第11話 消えた足跡
生放送の幕が上がった。
鼓動を切り裂くような重低音がスタジオに響き、僕たちは溢れんばかりの光の中へと飛び出していく。
「――Spica-Sで、『蒼い残響』!」
司会者の紹介とともに、カメラの赤いランプが一斉に点灯した。
僕は無意識に、その光に喉元を絞められるような錯覚を覚える。
けれど、音楽が体を支配した瞬間、僕は完璧な「瀬名湊」へと変貌した。
指先のしなやかさ、切なげに伏せられた睫毛、そして、何万人もの心を射抜く澄んだ歌声。
悲しみも疑念も、すべてをパフォーマンスの熱量へと変換していく。
今の僕には、この偽りの輝きだけが自分を守る鎧だった。
(誰も、僕の過去に気づいていない……)
完璧に一曲目を終え、僕たちは大きな拍手に包まれながら一旦バックステージへと下がった。
次の出番は、番組後半の特別企画。それまでは、各自の楽屋で衣装を整え、待機することになっている。
「湊、キレッキレだったな! 過去最高だよ、今の」
「ああ……ありがとう」
興奮気味の陽介に答えながら、僕は楽屋のドアを開けた。
張り詰めた緊張を解くために、まずは衣装のブーツを脱ぎ、履いてきた私物のスニーカーに履き替えようとした、その時だった。
「……あれ?」
棚の下、自分が置いたはずの場所に、それがない。
僕が今日、メガネをかけ変装して、家族との思い出を胸に歩いてきた、あの履き慣れた黒いスニーカー。
「どうしたの、湊くん?」
衣装のチェックに来た佐伯さんが、僕の様子に気づいて声をかけてくる。
「……靴が、ないんです。僕が履いてきた私物のスニーカーが」
「えっ? 誰かが間違えて持っていったのかしら。スタッフに確認してくるわね!」
佐伯さんは慌てて部屋を出ていった。
楽屋の中には、僕一人。
僕は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、狭い室内を隅々まで探した。
椅子のアリバイ、クローゼットの奥、メイク台の下。
……どこにもない。
ただの紛失なら、まだいい。 けれど、この厳重なセキュリティが敷かれたテレビ局の、それも特定のグループの楽屋から、私物だけが消えるなんてことがあり得るだろうか。
(まさか、誰かが……僕を監視してる?)
ガサリ、と部屋の外で物音がした気がして、僕は弾かれたように顔を上げた。
開いたままのドアの向こう、薄暗い廊下を誰かが通り過ぎたような影が見えた。
僕は導かれるように、裸足のまま廊下へ飛び出した。
「待ってください!」
角を曲がった影を追って、スタジオの裏側の機材置き場へと足を踏み入れる。
そこは、本番中の華やかな表舞台とは対照的な、静まり返った闇の世界だった。
埃っぽい匂いと、電子機器の微かな駆動音。 その重機やケーブルの山に隠れるようにして、ぽつんと、僕の靴が置かれていた。
まるで、僕をここに誘い出すための「餌」のように。
「……見つけた」
安堵して手を伸ばそうとした瞬間、僕の視界の端で、小さな光が動いた。
機材の隙間に設置された、小型の、けれど高性能そうなレンズ。
それは、あの日ホテルで僕を冷たく射抜いた、あのビデオカメラの質感と酷似していた。
ドクン、と心臓が波打つ。
誰かが、今この瞬間も僕を見ている。 それは岩田プロデューサーなのか、心配してくれているはずのメンバーなのか、それとも、今僕の靴を探しに行ってくれている佐伯さんなのか。
「誰……? 誰なんだ!」
暗闇に向かって叫ぶ。
けれど返ってくるのは、遠くのステージから漏れ聞こえる、メンバーたちの楽しげな笑い声だけだった。
僕は自分の靴を抱きしめ、逃げるようにその場を去った。
犯人は、すぐそばにいる。
そして、僕があの日の証拠を探し始めていることに、気づいているんだ。




