第一九話 魔法VS魔法
「どこかで戦闘が始まったのか……」
廃墟の周りをうろついていた土壌は突如響いてきた爆音に耳を押さえた。
今日何かが起こると第六感が感じ、こうして来てみたわけだが、どうやらあながち間違いではないらしい。
自分を巻き込まないで戦闘が起きたのは本当に運が良かった。後は漁夫の利然り戦闘の決着が着くまで身を隠し、終わり次第疲弊しているもう一人の魔術師を狩るだけ――。
そのとき、ふいに背後から尋常ならぬ魔力の気配を感じ取った。
「うぐっ!?」
振り向きざまに土の障壁を顕在させると、寸分と待たずに衝突による爆発が起き、生み出された衝撃が早急に顕在させた故に脆い障壁を通りぬけ土壌の身体を駆け抜けた。
周りに散る火の粉から察するに火の属性の魔術だったのだろう。
それが意味するところは即ち、今ここにあの魔術師がいるということで――。
「……はぁっ!!」
更に飛来してきた敵の魔術を今度はそれ相応の障壁をもって相殺する。
するとこれ以上は無駄と判断したのか、木々の間から襲撃者が姿を現した。
「……また会ったな、土の魔術師」
漆黒のコートを羽織り、周囲に焔を纏いながら進み出てきた魔術師は、やはり数日前に戦ったあの少年だった。
そしてこの前から気になっていたが、今確信した。生半可じゃない魔術の腕にあの周囲に漂う焔。間違いない、彼はあの《魔術狩り》だ。
「まさか会えるとは思わなかったよ……《魔術狩り》」
「その名前で呼ばれたのは久しぶりだ」
表情を一切変えずに喋る《魔術狩り》に、土壌はわずかに怯む。
正直この少年の魔術師としての腕は相当のものだ。噂以上かもしれない。できることなら戦闘は避けたいほどだ。
しかし敵はそうは思ってくれないらしい。
「さて、こちらも始めるとしよう」
「うん。援護は任せて」
淡々と宣戦布告をしてきた《魔術狩り》の後ろから新たな人影が現れる。
それがあの時背後から援護していた水の魔術師だと理解するにそう時間はかからなかった。
「二対一……勝ち目が薄すぎるだろ」
思わず口から愚痴が零れ出る。
しかしそんなことを言ったところで現状は打開されない。こうなったらやるしかない。
己を信じるんだ。守りなら得意だ。あの事件があってから、これ以上自分の目の前で誰も死なせないために、これまで魔術の鍛練をしてきた。
自分の命も守れないのでは、他人の命を守れるはずがない。
この戦いで試すのだ、自分を。他人の命を守れる実力があるのかどうかを。
眼前で《魔術狩り》によって魔術が顕在化している。炎龍を連想させる業火が、彼を中心に瞬く間に現れ、まるで土壌を襲いかかるのを待ち望んでいるかのように舌をちらつかせている。
それに対抗するために、こちらも魔術顕在させていく。辺りの地面が土壌の魔力に呼応し、魔術の顕在化を手助けする。
「やってやる……そうだ、願いを叶えるんだ。生き残ってみせるさ!」
周囲に無数の土の槍を従えた土壌は、人を殺めるのを迷う心を押し殺して魔術を解放する。
「はああッ!!」
「おぉッ!!」
両者の雄叫びに合わせて放たれた二つの魔術が衝突し、本日二度目の開戦の合図を鳴らした。
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太陽は沈み、東の空からだいぶ月が昇ってきている。
陽の光が無くなり、より一層と薄暗くなった廃墟の中はしかし、稲妻と風の熾烈な戦いから生まれる飛び散る光によってむしろ昼間よりも明るかった。
戦闘が始まってからだいぶ時間が経過しているが、両者の魔術は衰えることはなく、逆に勢いを増している。
しかし保たれていた均衡も、徐々にだが崩れてきた。
「ぐっ……」
「どうしました? もう限界ですか」
途切れることなくぶつかり合っていた光と風の刃だったが、少しずつだが光の刃が押していた。
紫電の魔術に応戦する魔術を顕在化させるための魔力が枯渇してきたのだ。
防ぎきれなかった稲妻が木枯の頬を掠める。瞬間肌に感じた焼けるような痛みと死の恐怖に木枯は思わず息を呑んだ。
少しの間前線から身を引いていたのが仇となった。、おそらくこのままでは自分に勝ち目はない。
まるであの世へ誘うように己の身体を這いずり廻る死神の手を本能で感じ、木枯は悟った。
そしてこの状況を挽回するほどの強力な魔術は持ち合わせていない。
――そう、魔術は。
「……どうせなら、最後まで悪あがきをしようじゃないか」
