第15話 選んだ道の先で
あの夜からずっと、僕は暗闇の中でひとり、出口を探して走り続けていた。
仕事の合間に、記憶の断片を頼りにバーの周辺を歩いてみたり、事務所の倉庫をそれとなく覗いてみたり……。でも、僕にできることには限界があった。
「……どこにも、ないんだ」
どれほど必死に手を伸ばしても、真実という糸の端さえ掴めない。
不自然な動きをすれば佐伯さんに心配され、スタッフには不思議そうな顔をされる。 自分一人の力では、あの映像を見つけ出すことも、何が起きたのかを突き止めることもできない――。
突きつけられた圧倒的な無力感に、僕はただ、膝を折るしかなかった。
「湊くん、入るわよ」
レッスンの後、一人で静まり返った部屋に座り込んでいると、佐伯さんが柔らかい足音とともに現れた。
その手には、あの日からずっと返事を待たせている、新作ミュージカルの企画書があった。
「岩田プロデューサーから連絡があったわ。湊くんの返事を、みんな楽しみに待っているって。……本当は、どうしたい? あなたが心からやりたいと思えるまで、私は待ちたいけれど」
佐伯さんの声は、どこまでも穏やかで優しかった。
本当なら、この優しさに甘えて、すべてを打ち明けて泣きじゃくりたい。でも、そんなことをすれば、彼女を、そして僕の大切な家族をこの闇に巻き込んでしまうことになる。
ふと、兄の言葉が耳の奥で蘇った。
『お前がどんなに悩んでも、俺たちにとっては、お前が世界で一番輝いてる湊なんだから』
兄が信じてくれている輝いている僕でい続けるためには、立ち止まっているわけにはいかない。
もし、この仕事が僕に与えられた光なのだとしたら。
ここで逃げ出すよりも、その光の中に飛び込んで、もっと強くなる道を選びたい。 強くなれば、いつか自分の力で、大切な人たちを守り抜ける日が来るかもしれないから。
「……佐伯さん」
「ええ」
僕はゆっくりと顔を上げ、鏡に映る自分を見つめた。
不安で震えそうな心に、そっと蓋をする。
「僕、やります。……このミュージカルの主演、やらせてください」
「湊くん……!」
佐伯さんの瞳が、ぱあっと明るく輝いた。
「良かった……。本当に嬉しいわ。演出家の先生も、きっと喜んでくださる」
彼女が僕の肩にそっと手を置く。
その温かさに、少しだけ強張っていた心が解けるのを感じた。
この道がどこに続いているのか、まだ僕には分からない。
もしかしたら、もっと険しい崖が待っているかもしれない。 けれど、もう俯いてばかりいるのはやめる。
悲しみも、恐怖も、全部抱えたままでいい。 僕は、僕を信じてくれる人たちのために、最高に輝く「瀬名湊」を演じきってみせる。
「頑張るね、佐伯さん」
僕は今日一番の、嘘偽りのない微笑みを浮かべた。
自分自身の運命と向き合うための、新しい一歩。
その決意とともに、物語は静かに、けれど力強く動き出した。




