第13話 光の迷宮
「さあ、続いてのコーナーは! 今夜限りのスペシャルプロジェクト、『未来への共鳴』です!」
司会者の華やかな声とともに、スタジオの照明がドラマチックに切り替わる。
数秒前まで楽屋で震えていた自分を、僕は強引に心の奥底へ押し込めた。
まぶたの裏に焼き付いたファンの温かいメッセージ、家族の笑顔、そしてあの暗闇で見つけたカメラの冷たいレンズ。それらすべてを飲み込んで、僕は今、カメラの向こう側にいる数百万人の観客に向けて、最高の「瀬名湊」を提示する。
ステージ中央には、岩田プロデューサーが。そしてその隣には、僕に主演の打診があったあの新作ミュージカルの演出家の姿もあった。
「湊くん、こちらへ」
岩田さんに促され、僕は一歩前へ出る。
巨大なモニターには、これまでの僕の活動記録や、ライブでのハイライトがドラマチックに映し出されていた。
「今回、僕たちが新しいプロジェクトの『顔』として真っ先に白羽の矢を立てたのが、彼、瀬名湊くんです。彼には現在、私が手がける新作ミュージカルの主演も打診しています」
岩田さんの手が、僕の肩に置かれる。
その手の重みを感じるたび、反射的に全身が強張る。
あの日、バーで僕の背中を叩いたのも、この手だったんだろうか。
「……ありがとうございます。そんな大役の候補に選んでいただき、本当に光栄です」
「候補」という言葉を強調し、僕は滑らかな笑顔で言葉を繋いだ。
まだ返事はしていない。もしこの仕事があの夜と引き換えに用意されたものだとしたら……。
その疑念が、喉元を締め付ける。
「湊くんはとても慎重でね、今も真剣に作品と向き合ってくれているところなんです。その真摯さが、表現者として素晴らしい」
岩田さんの賞賛に、スタジオから大きな拍手が湧き起こる。
内心では、スタジオの隅々に配置されたカメラの動き、佐伯さんがどの位置で僕を見守っているかを、猛烈な勢いでスキャンしていた。
ふと、ステージの袖、機材の影に立つ一人の男と目が合った。
岩田さんの秘書か、あるいは番組の制作スタッフか。
彼は手に、小さなタブレット端末を持っていた。その画面がチラリと見えた瞬間、僕の背筋に氷水が流れた。
そこには、リアルタイムの放送画面ではない、別の映像が映し出されていた気がしたのだ。 どこか見覚えのある、無機質な部屋の壁の色――。
「湊くん? どうしたんだい、急に黙り込んで」
岩田さんの声で、現実へ引き戻される。
「……いえ、ファンの皆さんの拍手が温かくて、少し圧倒されてしまいました。皆さんに誇れる自分でありたいと、改めて思っています」
嘘をつくたび、心の一部が削れていくような感覚。
でも、その削れた場所から、冷徹な理性が芽を出していく。
企画の説明が進む中、僕は笑顔を絶やさず、けれど瞳の奥だけは決して笑わずに周囲を観察し続けた。
この華やかなステージの上で、僕を称賛している人たちの中に、僕の悲劇を知っていて利用しようとしている人間がいるかもしれない。
(誰が、何を握っているの? 何を、僕に求めているの?)
生放送の秒数は刻一刻と削られていく。
僕はマイクを握りしめ、カメラの向こう側で僕を信じている家族やファンに、心の中でだけ謝罪した。
『ごめんね、もう少しだけ、嘘をつかせて。……僕が、全部見つけるから』
番組はクライマックスへ向かう。
光の渦の中心で、僕は自らにかけた「仮面」という名の覚悟を、さらに深く、静かに研ぎ澄ませていた。




