第一八話 終章の開幕
「すごい……そこら中から強力な魔力を感じる」
「なるほど、どいつも考えることは同じというわけか」
進まぬ戦況から一転、参加者たちがまるで申し合わせたかの如く、こうして一つの場所に集いはじめていた。
類を以って集まる――まさに成るべくしてなったといったところか。場所が場所なだけに、そう感じずにはいられなかった。
森の中にそびえ立つ、ひときわ大きい建造物。忘れるはずもない、今時無と藍花は《デスゲーム》の説明を受けた、あの始まりの場所にいた。
それはあの時と何も変わっていない。強いてあげるとするならば、変わったのは建物ではなく、今ここにいる自分たちの立ち位置ぐらいだろう。
「もう後少しでこの殺し合いも終わるんだね……」
「これで決着、とはいかないだろうが、おそらく魔法を使ってくるやつもでてくるだろう。対応できるようにしておいたほうがいい」
「うん。わかった」
小悪魔的な笑みを浮かべて首肯く藍花。
あれ以来なぜか彼女はずっとこの調子であり、異様なまでに親近的な表情を見せるようになった。まるで懐いた野良ネコのような素振りに、時無は最初はまた何か企んでいるのかと勘ぐったが……どう見ても今の藍花が何か嘘をついたり企んでいるようには見えず、少々思案した結果、保留という形で考えるのを放棄した。
冷静になって考えてみれば、そんなことどうでもいいのだ。
どうせ最後は殺し合う仲なのだから。
「しかしそんな軽装でよかったのか? 他の服もあったと思うが」
「うん。ほかのにしようとも思ったけど……あの店員さんはこんな感じの服を着ればどんなやつでもイチコロだって言ってたから…………全然聞いてないみたいだけど」
ぶつぶつと呟く藍花は、恥ずかしいのか、もじもじした様子でフリフリのスカートをいじり、黙って見つめてくる。そしてなぜか酷く落胆した。本当に表情豊かなやつだ。
拠点を出発する前に着替えた彼女の今の服装は、あの日初めて合った時と同じ服だ。彼女曰く、ちゃんと洗ってあるらしい。
大胆にも各所を露出した、黒を基調とした服と露わになっているその艶めかしい肩や太ももが十代の少女のものとは思えない妖艶さを醸しだしている。
――だが悲しいかな。人と関わったことですら数えるくらいしかない時無にとって、恋愛事とは魔法以上に未知の領域であり、藍花がどんなに美しく、艶めかしい少女であったとしても、時無にその価値が理解できるはずがなかった。
しばらく廃墟には入らず周囲を散策する。
拠点を出た時には丁度太陽が南中した頃だったが、気がつけばだいぶ日が傾いていた。
薄暮の迫る森の中、周囲を警戒して歩く二人をまるで煽るかのように、目の前の廃墟から突如として爆発が生じた。
「きゃっ!? な、なに……?」
「……どうやら始まったみたいだな」
勢い良く走り去っていった爆風が強力な魔術どうしの衝突によるものであることは間違いない。
爆発した場所はかなり遠く煙幕も張っており、廃墟からだいたい二〇〇メートルほど離れたこの場所からは状況を確認することはできない。だがいきなり三人の魔術師が遭遇したとも考えにくい。
つまり戦闘に参加していない残り者は時無と藍花と……雷、土、風の中のいずれかの魔術師だけ。
「よし、今のうちに残る一人を探すぞ」
呆けた顔で爆発の余韻に浸っている藍花に、時無は冷静な声で淡々と告げた。
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時無たちが爆発を見る、数分前。
「やるしかないか」
廃墟の中を散策していた木枯は自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「考えるのは後だ。まずは勝たなければ――」
気持ちを整理しようと口に出していた木枯はしかし途中で言葉を切った。
「……ぬ」
順調に歩を進めていた木枯は、通路の一角で歩みを止める。
この廃墟に明かりはなく、月明かりだけでは数メートル先までしか見えない。
しかし肌が感じるこの魔力の気は、どんな情報よりも正確にこの先に誰かがいることを意味していた。
「そこに居るやつ、誰だ!」
暗闇に向かって大声で誰何する。
