、途方も無い魔力の波動とともに緩やかな崩落をはじめた廃墟に魔術師は驚嘆の声を上げた。時無も一瞬気を取られたが、すぐにこれが千載一遇のチャンスだと悟る。
「氷咲! 一気にたたみかけるぞ!」
「う、うんっ!」
背後で必死に水壁を顕在させている藍花に、その時が来たことを告げる。即ち、もう防御をする必要はないということだ。
「っ、しまった!」
一拍置いてこちらに向き直った魔術師だったが、その一秒に満たない時間が運命の分かれ道となった。
「はぁああ!」
「ぬぐぅっ!」
振り下ろした焔の双剣を、寸前の所でかわされる。焔にかすった魔術師の服が少し焦げた。
それは彼が魔術障壁を顕在する暇もなかったということの証であり、これ幸いにと藍花も慣れない魔術で追撃する。
「はぁっ!」
顕在された無数の水の飛礫が、一斉に魔術師目掛けて飛んでいく。
威力は胸を張れるほどではなかったが、その物量は目を見張るものがあり、追い詰められた敵の動きを封じるにはうってつけだった。
流星群の如く降り注いだ水弾によって砂塵が立ち籠める。その煙が晴れないうちに、時無はさらに魔術を顕在させる。
「これで、終わりだ」
零れ出る魔力の中から現れたのは不死鳥を連想させる灼熱の業火。そこにいるだけで触れるもの全てを焼きつくす業火は、晴れてきた眼前にいる敵に止めを差すべく、大気を駆けた。
だがしかし、勝利の女神はまだ魔術師を見限ったわけではなかった。
「――なんだ、これは……?」
突如膨大な魔力が目の前から溢れてきたかと思った次の瞬間、ちょうど業火が魔術師を飲みつくさんとしたその時、それまでのものとは比較することすら愚行に思えるほどの魔術障壁が現れた。
いや、この今まで感じたことのない魔力の量、強さ。
これはもしや。
「もしかして魔法なの……これ?」
同じ事を感じたらしい藍花が、驚きを隠せずぽかんとした表情で呟いた。
まさに両者を物理的に分断した目の前の魔術障壁――否、魔法は比喩ではなく天を貫く勢いで君臨していた。
まさかここにきてこんな魔法があったとは……。またしても後一歩の所で逃げられてしまった。
悔しいが、逆に一度きりの魔法を使わせたと思えば今回の戦いでの収穫はあっただろう。少なくとも、これであの魔術師に魔力はほとんど底をつき、虫の息だろう。
「それにしても、これはすごいな」
視界いっぱいに広がる土の壁を前に、時無は感心したように言った。
高さもそうだが、横幅もかなりある。この壁を迂回して敵を追うことはまず不可能だろう。
こうなっては仕方がない。下手な追跡は逆にピンチを招く原因にもなりうる。
いろいろと思案していると、緊張から解かれたからか、妙にハイテンションな藍花が指を指しながらこちらに駆け寄ってきた。
「時無。これからどうするの?」
「魔法を相手にしようとは思えないからな……ひとまず廃墟の方に向かおう。そこでもう一つ起こっていた戦闘で勝ち残ったやつを探し、チャンスなら討つ」
「え、まだ戦うの……?」
不安そうな顔で尋ねてきた藍花に、時無は返事の代わりにデコピンを喰らわせてから廃墟へ足を向けた。
その時無の後ろを両手で額を押さえた藍花が抗議の視線をこちらに向けながらついてくる。
「さっきの超イタかったんですけどぉー!」
「戦闘で前線に立つ俺が受ける傷より痛くないぞ」
「うっ……」
痛いところを突かれた様子で藍花が言葉に詰まる。
と、その表情がなぜか周りに花が咲いたような華やかな笑みに変わる。
「そういえば最近、時無って最初の頃と比べてわたしのこと構ってくれるようになったよね」
「…………気のせいじゃないか?」
「え、あ、いや、前だったら無視されてたかなぁと思っただけで」
「……気のせいじゃないか?」
「べ、別に他意があると期待しているわけじゃ……」
「気のせいじゃないか?」
「……うん、そうだよね。そうでしたぁ! 勘違いしてすみませんでした! …………むぅー」
咲いた花は一瞬でしぼんだのだった。
そろそろ本編がストックに追いついてきたので、更新スピードが落ちます




