第12話 光の底の孤独
「佐伯さん! ……靴、ありました。機材の陰に落ちていたみたいで」
廊下を走って戻ってきた僕を見て、佐伯さんは胸をなでおろした。
「ああ、良かった……。本当に心配したわよ。スタッフの誰かが引っ掛けて移動させちゃったのかしら。これからはもっと気をつけるように言っておくわね」
彼女の顔には一点の曇りもなく、純粋な安堵の色が浮かんでいる。
僕は小さく頷き、逃げるように楽屋へ戻った。
抱きかかえた自分の靴は、少しだけ冷えていた。
ただの偶然。スタッフの不注意。
そう自分に言い聞かせようとしても、あの暗闇で感じた視線が、皮膚にこびりついて離れない。
(誰かが、僕を試している……?)
番組後半の特別企画まで、あと30分。
メンバーたちは別の収録や打ち合わせで部屋を空け、楽屋には僕一人きりになった。
静寂が、かえって心拍音を大きく響かせる。
僕はソファに深く腰沈め、震える手でスマホを取り出した。
何か、自分を繋ぎ止めてくれるものが欲しかった。
無意識のうちに、SNSで自分の名前を検索――エゴサを始めていた。
画面には、今のパフォーマンスを見たばかりのファンの言葉が、滝のように流れ続けている。
『今日の湊くん、なんだかいつもより綺麗で、目が離せなかった』
『Spica-Sの新曲最高! 湊くんの歌声、浄化される……』
『ずっと応援してるよ、湊くん。あなたの笑顔が私の救いです』
「……っ」
喉の奥が熱くなった。
今の僕は、誰にも言えない汚れを隠し、大切な人たちを疑い、真っ黒な嘘の中で笑っているのに。けれど、画面の向こう側にいる名もなき彼女たちは、そんな僕の「仮面」を、本物の光だと信じてくれている。
兄が「俺たちの誇りだ」と言ってくれた、あの時と同じ、無垢な愛。
(……ごめんなさい)
画面をスクロールする指が止まらない。
あたたかなメッセージの一つ一つが、僕の罪悪感を抉る。
でも、同時にそれは、折れそうだった僕の心を支える唯一の杖でもあった。
あの日、あの男はカメラで僕を撮っていた。
あんな悍ましいものが世に出れば、今この瞬間、僕の笑顔に勇気をもらっている彼女たちの世界も、一瞬で壊れてしまう。
「……守らなきゃ。僕が、壊させない」
悲しみや恐怖に負けている場合じゃない。 証拠のカメラがどこにあるのか。誰が糸を引いているのか。
今の僕には、真実を暴くこと以上に、この「瀬名湊」という場所を守り抜く責任があるんだ。
コンシーラーで消した痣が、また少し痛んだ気がした。
けれど、今度はその痛みが、僕に冷徹な覚悟を思い出させてくれた。
「湊くん、スタンバイ! 特別企画が始まるわ」
佐伯さんのノックの音。
僕はスマホを伏せ、ゆっくりと立ち上がった。
鏡の中の自分を見つめる。
瞳の奥には、ファンからもらった光と、自分を汚した者への静かな決意が、混じり合いながら燃えていた。
「……はい。行きましょう」
僕は再び、一等星の仮面を被った。
生放送、クライマックス。
光り輝くステージの裏側で、僕の孤独な闘いは、いよいよ核心へと踏み込んでいく。




