第一話 転生
目が覚めると俺は木造の建物の中で横になっていた。
近くには「ハァ、ハァ」と女性らしき声がしていて目の前にはメイドが何か作業をしていた。
(なんで?何でメイド?)
何ひとつ分からない。俺轢かれたんだよな?轢かれた衝撃や痛みは覚えてるのに、今はどこも痛く無い。
俺は体を起こそうとするが出来なかった。て言うか首も動かせない。事故の影響はかなり悪いらしい。
「うー、あー」
口ぐらいは動かせるだろうと思い、目の前にいるメイドに話しかけようとするが出てきたのは自分の声じゃ無い声と甲高い、弱々しい声だった。
冷や汗がだらだらと流れる。体も動かないしろくに喋れない。痛みもないと言うことは麻痺しているんだろう。金はどうする?クソ親父が払ってくれる訳ない。
(俺の人生、終わったな……)
そんな事を思っていたら先程の声を聞いたのかメイドが気付き、俺を見てから女性の声がする方に視界から出て行った。
多分病院の先生を呼びに行ってくれたのだろう。
だが、来たのは医者じゃなかった。
奥の方から、か細い声が聞こえる。さっきから「ハァ、ハァ」と息を荒げていた女性の声だ。どこか疲れ切っているのに、それでも必死に何かを確かめようとしている響きだった。
「ああ…!アルナ!」
アルナ?誰だそれ?
そう思った次の瞬間、視界の端にその女性が現れた。
汗で額に張り付いた金髪。息はまだ荒いし顔色も良くない。なのに、その目だけはまっすぐに俺を見ていた。
「よかった……ちゃんと、息してる……」
震える声だった。その言葉を聞いた瞬間、妙な違和感が胸に引っかかる。
ちゃんと息してる、ってなんだよ。こっちはさっきまで普通に生きてたんだぞ。事故っただけで
……いや、“だけ”じゃないか。植物状態だった可能性もあるか?
「うー……あー……」
もう一度声を出そうとすが、やっぱり出てくるのはか細い赤ん坊みたいな声だった。
女性の表情が、一気に崩れる。
「喋った……!」
いや喋れてねぇよ。
ツッコミを入れたいのに、口がそれを許してくれない。そのとき、さっきのメイドが戻ってきた。
「奥様、落ち着いてください。お体が――」
「分かってる……でも……」
奥様?奥様って何だよ医者を呼べよ。こっちは体も動かないし言葉も喋れないんだぞ。何にも説明が無いのがこんなに辛いものだとは思わなかった。
そんな俺の内心など知るはずもなく、二人は勝手に話を進めていく。
「熱は……?」
「少し下がっております。ですがまだ油断は……」
メイドが俺の額に手を当てる。
ひやりとした感触。気持ちいい。メイドの顔を改めて見ると美人だ。少し緊張してきた。
奥様はふらつく足取りのまま、それでも迷いなく俺のほうへ手を伸ばしてきた。止めに入ろうとしたメイドの声も耳に入っていないらしい。
「奥様、まだお体が――」
「いいの……この子を、抱かせて……」
そして、次の瞬間ひょい、と俺を持ち上げた。
(は…?)
いやいや待て待て。俺60キロはあるぞ?最近まともに食ってなかったとはいえ、それでも成人男性だぞ?なのにこの細腕で?しかもこの人、明らかに体調悪そうだったよな?
混乱している間にも、俺の体はすっぽりとその腕の中に収まる。顔が奥様の胸に当たるが不思議な事にそういう感情になることは無かった。
「アルナ……私の子……」
やさしく、震える声だった。
アルナって、俺か?