反応はない……と予測していたが、存外間を開けず返ってきた。
魔術が。
「ぬぐっ!?」
何者かが顕在した魔術が肌に触れる寸前のところで木枯は横っ跳びに跳び、避ける。
フードをかすめていった何かは、直後背後で盛大な爆発を起こした。雷が落ちたかのような爆音が轟き、それが殺傷能力を十二分に持っていたことを示しているのは明らかだった。
幸いフードが脱げただけで、怪我はない。
「どうやら話す気もないみたいだな」
それならそれで、こちらもそれ相応の対応をとるまで。
周囲に風を纏い、いざ行かんと勢い良く踏み出された足は、しかしすぐに静止した。
「な、おまえは……ッ!?」
距離が詰まったことで視認できた相手の姿を見て、木枯は時間が止まったかのように固まった。
木枯の反応を見た敵も、何かに気づいたのように目を細め、そして笑った。
狂人のような、狂った笑みだ。
「……あぁ。まさかこんなところで会うなんて、運命とは本当に皮肉が好きなんですね。……そう思いませんか、来宮さん……」
「やはりきさま、紫電か」
「……その名前で呼ばれるの、好きじゃないんですけど」
やせ細った体、やつれた表情の中で血走る狂気に満ちた双眸。
囚人服のような身なりの目の前の男は、間違いない、何でも屋などという仕事を建前に長年追い続けてきた男だ。
およそ一〇年前。当時殺し屋に近い仕事もこなしていた木枯は、とある研究所から依頼を引き受けた。
その内容とは、実験中に逃げ出した被験者――紫電を捕獲すること。しかもその被験者は逃亡の際、二人の研究員を殺しており、研究の副作用か正気の状態ではないため危険性は極めて高く、場合によっては殺してもよい。
初めてその依頼内容を見たときは普段受けているのとたいして変わらない思っていた。しかしそんな甘い考えはその数日後に砕かれた。
紫電を追跡中、とある町中で奴は暴走し、一つの市を一瞬にして地獄へと変貌させた。
その時市内に生き残った者はおらず、その時になって初めてこの依頼の危険性、重大性が理解できた。
しかし心の油断から最初に遅れを取ってしまったのが仇となり、その後は紫電が街で暴れ、幾人もの命が奪われた街を去っていく紫電の背を木枯が追いかけるイタチごっこが延々と続いた。
とある街で奇跡的に生きていた少年と出会ってからはあまり追う時間もとれなかったが、それでも情報だけは日々集めていた。
被害者の一人でもある少年を見るたびに、あの男をどうにかしなければという想いが募っていった。
来るべき“その時”に備えて。
そしてどうやら“その時”というのは、今らしい。
「どれほど、待ちわびていたことか……」
胸にこみ上げてくる、怒りに似たどす黒い感情をありのまま魔術に乗せ、顕在化させる。
「紫電、貴様がやったことは到底許されることではない!」
「……気に食わないですね。ワタシのことをろくに知らないくせに」
飄々とした表情から一点、怒りに満ちた顔になった紫電もその怒気をそのままに魔術を顕在化させた。
「数多もの命を散らしてきた貴様にできることはただ一つ、その命を以って贖罪することだ!」
そうだ。あの少年のためにも、これだけは成し遂げなければ。
「覚悟ッ」
「望むところです」
風と雷。殺意を乗せた互いの魔術は衝撃波となって錯乱し、そこかしこで衝突し、爆発を生む。
「はぁあああッ!!」
「おぉおおおッ!!」
負の感情を含んだ雄叫びが上がり、比例するように溢れ出る魔術の衝撃波は激しさを増した。
しかし戦況は一向に変わらず、均衡はなかなか崩れない。
このままではキリがない、と判断した両者は、衝撃波を弱めることなくその傍ら別の魔術を顕在化させる。
「……へえ。どうやらワタシたち案外馬が合いそうですね」
紫電が顕在化させた魔術は大気から舌をちらつかせる幾千にも及ぶ稲妻。その一つ一つが数億ボルトという即死性を持ったまさに光の刃。
「ふん。そうらしい。……真に嬉しくない事実だが」
木枯が顕在化させた魔術は台風もかくやという暴風を纏った数多の不可視の風剣。その一つ一つが触れたものを即座に八つ裂きにする風の刃。
まるで申し合わせたかのように似通った魔術を顕在させた両者は、一度皮肉な笑みを浮かべた後、再び魔術を解放した。




