表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第五話 魔法や勉強家の手伝い

翌日、俺はいつもより早く起きた。


いつもならセレスに起こされるが、今日は違う。

一念発起して、家族を守れるようなナイスガイな漢にならなければならない。

それが俺のやり直しの第一歩だ。


朝早くに起きたが、何をしよう。

母さんはまだ寝てるし、セレスはもう起きて家事をしている。


そうだ、筋トレも兼ねて手伝いをしよう。

そうすれば、セレスみたいな何でもできる天才になれるかもしれない。


早速俺は階段を降りて、セレスのいる庭に向かった。


朝の庭は、ひんやりとしていた。


空はまだ少し青が薄く、草の葉には夜の名残みたいな露が光っている。

遠くで鳥が鳴いていて、家の裏手からは、薪を割る乾いた音が響いていた。


セレスは、井戸のそばで水桶を運んでいた。


「セレス!」


俺が呼ぶと、彼女は顔だけこちらへ向けた。


「……アルナ様? ずいぶん早いですね」

「今日は早起きした」

「それは偉いです。ですが、まず着替えを」


セレスの視線が、俺の寝間着に落ちる。


あ。


その瞬間、俺は自分がまだ完全に寝起きの格好だったことを思い出した。

前世の記憶がどうこう以前に、四歳児の朝はだいたいそんなものだ。


「……見なかったことにして」

「できません」

「無情!」

「朝から元気ですね」


セレスは、まったく動じない。

俺はせっせと裾を整えながら、彼女の横に並んだ。


「手伝う」

「何をですか」

「家事。筋トレも兼ねて」

「筋トレ?」

「強くなるため」


セレスは一瞬だけ目を細め、それから小さく息を吐いた。


「……なるほど。では、まずは水汲みですね」

「任せて」


そう言ったものの、井戸の桶は予想以上に重かった。


両手でロープを握って、ぐっと引く。

……引けない。

もう一回。

……やっぱり重い。


「う、うう……」


必死になっている俺を見て、セレスは何も言わずにそっと手を添えた。

そのまま、するすると桶を引き上げる。


「力の入れ方が違います」

「四歳にそれを言うのは酷くない?」

「四歳でも、やれることはあります」

「急に厳しい」


でも、嫌な感じはしない。

むしろちゃんと見てくれているのが分かる。


セレスは桶を水場に置き、俺に小さな木の柄杓を手渡した。


「まずはこれで、庭の花に水をやってください」

「簡単だね」

「簡単なことを丁寧にやるのが大切です」

「はい先生」


俺はその場で妙に背筋を伸ばした。


庭の端には、母さんが育てている小さな花壇がある。

色は派手じゃないが、朝露に濡れるとやたら綺麗だ。


俺は柄杓で水をすくい、花の根元へ少しずつ流した。


……楽しい。


前世では、こういう手触りのある作業なんてほとんどなかった。

だからだろうか。

水をやるだけなのに、妙に気分が落ち着く。


「……よし」


一株ずつ、丁寧に。

こぼしすぎないように。

踏まないように。

よし、ちゃんとできている気がする。


その様子を見ていたセレスが、少しだけ驚いたように言った。


「……思ったより上手ですね」

「でしょ?」

「自慢げですね」

「少しだけ」


俺は胸を張った。すると、家の方から扉が開く音がした。


「……何をしているの?」


眠そうな声が、庭に降ってくる。


振り返ると、寝間着の上に薄い上着を羽織った母さんが、縁側のところに立っていた。

まだ少し髪が乱れている。

けれど、その顔にはちゃんと起きたばかりの柔らかさがあった。


「母さん、おはよう」

「おはよう、アルナ。ずいぶん早いのね」

「今日は自分で起きた」

「えらいわね」


母さんは笑いながら、俺の頭を撫でた。


その手があたたかい。

なんだか、それだけで今日は勝ちみたいな気がした。


「セレスに何を手伝っているの?」

「水やり」

「ふふ。いいじゃない」


母さんは庭に目を向ける。


「でも、無理はしなくていいのよ」

「しない。ちゃんとやる」

「……そう」


母さんは少しだけ目を細めた。

たぶん、俺が昨日までより少し真面目に見えたんだろう。


そのとき、セレスが言った。


「奥様、朝食の準備を進めます」

「ええ。お願い」

「アルナ様には、あと少しだけ水やりをお願いできますか」

「もちろん」


よし。俺は自分の中で小さく拳を握った。

これだ。こうやって少しずつ、できることを増やしていけばいい。


朝食を食べ終えると、俺は姿勢を正して母さんの方を向いた。


「母さん、大事な話があります」


母さんは、スープの入った器を置きながら首を傾げた。


「なによ、そんなにかしこまって」

「お、僕魔法を学びたい」


……噛んだ。


いや、今のはちょっと違う。

でも言い直すのもなんだか負けた気がして、俺はそのまま胸を張った。


「魔法を、学びたい」


