第14話 闇からの囁き
「――以上、今夜のスペシャル音楽特番でした! また来週!」
華やかな紙吹雪が舞い、スタジオ全体を包み込む拍手の中で、番組は無事に幕を閉じた。
カメラの赤いランプが次々と消えていく。その瞬間、張り詰めていた僕の神経は限界を迎えようとしていたけれど、僕は最後まで「瀬名湊」としての完璧な微笑みを崩さなかった。
「お疲れ様、湊くん! 最高だったわよ!」
駆け寄ってくる佐伯さん。彼女の笑顔は、いつも通り僕を支えるマネージャーの顔だ。でも、今の僕には、彼女の言葉も、労ってくれる陽介たちの声も、岩田プロデューサーの満足げな表情も、すべてが何らかの意図を持った演技に見えてしまう。
(この中の誰かが、あの夜の僕を見ていたの……?)
疑念という毒が、じわじわと全身を蝕んでいく。
誰も信じられない。でも、誰も疑いたくない。そんな矛盾した感情を抱えたまま、僕は逃げるように局をあとにした。
深夜の帰宅。静まり返った自室の明かりもつけず、僕は玄関に自分の靴を脱ぎ捨てた。
あの機材置き場に置かれていた、僕の靴。単なる不注意。ただの悪戯。そう思い込もうとしたけれど、心臓のざわつきは収まらない。
僕はベッドに倒れ込み、今日何度目か分からないスマホの操作を始めた。
いつものように、SNSで自分の名前を検索する。
『湊くんの最後の笑顔に救われた……』
『生放送お疲れ様! ずっとついていくよ!』
画面いっぱいに広がる、ファンの温かい言葉。
兄からも「お疲れ! 録画して何回も見てるぞ」とメールが入っていた。それらの愛に触れるときだけ、僕は自分がまだこちら側の世界に繋ぎ止められていることを実感できた。
こらえていた涙が、一筋だけ頬を伝う。
(……大丈夫。僕は、まだ一人じゃない)
そう自分に言い聞かせ、タイムラインをさらにスクロールした。
その時だった。
数多の称賛の声の中に、アイコンも名前も設定されていない、作りたてのような無機質なアカウントの投稿が、ポツリと混じっていた。
そこに書かれていたのは、たった一言。
『靴、見つかった?』
「っ……!」
全身の血の気が引いていくのが分かった。
心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされる。
番組の公式タグも、僕の名前も入っていない。けれど、その言葉は確実に、あのスタジオの裏側で起きた、僕と誰かしか知らない出来事を指していた。
あの日、あの部屋で僕を蹂躙した男なのか?
それとも、あの場所にカメラを設置し、僕の靴を隠した人間なのか?
そいつは、今も僕をどこかで見ている。
僕が恐怖に震え、必死に証拠を探そうとしている姿を、愉悦とともに観察しているんだ。
「だれ……だれなの……」
震える指でそのアカウントをタップしたが、ページはすでに削除されていた。
暗い部屋の中、スマホの液晶の光だけが、僕の青ざめた顔を不気味に照らし出している。
僕が踏み出そうとしているのは、出口などない、底なしの沼だった。真実を追えば追うほど、敵の影はより近く、より狡猾に、僕の日常を侵食してくる。
もう、引き返せない。
僕はスマホを握りしめたまま、朝が来るのを恐れるように、暗闇の中で激しく呼吸を乱していた。




