第20話 不意に繋がる線
ミュージカル『銀河の残響』の出演が決まってから、怒涛の二週間が過ぎた。
朝から晩まで続く歌とダンス、そして芝居の稽古。
初日開幕まであと二週間というタイトなスケジュールは、僕から余計なことを考える時間を奪ってくれていた。
「湊さん、ここ。今のターンの後、もう少し重心を低くしたほうがユイトの孤独が際立つ気がします」
休憩中、準主役の高城大和さんが、汗を拭いながらアドバイスをくれた。
最初はあの体格に怯えていたけれど、彼は驚くほど真っ直ぐな芝居の虫だった。
休憩時間も休まず、常に演出意図を咀嚼しようとしている。
「ありがとうございます。やってみます……高城さんは、本当にストイックですね」
僕がスポーツドリンクを口にすると、彼は照れくさそうに笑った。
「いや、俺なんて。……実は俺、この世界に入る前、一時期バーでバイトしてたことがあって。そこで色んな人間を見てきたから、こういうドロドロした感情の役、放っておけないんですよ」
「バー……?」
心臓が、不自然なリズムを刻む。
「ええ。港区にある、会員制の少し落ち着いた店です。……あ、湊さんも行ったりします? 有名人がよく来る店だったから、もしかしたら」
僕は動揺を隠すように、ボトルのキャップを閉めた。
「……あまり、お酒は強くないので」
「そうですよね。……あ、そうだ。結城さんも、その店でバイトしてたって言ってましたよ。ねえ、結城さん!」
高城さんが、少し離れたところで柔軟をしていた結城美波さんを呼ぶ。
彼女は「えっ?」と顔を上げ、トコトコとこちらへ歩み寄ってきた。
「高城さん、その話、湊さんの前でしないでくださいよ。私の黒歴史なんですし……」
彼女は困ったように微笑む。
でも、その瞳は笑っていないように見えた。
「黒歴史?」
「はい。新人女優って、やっぱり生活が厳しくて。ひと月ほど前まで、高城さんと同じ店でウェイトレスをしていたんです。……そこ、岩田プロデューサーもよくいらっしゃるお店で」
頭の中が、真っ白になった。
僕があの夜、岩田さんに連れて行かれた店。
そこで高城さんと結城さんが働いていた……?
(偶然? ……それとも、繋がっているの?)
「岩田さんには、その時にお声をかけていただいて。本当に、拾っていただいた恩師なんです。……湊さんも、岩田さんにはお世話になってるんですよね?」
結城さんが、首を傾げて僕を見つめる。
その澄んだ瞳の奥に、何かを探るような光が宿った気がした。
「……ええ。素敵なチャンスをいただきました」
僕は、笑顔の仮面が剥がれ落ちないよう、精一杯の力で口角を上げた。
信頼し始めていた共演者。
切磋琢磨してきた仲間たち。
けれど、彼らの背後には、あの夜の始まりとなった場所と、岩田プロデューサーという共通の影が潜んでいた。
「湊さん、顔色が悪いですよ? 詰め込みすぎじゃないですか?」
高城さんが心配そうに僕の肩に手を置こうとする。
その大きな手が近づくたびに、僕はあの日、僕を運んだ「スタッフ」のことを思い出してしまう。
(二人は、知っているの……? あの夜、あの店で僕に何が起きたのかを)
稽古場の鏡に映る自分は、また少し、自分ではない誰かに見えた。
最高の舞台を作ろうとしているプロの顔と、岩田プロデューサーという絶対的な権力に従う者たちの顔。
どれが真実で、どこからが「演技」なのか。
「……大丈夫。少し、疲れが出ただけだから」
僕は立ち上がり、再びステージ中央へと戻った。
あと二週間。
この複雑に絡み合った糸の先にあるものが、救いなのか、それともさらなる絶望なのか。
僕は、旋律の中にその答えを探し続けるしかなかった。