母さんは少しだけ目を丸くした。


「それはどうして?」

「今、怖い人が僕たちを狙ってるかもしれないんでしょ?」


食卓の空気が、すっと静かになった。


セレスが手を止める。

母さんも、笑っていた顔をそのままにしたまま、俺を見つめた。


俺は続ける。


「僕、何もできないのは駄目だと思う。だから、少しでもできることを増やしたい」

「……アルナ」


母さんの声は、さっきまでのやわらかさを少し失っていた。

驚いているのか、困っているのか、それとも別の感情なのか、俺にはまだ分からない。


でも、逃げたくはなかった。


「昨日みたいに、怖い話を聞いて終わるだけじゃ嫌だ」

「……」

「僕、ちゃんと守れるようになりたい」


最後のほうは少しだけ小さくなった。

けれど、口にした言葉は本当だ。


母さんは、しばらく黙っていた。

やがて、静かに息を吐く。


「……そう」

「だめ?」

「駄目ではないわ」


そう言って、母さんはゆっくり微笑んだ。


「でも、急がなくていいのよ」

「急ぎたい」

「どうして?」

「怖いから」


俺がそう言うと、母さんの表情が少し揺れた。

セレスが静かに食器を片付けながら、横から口を挟む。


「奥様。アルナ様は本気です」

「ええ、分かってる」

「でしたら、教える価値はあります」

「……セレス」

「最低限自分を守れるようにすることは大事です」


母さんは少しだけ困ったように笑った。


「あなた、アルナに甘いわね」

「そうでしょうか」

「ええ、かなり」

「では奥様は厳しくしてください」

「無茶を言うわね」


そんなやり取りが、少しだけ場を和らげる。


俺は母さんの顔を見た。

まだ少し迷っている。

でも、完全に否定していない。


なら、押し切るしかない。


「お願いします」

「……本気なのね」

「はい」

「魔法は簡単じゃないわよ」

「うん」

「すぐに火が出るわけでもないし、派手でもない」

「それでもいい」

「危ないこともある」

「気をつける」


母さんは、そこでようやく観念したように小さく頷いた。


「……分かったわ」

「ほんと?」

「ええ。ただし、約束して」

「なに?」

「私の言うことをちゃんと聞くこと。勝手に無理をしないこと」

「うん」

「一人でやらないこと」

「……うん」

「危ないと感じたらすぐやめること」

「分かった」


三つ目の条件まで出されて、俺は少しだけ背筋を伸ばした。

母さんの声は優しいけれど、ここは大事なところなんだろう。


そして母さんは、少しだけ真剣な顔で言った。


「セレス、お願い出来る?私はあんまりできないから……」

「分かりました」


セレスは静かに一礼した。


「基礎からでよろしいですね」

「ええ。危なくない範囲で」


母さんはそう言ってから、少し不安そうに俺を見る。


「アルナ、本当に無理はしないでね」

「しない」

「昨日決意したばかりの顔で言われても、ちょっと信用しにくいのだけど」

「そんなぁ」


俺が抗議すると、母さんはくすりと笑った。


……よかった。

昨日よりは、少しだけ表情が柔らかい。


セレスは食器を片付け終えると、布を畳みながらこちらへ向き直った。


「では、今日は適性を見るところから始めましょう」

「適性?」

「魔法にも向き不向きがあります。火、水、風、土。それ以外にも細かく分類はありますが、まずは基本からです」

「おお……急に魔法っぽい」


ちょっとテンションが上がる。


前世では存在しなかったものだ。

そりゃ男なら一回は憧れる。

火球とか撃ちたい。

ドラゴンとか倒したい。

空とか飛びたい。


そう言うことで俺の修行が始まった。


***


朝早くから起きて、午前中はセレスと一緒に家の手伝い。

四歳児だからか、やること全部が疲れる。

いや、前世の運動不足も絶対関係あるだろう。


洗濯物を運べば腕がぷるぷるするし、薪を一本持っただけで「重っ!」ってなるし、庭を少し走っただけで息が切れる。


「はぁ……はぁ……」


縁側に座り込む俺を見て、セレスが静かに言った。


「まだ始まって半日です」

「うそでしょ……もう夕方くらいの疲労感なんだけど」

「現実は非情ですね」

「セレスって時々容赦ないよね」

「優しさだけでは薪は割れません」


セレスは真顔だった。

この人、本当に冗談なのか本気なのか分からない時がある。


午後は魔法の勉強。とは言っても俺には魔法の才能が無いらしい。ウォーターボール一つ作っただけで倒れてしまった。


「……ぅ、ぉえぇ……」


俺は庭の床に突っ伏したまま、完全に伸びていた。


たった一回。

本当に、小さな水の球をふよっと浮かべただけだ。


それなのに、頭はぐらぐらするし、身体は鉛みたいに重い。

徹夜した翌日に全力疾走したみたいな疲労感である。


「これが……魔法……」


思ってたのと違う。


もっとこう、

“ファイア!”

“ドゴォン!”

