第10話 眩い檻
テレビ局の巨大なスタジオ。
リハーサルが始まると、そこは幾百もの視線が交差する、逃げ場のない檻のようになった。 派手なセットを縫うように移動するクレーンカメラ、目まぐるしく変わる照明のフラッシュ。
僕はステージ中央で、完璧なステップを踏みながら、その隙間に潜む「誰か」を探していた。
(あの日、僕をホテルに運んだのは誰……?)
スタッフの証言によれば、佐伯さんに僕を託したところで彼らの役目は終わっていた。
だとしたら、その後にあの男と僕を引き合わせた人間が必ずいる。
「湊、少し振りが遅れてるぞ。大丈夫か?」
隣で踊る陽介が、曲の合間に低く声をかけてきた。 いつも僕を兄のように支えてくれるリーダー。
でも、彼だってあの日、打ち上げの席にはいた。
もしグループを守るために、汚れ仕事を僕一人に押し付けることを黙認していたとしたら?
そう考えた瞬間、彼の頼もしい背中が、急に冷徹な壁のように見えて震えが走った。
「……ごめん、大丈夫。少し、ライトが眩しくて」
視線を逸らした先に、モニターを凝視する岩田プロデューサーの姿があった。
彼は僕に主演のチャンスをくれた恩人だ。でも、あの夜の男は僕を「表現者」になったと嘲笑った。
もしこのミュージカル自体が、僕の尊厳と引き換えに用意された出来レースだとしたら?
彼のあの穏やかな微笑みの裏に、冷酷なプロデューサーとしての顔が隠れているのではないか。
リハーサルの休憩時間、僕はあえて賑やかなロビーを避け、スタジオ裏の薄暗い通路を歩いた。
「湊くん、はい、お水。少し休んで」
差し出されたペットボトル。佐伯さんだ。
彼女の細い指、僕の体調を誰よりも理解している献身的な眼差し。
「スタッフさんは、佐伯さんに僕を預けたって言ってました」
喉まで出かかった言葉を、僕は必死に飲み込んだ。 疑いたくない。
兄も母も、彼女のことを第二の家族のように信頼している。もし彼女が関わっているとしたら、僕は誰を信じればいいのか分からなくなる。
でも、あの日、僕のスマホの履歴を消し、僕を自宅に連れて行ったのは誰だ?
(みんな、怪しく見える……)
すれ違うカメラマン、機材を運ぶ裏方、笑顔で挨拶してくる共演のアイドルたち。
彼らの視線のどこかに、あのビデオカメラのレンズと同じ、冷たく無機質な光が混じっているような気がしてならない。
「――湊さん、本番30分前です。スタンバイお願いします!」
フロアディレクターの声が響く。
僕は鏡の前で、メガネを外し、コンタクトを入れた。
目に映るすべての人間が、僕の悲劇を知っていて笑っているような錯覚に陥る。 それでも、僕は「一等星」を演じなければならない。
悲しみと、疑念。 逃げ出したいほどの恐怖を、プロとしての微笑みの下に押し込める。
本番の生放送。何万、何十万という視線が僕に注がれる中で、僕は犯人の影を追い続ける。
たとえその真実が、僕の大切な世界をすべて壊すことになったとしても。
「……行かなきゃ」
僕は震える拳を握りしめ、眩しすぎるステージの光の中へと、ゆっくりと足を踏み出した。




