第16話 舞台
ミュージカル『銀河の残響』の初顔合わせの日。
都内にある大きな稽古場は、独特の緊張感と熱気に包まれていた。
僕は深めに被っていた帽子を脱ぎ、伊達メガネを外して、一歩、その空間へと踏み込む。
「瀬名湊です。精一杯努めます。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた僕の前に、多くの関係者が並んでいた。
主演という重圧。そして、あの日から抱え続けている誰が敵か分からないという疑念。
笑顔の裏側で、僕は無意識に周囲を観察していた。
「湊くん、こちらが共演者の皆さんよ」
佐伯さんに促され、顔を上げた瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
目の前に立っていたのは、見上げるほど背の高い、ガッシリとした体格の若い男だった。
「準主役、カイル役の高城大和です。よろしくお願いします、湊さん!」
快活な声とともに差し出された大きな手。 その恵まれた体躯と、威圧感さえ感じる肩幅に、僕の脳裏であの夜の記憶がフラッシュバックする。
(大きい……。あの日、暗闇の中で僕を……)
反射的に体が強張り、指先が微かに震える。
「……よろしくお願いします、高城さん」
なんとか握り返したけれど、彼の力が強ければ強いほど、恐怖が喉元までせり上がってくる。
彼はただの若手俳優だ、そう自分に言い聞かせても、一度植え付けられた大柄な男性への恐怖心は、容易には消えてくれなかった。
「そして、こちらがヒロイン役の結城美波さん」
高城さんの隣にいたのは、守ってあげたくなるような、小柄で可憐な少女だった。
透き通るような肌に、大きな瞳。彼女はまだデビューしたばかりの新人だと聞いている。
「結城美波です。憧れの湊さんと共演できて光栄です……! 足を引っ張らないよう頑張ります」
頬を赤らめて丁寧に挨拶する彼女は、どこからどう見ても純粋な新人女優だった。
けれど、僕の心の中の冷めた自分が、静かに囁く。
(……新人なのに、この大型プロジェクトのヒロインに抜擢されるなんて)
異例の躍進。
実力があるのはもちろんかもしれない。けれど、もし彼女もあの男や岩田プロデューサーと、何らかの繋がりがあるのだとしたら。
この抜擢さえも、誰かの仕組んだシナリオの一部なのではないか。
「湊くん、大丈夫? 少し顔色が悪いみたいだけど」
佐伯さんが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫です。少し、緊張しているだけですから」
僕はまた、嘘を吐いた。
恐怖を感じさせる大柄な準主役と、不可解な抜擢を受けた新人ヒロイン。
この中に、僕をあざ笑う誰かがいるのか。それとも、みんな僕と同じように、ただ必死に夢を追っているだけなのか。
台本を握りしめる手に、力が入る。
これからは稽古場で、毎日彼らと向き合わなければならない。 役者として、そして、真実を探す者として。
光り輝くステージの幕が開くその時まで、僕の孤独な演技は続いていく。