みたいな感じを想像していた。


でも現実は、少しの火花と小さな水球を出しただけで倒れる軟弱な男がいるだけだ。


前世の俺ならここで諦めて不貞寝していただろう。だが今は違う。


床に突っ伏したまま、俺は一度だけ深く息を吸った。


……まだ、終わってない。


「アルナ様」


頭上から、セレスの声が降ってくる。

顔を上げると、彼女はしゃがみこんで俺の様子を見ていた。


「無理をしてはいけません」

「してないです」

「顔を見ればわかります」

「ちょっとだけ……」

「ちょっとでも無理です」


きっぱり言われた。


でも、叱られているというより、正しく止められている感じだった。

それが、なんだか悔しくて、少しだけありがたかった。


セレスは俺の横に小さな木のコップを置いた。


「水を飲んでください」

「……うん」


ひと口飲む。

さっきまでの熱が、少しだけ落ち着く。


「今日はここまでにして座学をしましょうか」

「座学?」

「魔法は放つだけでは上達しません。魔法の性質を知らないと今みたいになります」


少し休憩した後、俺とセレスは机の前で勉強をしていた。


勉強とは名ばかりで、主に雑学を学んだ。

そもそも魔法とはなんなのか、今住んでいるのはどこなのか、そんな事を分かりやすく教えてくれた。


セレスは性格通り、人に物を教えるのが上手かった。

もし前世で俺の高校の担任がセレスだったら、俺は毎日登校していただろう。もちろん変な意味じゃなくて。


「魔法は、魔力を外へ形として出す技術です」

「形?」

「はい。火なら熱、風なら流れ、水なら溜めて動かす。大まかにはそんな感じです」

「へえ……」

「ですが、ただ出すだけでは不十分です。人それぞれ、向き不向きがあります」

「俺は何向き?」

「まだ分かりません」


セレスはさらっと言った。


机の上には、炭で書かれた簡単な図が並んでいる。

丸、線、矢印。

子ども向けにしては、妙に分かりやすい。


「では次に、この国についてです」

「国?」

「はい。ここはアレス王国の南西寄りの村です。貴族の屋敷からは少し離れていますが、完全な辺境ではありません」

「アレス王国……」

「おそらく、まだ慣れませんよね」

「うん。名前だけでも頭がいっぱいになる」

「でしょうね」


セレスは少しだけ頷いた。


「このあたりは、王都からは離れていますが、人の行き来はあります。商人も来ますし、時々役人も通ります」

「じゃあ、けっこう普通なんだ」

「表向きは、です」

「……表向き?」

「この国は、貴族の力が強いのです。場所によっては、領主の顔色ひとつで暮らしが変わります」


その言葉で、俺は昨日の話を思い出した。


叔父様。

次期当主。

血筋。

消える人間。


「……やっぱり怖いな」

「怖いですね」

「そんなあっさり」

「でも、知っておくのは大切です」


セレスは炭筆を置いて、俺を見た。


「知らないまま怯えるより、知った上で備える方がいいでしょう?」

「……うん」


たしかにそうだ。