「う、あ……」
思わず声が漏れる。相変わらず情けない音だ。だが、それを聞いた奥様はぱっと表情を明るくした。
「大丈夫よ…ちゃんとここにいる……」
頬に、温かいものが落ちた。涙だ。ぽたり、と俺の顔に落ちて、じんわりと広がる。隣にいるメイドも目が赤くなっている。
「よかった……本当に……」
抱きしめる力が、少しだけ強くなる。
……近い。近いって。
俺は、ようやく気づいた。いや、薄々気が付いている。動かない体に俺をアルナと呼ぶ女性、そして女性に抱かれるほど軽い体。どう考えても――
「……あー……うー……」
否定しようとするたびに、口から出るのは赤ん坊みたいな声だけ。
事故の後遺症とか、そんなレベルじゃない。
「アルナ、いい子ね……」
奥様が、俺の頭をゆっくり撫でる。その手つきはぎこちないのに、やけに優しい。
「この子は、きっと強い子になります」
メイドが静かに言う。
「……ええ。だって、この子は――」
奥様は一度言葉を切って、俺を見つめた。
その目は、さっきまでの弱々しさが嘘みたいに、まっすぐだった。
「あの人と、私の子だもの」
俺は赤ん坊になってるらしい。
***数ヶ月が経った。
俺は生まれ変わったらしい。
やっとその事実が飲み込めた。最初はまだ夢だと思っていたが、母親に抱かれながら窓に映る自分を見て受け止めた。
なぜだか知らないが俺には前世の記憶があるらしい。転生と言うやつだ。まさか自分がなるとは思わなかった。確かにトラックに轢かれたけども…。
目覚めた時俺を抱き抱えたのが母親なのだろう。年齢は二十代ぐらいか?母親にしては若い。前世の俺と同じくらいだ。それに女優にも引けを取らない程に美人だ。
メイドの名前はセレスと言うらしい。メイドは母親の事を奥様と言うので母親の名前はまだ分からない。
家は木造で電化製品は無かった。メイドが居るもんだから裕福だと思っていたがそんな事はないらしい。高級そうな物は何もなく、木でできたテーブルや棚、夜はロウソクを燃やしている。
文明のレベルが中世レベルなのか、家が貧乏で金がないのかは分からない。
じゃあ何でメイドがいるんだ?メイドって金持ちが雇うもんじゃないのか?頭が痛くなってきた…
やり直したいとは思ったが生まれ変わるなら金持ちに産まれたかった。貴族とか。
母親の母乳を飲みながらそんな事を考える。美女の母乳を飲んでいるのに興奮しないのは母親だからだろうか?
***
俺は一歳になった。この世界に誕生日の文化が無いのか祝われることは無かったが感覚でわかる。
この頃になるとハイハイも出来るようになった。うん、やっぱり自分で動くのは素晴らしい。こんなに感動したことはない。
「アルナ様、勝手にどこかに行かないでください」
「良いじゃない、自分でハイハイするなんてすごいことだわ!」
2人はそんな事を言っていた。ハイハイごときでこんなに喜ぶなんて過保護すぎると思うがセレスの方が過保護気味だ。でも俺がテーブルの足に頭をぶつけた時、真っ先に飛んできたのは母親の方だった。
ハイハイが出来るようになった事でいろんなことが分かってきた。
まずこの家は、思っていたよりずっと広かった。
最初は一部屋しか認識できていなかったが、ハイハイで移動できるようになってから分かった。部屋は三つ。寝室、居間、それと小さな台所のような場所。どれも質素だが、掃除は行き届いている。
ただ――やっぱり、違和感がある。
「奥様、お水を……」
「ありがとう、セレス」
このやり取り。どう考えても主従関係だ。
なのに、生活レベルは平民に近い。いや、下手したらそれ以下だ。銀食器もなければ、装飾品もほとんど見ない。服だって、母親は質のいい布を着ているが、決して豪華ではない。
なのに奥様。このちぐはぐさが、ずっと引っかかっていた。
ある日、俺は居間の隅でそれを見つけた。
古びた箱。
普段は布がかけられていて気づかなかったが、セレスが掃除のためにそれをどけた時、中身が少しだけ見えた。
紋章だった。ただの飾りじゃない。あれは“家”を示すものだ。
前世で歴史の授業とかで見たやつに近い。盾の形に、複雑な模様。しかも保存状態が妙にいい。
(……なんでこんなもんがここにあるんだ?)
