第一一話 女としての魅力
夜が明け、偽物の太陽から溢れてくる光が部屋を照らす中、少女は一人憂いを帯びた表情で長い長い嘆息をついた。
「…………はぁ………………」
安らかな寝息をたてている眼前の男を見つめながら、藍花は自分に自信が無くなっているのを感じずにはいられなかった。
時無が部屋に入ってきた時、彼は一瞬絶対に「見た」顔をしていた。それは間違いない。
しかしその後時無は狼狽するどころか頬ひとつ赤らめず、何事もなかったかのように「治癒系の魔術はないか」と普段の無表情で訊いてきた。
そう、まるで“そんなもの”には興味ない、とでも言うかの如く。
「……わたしって、女としての魅力がないのかなぁ…………」
時無が変態で、興奮して襲ってくるような人でなかったのは良かったが、逆にその“無関心”が藍花の女としてのプライドをひどく傷つけていた。
「普通、女性の下着なんて見たら無表情でいれるわけない……よね」
結局狼狽したのは藍花のほうで、その後の記憶は曖昧であり気づけばこうしてベッドに横たわっている時無に治癒魔術を施していた。
普段着ている漆黒のコートを脱ぎ、薄着になって眠っている時無を、なんだか無性に殴りたくなるが、そうしたら今度こそ自分に魅力がないことを認めることになるような気がするのでやめておく。
それに、と藍花は先程までの憂鬱な表情からさらに沈痛な面持ちを浮かべた。
今藍花が治癒魔術を施している箇所――先の戦闘で時無が撤退間際に負った左脇腹の傷は、予想を遥かに超えていた。
傷口には細い刃で切り刻まれたような痕があり、負傷した所の周辺も内出血で青く腫れている。もしかしたら小さな骨が何本かいってるかもしれない。
こんな怪我を負っているのに、藍花は時無が服を脱ぐまで気づかなかった。もっと軽いものだと思っていた。時無が全く痛そうにしていなかったからだ。
つまり、この男はこのような怪我に慣れているということだ。普通の人間じゃ、立ち歩くことすらままならなくなるというのに。
そこから導き出される彼のこれまでを予想すると、藍花の心は今までにないくらい苦しくなるのだ。
「……あなたはいったい、どんな人生を送ってきたの…………?」
戦闘の前、藍花が魔術師と戦闘したことはないと言った時、一瞬だが時無はひどく驚いていた。
彼にとって魔術師との戦闘は“普通”であり、このような怪我を負うことすら日常茶飯事だったのだろう。
そして焔を纏ったあの姿。
ずっと頭に引っかかっていたが、今はもうその正体を知っている。
「《魔術狩り》、なんだよね」
普段からは考えられない幼気な表情で眠っている時無に囁く。
《魔術狩り》。魔術師なら噂くらいなら聞いたことがあるだろう。焔を従え、魔術に関する全てのものを殺し、壊し、消し去る、矛盾に満ちた史上最悪の魔術師。
それは藍花も耳にしており、いったいどんな狂人なのかと想像して畏怖していたが……、今はそこに疑問を持っていた。
《魔術狩り》――時無が想像通りの狂人なら、あの時、藍花が敵の魔術で殺されそうだったのを助けたりはしなかったはずだ。何も言わず、自分だけ避けて見殺しにしたはずだ。そうすれば早くも一人脱落したのだから。
しかし時無はそうはしなかった。それどころか、藍花を後ろにおいて自分一人で戦場に踊り出ていった。
藍花が前に出ても邪魔になる、というのもあったのだろう。しかしそれだけで自分の命を晒すには、どう考えても危険が大きすぎる。
噂で聞いた《魔術狩り》と、この目で見た《魔術狩り》。
どちらが本当の彼なのか――いや、それともこの寝ている無防備な時無こそが本物か。
どんなに見抜こうとしても、彼の心には深い闇が覆っているようで何も読み取れない。信じていいのかさえ、分からない。もしかしたら彼は、本当は優しい人なのかもしれない。けどもしかしたらとても危険な人物なのかもしれない。
ただ利用し合うだけの関係のはずなのに、気づけば自分は時無に振り回されていた。
昨夜から心労が絶えない藍花の表情からは、その華やかな美貌には似合わない闇より深い陰りが見られた。
「もう、わからないよ……。わたしは、どうすればいいの…………?」
誰に向けられたわけでもない疑問は、誰かに助けを求めているようでもあった。




