第21話 喝采の裏側
ついに、ミュージカル『銀河の残響』の幕が上がる日が来た。
劇場のロビーは、開演前からファンの熱気と、業界関係者からの豪華なスタンド花で埋め尽くされている。
「湊、大丈夫。お前は最高の一等星だ。行ってこい」
楽屋を訪れた陽介が、僕の肩を強く叩いてくれた。
メンバーの顔を見ると、一瞬だけ「瀬名湊」に戻れる気がする。
けれど、衣装の袖を通し、ユイトとしてのメイクを完成させた鏡の中の僕は、もう誰のものでもなかった。
(……やるしかない。この光の先にある真実を掴むために)
ブザーが鳴り響き、客席の照明がゆっくりと落ちていく。
静寂。
そして、オーケストラの重厚な第一音が、劇場の空気を震わせた。
第一幕。
舞台中央。一筋のスポットライトに照らされて、僕はそこに立っていた。 客席を埋め尽くす数千人の視線。その中には、僕を愛してくれるファンもいれば、僕を破滅させようとしている「誰か」も混じっているはずだ。
「――僕は、ここにいる。名前さえ持たない、影として」
僕が第一声を放った瞬間、劇場の空気が物理的に変わるのが分かった。
一語一語に、この数週間で削り取った僕自身の「傷」を乗せていく。
ソロナンバー『見えない痣』。
僕は、ただ美しく歌うことを捨てた。
誰にも言えない苦しみ、信じていた世界が崩れ落ちた時の絶望、そして、それでも光を求めてもがくユイトの渇望。
アイドル・瀬名湊が今まで見せてきた「正解」の笑顔をかなぐり捨て、剥き出しの感情を爆発させる。
高城大和さん演じるカイルとの、激しいデュエットダンス。
大柄な彼の圧迫感に一瞬怯みそうになるが、僕はそれを「宿敵への恐怖」という役のエネルギーに変換した。
指先まで神経を尖らせ、重力に抗うような跳躍。結城美波さん演じるヒロインとの儚いデュエット。 二人の歌声が重なるたび、観客席からは溜息のような感嘆が漏れる。
「……湊くん、すごい。あれはもう、演技じゃないわ」
舞台袖でモニターを見守る佐伯さんが、震える声で呟いているのが聞こえた気がした。
第一幕のクライマックス。 裏切りを知り、雨の中で絶叫するユイトの独白シーン。
僕は、あの夜のホテルの冷たいベッドを思い出し、喉が張り裂けるほどの声を上げた。
頬を伝うのは、演出の雨ではなく、僕の瞳から溢れた本物の涙だった。
ジャーン、と重厚な和音が響き、幕が下りる。
一瞬の静寂の後、劇場を揺らすような、雷鳴のごとき拍手が降り注いだ。
観客は、圧倒されていた。
誰もが、これまで見たことのない「表現者・瀬名湊」の姿に、息を呑んでいた。
(……届いたんだ。僕の絶望も、祈りも)
暗転した舞台袖。
僕は肩で息をしながら、暗闇の中に立っていた。
拍手はまだ止まない。
けれど、第一幕を終えた僕の心に去来したのは、達成感ではなく、ひんやりとした冷たい予感だった。
これほどまでに自分を曝け出し、光を浴びた。
それは、敵にとっても「最高の獲物」になったことを意味している。
休憩時間の三十分間。
僕は、さらに深い闇が待ち受ける第二幕に向けて、震える手で衣装を整え直した。