手を伸ばそうとした瞬間。
「アルナ様」
後ろから声がした。ビクッと体が跳ねる。
振り返ると、セレスが立っていた。いつもの柔らかい表情じゃない。ほんの少しだけ、硬い。
「それには触れてはいけません」
静かだが、有無を言わせない声だった。
「……あー」
誤魔化すように声を出すと、セレスはすぐに表情を戻した。
「さあ、こちらへ。お昼の時間ですよ」
そう言って俺は抱き上げられる。
裕福では無いがメイドがいて、母親は良い服を着ている。メイドは母親を奥様と呼ぶ。
(もしかして、没落貴族ってやつか?)
そう考えると辻褄が合う。
母親が言っていた言葉が引っかかる。
「あの人と、私の子だもの」
あの人、多分父親の事だろう。でも父親何で一度も見たことがない。話題にもほとんど出ない。稼ぎに行っているか、死んでるか…。考えない事にしよう。
椅子を使って窓の外を見るに、ここは村なのだろう。畑が広がりぽつぽつと家が建っている。日本の田舎風景と似ている。
窓の外を眺めながら、俺は少しだけ考え込んでいた。
畑、家、煙。どう見ても平和な村だ。
だけどこの家だけ、どこか浮いている気がする。
没落貴族――。
その仮説は、妙にしっくりきていた。
(だとしたら……面倒くさそうだな)
貴族ってのは、前世の知識的にもろくなもんじゃない。権力争いだの、血筋だの、面倒なものばっかりだ。
せっかくやり直せるなら、もっとこう……楽な人生がよかった。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は椅子の上で体勢を変えた。
少し飽きた。
(降りるか)
ハイハイもできるようになったし、椅子くらいならいけるだろう。高さもそこまでじゃない。
そう思って、体を前にずらす。次の瞬間、ツルッと足を滑らして頭から落ちてしまった。
ドシンという衝撃が頭に広がる。泣くほどの激痛じゃない。けど、確実にやらかした感覚はある。
次の瞬間。
「アルナ様!」
風を切るような音と共に、セレスが駆け込んできた。いつもの落ち着いた足取りじゃない。明らかに焦っている。
すぐに俺を抱き上げ、頭や体を素早く確認する。
「どこを……っ、頭……!」
その声に、奥の部屋から母親も出てきた。
「どうしたの!? アルナ!」
「椅子から……落ちて……」
セレスの言葉は短いが、状況は十分伝わったらしい。母親の顔が青ざめる。
「すぐに見せて!」
「はい」
セレスは一瞬だけ目を閉じ、小さく息を整えた。
そして――
「あたたかな光よ、この身に宿り、傷を包んで『ヒーリング』」
やわらかい、温かい光だった。眩しいというより、じんわりと沁みてくるような光。それが俺の頭に触れた瞬間、さっきまであった鈍い痛みがすっと引いていく。
でも、分かる。確実に、今のは“治った”。
「大丈夫……腫れも引いています」
セレスが静かに言う。額に当てていた手を離すと、そこにはもうさっきまでの違和感すら残っていなかった。
「よかった……!」
母親がほっとしたように息を吐き、そのまま俺を抱き寄せる。さっきよりもずっと強く、まるで離すまいとするみたいに。
「無茶しちゃだめよ、アルナ。痛かったら泣いて良いんだからね?」
その声は少し震えていた。
「……あー」
反省してるつもりで声を出す。もちろん伝わってる気はしないけど。
いや、それよりも今のなんだ?
(ヒーリング……?)
聞き間違いじゃない。確かにそう言った。しかもそのあとに起きた現象、どう考えても魔法ってやつだ。ここでタイムスリップと言う線は消えた。
その夜、俺はベットの上で天井を見つめていた。
俺は魔法がある異世界に転生した。
前世の俺は、流されるままに生きて、気づいたら足場を失っていた。なら今回は違う。状況がどうであれ、最初からやり直せるなら、やり方はいくらでもある。多分神様が俺にチャンスをくれたのだろう。
俺は、この世界でやり直そうと思う。異世界行ったらなんとやらって奴だ。




