第二一話 踏みにじられた願い
「くそ、まだ魔法は使いたくなかったのに……」
眼前にそびえ立つ、己が顕在させた魔法の壁を苦々しく見つめた。
土壌疲れた身体を起こして反対方向へと歩きはじめる。この魔法がいつまで顕在しているのか、それは術者である土壌にもわからなかった。
立て続けに魔術障壁を顕在させたことに加え、魔法まで使用した土壌の足取りはまるで死に際の人間のようだった。
しかし疲弊した彼に、神は無情にも休む暇を与えてはくれなかった。
「ほう、これはこれは……」
前方から、聞いたことのない男の声が聞こえた。いや、気のせいだろうか、どこかで一度聞いたことがあるような……。
「なんだ、また新手か――」
土壌が重い頭を上げ、声の主を見咎めた瞬間、その瞳が驚愕に満ちた。
「お前は、まさか……ッ!!」
驚愕はすぐさま憎悪の篭った怒りに変わった。
対して男は気怠そうにしているものの、余裕のある笑みを浮べていた。
「なんですかその眼は。まるでワタシを知っているかのような……」
「あぁそうだよ、俺はあんたのことを知っているさ……あの日以来、忘れたことはない」
「あの日……? はぁ」
身に覚えがないとでも言うかのように肩をすくめる男に、土壌は激昂する。
「覚えていないとは言わせないぞ! 今から約十年前、貴様が俺の町を地獄に変えた、あの日だ!」
土壌が中学校に進級する前だった。土壌が住んでいた町は少々田舎だったこともあり、その日は隣町にある中学校の見学に一人で行っていた。
そして弾んだ気持ちで町に帰ってきてみれば――そこはもう地獄だった。
河原で元気に遊んでいた近所の子供達。よくアメをくれた隣のおばあちゃん。朝、出かけるときに笑顔で見送ってくれた家族。
土壌の町の、知っている人知らない人問わず、余すことなく皆死んでいた。それも見たところ感電死だった。
哀れな結末を迎えた死者をあの世へと連れて行く冥府の炎が町の至る所であがり、周囲は生物の焼ける匂いで充満していた。
そんな中、土壌の目の前に突如雷を纏った男が現れ、言った。
『この惨劇の元凶はワタシだ。お前の家族を殺したのもワタシだ。――さて、君の願いは、なんだ?』
あの時の、あの男の顔だけは今もはっきりと覚えている。
それが今目の前にいる男と瓜二つ、いやそのままだった。
はたして土壌の想いは男から発せられた一言で一蹴された。
「あぁ、ワタシ手当たり次第に町を壊滅させていましたから。そんなのいちいち覚えていないですよ」
「な……ッ!?」
あまりのことに、思わず絶句する。
しかしそんな土壌を男は感情のない瞳で見据えた。
「しかし生き残りということはワタシが見込んだ人間なのでしょうが……ワタシが覚えている限り、“あの少年”以外はいなかったような……まぁどうせあなたは“失敗作”なようですし、いいんですけどね」
言って男は愉悦そうに口元を歪めながら魔術を顕在させた。
あの日見た時と同じ、雷の魔術。
「あ……あぁ……ッ!」
対抗しなければ。頭ではわかっているが身体が動いてくれない。今の土壌の身体は立つだけで精一杯の、満身創痍の状態だった。
「うそだろ……!? こんなところで死ねっていうのかよ!!」
「ふふふ、実はつい今さっき一人取り逃がしたところでして……丁度誰か殺したかったんですよ。あぁ、ほんと、ちょうどいい」
残虐な笑みを浮かべた男が、土壌の背丈ほどある雷の槍を構えた。
「うそだ……」
光の速さで迫ってきた死神を感じながら、土壌は走馬灯のように様々な想いが、願いが土壌の中で交差した。
「ちくしょう……」
もう、誰も死なせない。事件の数日後に並んだ数百に及ぶ墓石を前にした時、心の底から思った。誓った。胸に刻み込んだ。
「ちくしょう……ちくしょう……」
そのために魔術の鍛練に一心になった。もう誰も死なせはしないために。万人を守れる絶対の壁となるために、こと防衛魔術に関してはありとあらゆる試行錯誤を繰り返した。
「なんで、こんな…………」
あの日死んでいった仲間たちが、知り合い達が、家族が、守れなかった人々の顔が浮かぶ。
もう二度と。もう二度とこんな思いをしないために。
誰も死なない平和な世界。たったそれだけの願いを叶えるためにこの戦いに参加した。
なのに。
「なんでだよ……ちくしょう……ッ!」
神は、世界は、人が死ぬことを望んでいるというのか。人が皆、幸せに生き続けることは認めないのか。世の根本は弱肉強食で、弱き者は死ぬ運命だと言うのか。
神は桐谷土壌という男の、ただただ人々が幸せに暮らせる平和が欲しいという、そんなちっぽけな願いさえ、叶えさせてはくれないのか――。
「くそぉぉぉおおおおおお!!!」
そんな土壌の想いを嘲笑うかのように、男が放った魔術は叫ぶ彼を一刹那のうちに喰らった。
――苦しみと憎しみのこもった叫び声だけが、最期まで残っていた。