俺は前世で、何も知らないまま適当に流されていた気がする。

だから今度は、ちゃんと知る。

知って、考えて、備える。


「じゃあ、魔法って誰でも使えるの?」

「ある程度は」

「ある程度?」

「生まれつき魔力量に差がありますし、扱いやすい属性にも差があります。努力で伸びる部分もありますが、限界もあります」

「ふむふむ」

「ただ、今のアルナ様を見ていると、少なくとも魔力量は少ないですね」

「それって伸びる?」

「可能性はあります」

「可能性かぁ……」


期待半分、不安半分。

でも、昨日よりずっと“できることがある”感じがする。


セレスは続けた。


「それと、魔法は強さだけではありません。生活にも使えます」

「生活?」

「火を起こす、水を温める、灯りをともす。そういう小さなことです」

「おお……」

「戦うためだけではないのです」


派手な戦闘魔法だけじゃなくていい。

生活に役立つなら、それだけでも十分すごい。


セレスはその様子を見て、少しだけ口元を緩めた。


「……アルナ様は、素直に興味を持ってくださるので教えやすいです」

「ほんと?」

「はい」

「嬉しい」


そう言うと、セレスは少しだけ口元を緩めた。


「では、次はこの村について」

「まだあるの!?」

「まだあります」

「雑学って無限なの?」

「無限ではありませんが、覚えることは多いです」


それから、俺はこの家の周りのことも教わった。


近くに小さな市場があること。

薬草を採る人たちがいること。

季節ごとに風向きが変わること。

そして、村の人たちは基本的に穏やかだが、貴族絡みの話には少し敏感だということ。


完全に先生と生徒みたいになってきた。


俺は真面目にメモを取るみたいな気持ちで、セレスの話を聞いた。

実際にはメモなんてないんだけど、頭に刻むような気持ちで。


やがて、セレスは炭筆を置いた。


「今日はここまでにしましょう」

「え、もう?」

「もう、ではありません。かなりやりました」

「そう?」

「ええ。午前中は家事、午後は魔法、今は座学です」

「詰め込み教育だ」

「そうとも言いますね」


セレスは涼しい顔だ。


窓の外を見ると、もう空の色が少し傾いていた。

昼の白さが薄れて、庭の影が長く伸びている。


セレスは静かに立ち上がった。


「続きはまた明日です」

「明日も?」

「もちろんです」

「毎日?」

「基本は毎日です」

「うわ、修行って大変だね」

「ですが、積み重ねれば身になります」


その言葉は、妙にまっすぐだった。


俺は椅子から降りて、ぐっと伸びをする。

身体はまだだるい。

でも、朝よりはずっと前向きな疲れだ。


魔法も、家事も、勉強も。

少しずつでいいから、できることを増やしていく。


そう決めて、俺はもう一度だけ背伸びをした。

セレスと母さんの年齢は二十代前半。顔はかなり美人である。アルナは……まあ普通

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