「……ぬ?」
突如木枯が薄ら笑いを浮かべたことに紫電が警戒する仕草をみせたが、もはやそんなことは関係ない。
応戦している自身の魔術を防衛に専念させながら、木枯は魔術海馬から真新しい情報を掘り起こす。
そう。魔法を顕在させるのだ。
これからやることは自分自身ですら未知の領域だ。何が起こるのかすら分からない。
だが、あの青年の説明が正しければこれが使えるのは一回限り。あわよくば、これで奴を打破できればいいのだが。
いや例え打破できなくても、紫電も魔法で対抗してくれればそれでいい。奴の魔法をここで使わせることができれば紫電は今後圧倒的に不利になるのだから。
脳内から直接身体に流れ込んでくる魔法の術式を展開し、己の魔力の全てを注ぎ込む。
瞬間、自分を中心に今まで感じたこともない魔力の波動を木枯は感じた。
「これは、まさか……」
紫電も感じたのか、狼狽しながらもどこか待望していた様子で木枯を見つめてくる。
「長々と戦うのは性に合わないのでね……これで決着をつけようじゃないか」
来宮木枯最後の大仕事を果たすべく、一縷の望みをかけて紫電を挑発する。
お前も魔法を使え、と。
「あぁ、それは楽しそうですね!」
果たして紫電はその挑発に嬉々として乗り、魔術の勢いを緩めたかと思えば直後に途方もない魔力の波動を放った。
そして放たれた魔力の余波が廃墟を粉砕させながら、ほぼ同時に両者の魔法は顕在された。
「これは…………ッ!?」
「すごい……素晴らしい!」
先程までとは比にならない、膨大な魔力の波動を撒き散らす両者の魔法はただそこに顕在だけで周囲の物を見境なしに破壊していた。やろうと思えばこの廃墟なんか一瞬で崩壊へと導けるのでは、と本気で思えるほどの凄まじさを、二人は感じていた。
木枯を台風の目として猛然と吹き荒れる暴風の壁と、紫電から溢れ出るように放電する数億ボルトの稲妻の斬撃。
一度きりしか使えない魔法は想像を遙かに超越したものであり、術者ですら思わず尻込んでしまうほどだった。
そして形の定まらないまま、風神と雷神は主の命の下、仇なす敵を駆逐せんとその絶大な破壊力を以って激突した。
「ぐぅ……」
二つの魔法の衝突によって跳ね返ってきた爆発的なエネルギーが両者の体を襲った。
木枯は後ろに吹き飛ばされそうになるのをどうにか堪えながら、それでも己の魔力を目の前の魔法に注ぎ続けていた。
見れば紫電も同じく体勢を低くし、飛ばされないように堪えながらも魔力を送り続けていた。
どうやらお互いこの魔法で勝負をつけるつもりのようだ。
「そうだ……それでいい……ッ!」
荒れ狂う暴風を必死に操りながら、木枯は呟いた。その顔はどこか晴れ晴れとしており、そして一呼吸入れた後には揺るぎない覚悟と自信に満ちていた。
迷いなどといった戦闘に邪魔な感情を一切押し殺した木枯が、己に言い聞かせるが如く囁いた。
「――他の追随を許さぬ覇者の邁進を」
死を恐れず、ただ前を見よ。
「為すべきことは唯一つ」
そのためならば、この生命。
「喜んで捧げよう!」
咆哮を上げた木枯は、これまで以上に魔法に魔力を注入し、半ば強引に魔法を制御しようと試みる。
魔法の反動か、骨が何本か嫌な音を立てながら痛みはじめたが、そんなことはお構いなしにただひたすら注ぎ込むことだけに集中する。
もう体が持たない。勝っても負けても、おそらく次が最後の一手。己の全てを賭けた、全身全霊の一手。
紫電も理解しているのか、膝に手をつきながらも好戦的な笑みをこちらに向けている。
両者ともにもう口を利ける状態ではなかったが、これが戦場の空気か、それとも長年追い続けまたは追われ続けた者の関係だからか、お互いの言わんとしていることはすぐに察しがついた。
「長年追い求め続けてきたものが一瞬で終わるのは残念だが…………」
掠れた声で木枯は言った。木枯の頭上では風神が暴風を吹き荒らしながら、今か今かと主の命令を待っていた。
「またこれも運命、ということでしょうか…………」
消え入るような声で紫電が言った。彼の頭上では数億ボルトの稲妻に化けた魔法が早くしろと言わんばかりに大気を焦がしていた。
両者はどちらともなく不敵な笑みを浮かべると、次の瞬間、ほぼ同時に魔法を解放させた。
「これで終わりだッッッ!!」
「さようならですッッッ!!」
二人の魔術師によって解き放たれた二つの魔法が、縦横無尽に大気を駆け抜ける――。




