第18話 重なる輪郭
窓の外はあいにくの雨だった。今日は久しぶりのオフ。けれど、僕の心に休まる暇はなかった。
リビングの床に台本を広げ、一人で声を出す。今回の僕の役――ユイトは、過去に深い傷を負い、それを誰にも言えずに光の下で微笑み続ける青年だ。
「……『大丈夫だよ。僕なら、何ともない。いつだって君の味方だ』」
台詞を口にするたび、胸の奥がチリりと焼けるような感覚がする。この台詞は、ユイトが絶望の淵に立たされながら、大切な友人に心配をかけまいと精一杯の嘘をつくシーンだ。
今の僕と、あまりに似すぎている。
「『僕が……僕が本当に怖がっているのは、傷つくことじゃない。この傷のせいで、君の瞳に映る僕が、変わってしまうことなんだ』」
台詞が言葉となって部屋に響いた瞬間、抑えていた感情が堰を切ったように溢れ出した。台本を握る手が激しく震え、文字が涙で滲んでいく。
兄に、母に、そして僕を信じてくれているファンのみんなに、本当のことが言えない。「汚れてしまった」と感じている自分を知られたら、みんなの優しさが「憐れみ」に変わってしまうのではないか。その恐怖に怯えながら、今日も僕は鏡の前で「瀬名湊」という完璧な仮面を被り続けている。
「……っ、う、ああ……」
膝をつき、絨毯に顔を埋めた。声を殺して泣くのは、もう慣れっこだった。けれど、役を通すことで、自分がどれほど孤独だったか、どれほど「助けて」と叫びたかったのかを、改めて突きつけられる。
ユイトの悲しみは、僕の悲しみだ。ユイトが守ろうとした「光」は、僕が必死にしがみついている「居場所」そのものだ。
「……苦しいよ……」
皮肉なことだ。あの日、あの男が僕に吐き捨てた「絶望を知ったからこその表現者」という言葉。今の僕は、自分の人生を切り刻んで、それを役の血肉に変えている。この痛みを、この震えを演技に乗せれば乗せるほど、ユイトというキャラクターに命が宿っていくのが、残酷なほどに自分自身で分かってしまう。
ひとしきり泣いたあと、僕は腫れた目を冷やし、再び台本を手に取った。
この役を、ただの「演技」で終わらせたくない。ユイトが最後に見つける救いを、僕もこの手で掴み取りたい。たとえ、どれほど残酷な真実が待っていたとしても、逃げ出さずに舞台に立つ。それが、家族の誇りで居続けるための、僕なりの戦い方なんだ。
「……もう一度」
雨音に紛れさせるように、僕は再び声を絞り出す。傷を抱えたまま、光の中へ。僕は、僕自身の魂を削りながら、まだ見ぬ明日へと手を伸ばし続けた。




