十六話 脱獄の糸口
「……ただし!」
アルナはビシッと指を突き付けた。ルークがびくっと肩を跳ねさせる。
「俺と友達になるには条件がある」
「じょ、条件?」
アルナは腕を組み、わざと偉そうに顎を上げた。
ルークはごくりと唾を飲み込む。
「ルーク、魔法は使えるか?」
「ま、まほう?」
ルークは泣き腫らした目をぱちぱちさせた。
「そうだ、魔法だ」
「わかんない……魔法使った事ないから……」
ルークはおずおずと俯く。
「だって僕、学校とかも行ってないし……」
「親も、教えてくれなかったし……」
最後の方はどんどん声が小さくなっていく。
アルナは顎に手を当てた。
この世界、平民でも簡単な魔法くらいは知ってる奴が多い。生活魔法程度なら子供でも使える事がある。と、セレスが言っていた。
なのに“使った事がない”。
……それだけルークの育った環境が酷かったのかもしれない。
「……ふーん」
アルナはわざと興味なさそうに言った。
「じゃあ俺、ルークと友達になれないな」
「……へ?」
ルークが固まる。
数秒後。
「な、なんでぇ……!?」
また目に涙が溜まり始めた。早い。情緒の崩壊速度が早すぎる。
「いやだって、友達になるなら魔法くらい使えないと」
「む、むりぃ……! 僕わかんないよぉ……!」
もう半泣きだった。
アルナは慌てて手を振る。
「待て待て待て!」
「ふぇっ」
「“使った事が無い”だけだろ!? 出来ないとは限らない!」
「だ、だってぇ……」
ルークは涙目のまま自分の胸元をぎゅっと掴む。
「僕、昔から何も出来ないし……」
「足遅いし……」
「すぐ泣くし……」
「力も無いし……」
どんどん自己評価が低くなっていく。
アルナは頭を抱えた。
「何でそんなネガティブなんだよ……」
「だ、だって本当だし……」
ルークはしゅんと俯く。
今にも「ごめんなさい」が飛んできそうな顔だった。
「練習すれば魔法なんてすぐ使えるんだから、そんなネガティブになるな」
「……ほんと?」
「おう。俺だって出来たんだから」
ルークがぱちぱち瞬きをした。
「アルナ、魔法使えるの?」
「……使えるぞ」
アルナは少し視線を逸らす。
「今はできないけど……」
「?」
ルークが首を傾げた。
アルナは自分の両手首を見る。
そこには鈍い鉄色の枷が嵌められていた。
「これのせいだよ。詠唱阻害の枷」
「そがい……?」
「魔法を使う時の言葉、あるだろ。詠唱」
「あ……」
ルークは小さく頷く。
「これ付けられると、それが上手く出来なくなる」
「へぇ……」
ルークは感心したように枷を見つめた。
アルナは内心で冷や汗をかく。危ない危ない。
うっかり無詠唱の事まで喋りそうになった。
アルナはわざと咳払いすると、びしっとルークを指差した。
「――と言う訳で、ルーク! お前に試練を与える!」
「し、試練……!?」
ルークがびくっと背筋を伸ばす。
何か重大任務でも言い渡されると思ったのか、顔が妙に真剣だった。
「は、はい……!」
「魔法を使えるようになるのだ!」
「……へ?」
間の抜けた声が返ってきた。
アルナは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。
「友達になる以上、最低限の戦闘力は必要だからな」
「せ、戦闘力!?」
「この収容所で生き残るには力が要る」
「ぼ、僕にそんなの無理だよぉ……」
「無理じゃない」
アルナは即座に言い切った。
「え……?」
「お前、最初から“出来ない”って決めつけすぎなんだよ」
ルークはびくりと肩を揺らした。
何か、昔の自分を見てるみたいで落ち着かない。
前世でもそうだった。どうせ無理だ、どうせ自分なんかって、勝手に諦めて、勝手に縮こまって。
だから余計に腹が立つ。
「そもそも魔法なんて才能だけじゃない。イメージとか慣れとか、そういうのも大事なんだ」
「い、いめーじ……?」
「火を出したいなら火を想像する、とか。そんな感じだ」
「む、難しそう……」
ルークは不安げに指をもじもじさせる。アルナは突然、がしっとルークの肩を両手で掴んだ。
「ひゃいっ!?」
ルークの変な声が出る。
アルナはぐっと顔を近付けた。
「お前なら出来る!」
「へ……?」
「勇気出して俺に“友達になってくれ”って言ったんだろ!?」
ルークの目がぱちぱち瞬く。
「そ、それは……」
「普通あんな泣きながら他人に突撃できるか? 出来ねぇよ! めちゃくちゃ勇気いるだろ!」
アルナは力説した。
実際、俺なら無理だ。前世でも今世でも、自分から誰かに近付くなんて怖くて出来ない。
拒絶されるのが怖い。
嫌われるのが怖い。
笑われるのが怖い。
だからルークみたいに真正面から「友達になって」なんて言える奴は、ある意味すごい。
……まあ、泣いてたけど。
「お前はちゃんと頑張れたんだよ」
「ぁ……」
ルークの瞳が揺れる。
「だから魔法だって出来る」
「で、でも僕……」
「出来る!」
「うぅっ」
アルナの勢いに押され、ルークが涙目になる。
「やれば出来るんだよ! お前は!」
「あ、アルナ近いよぉ……!」
「気合い入れてるんだ!」
「顔が近いぃ……!」
ルークは真っ赤になってわたわたし始めた。
アルナはそこでようやく距離感がおかしい事に気付き、ぱっと手を離す。
「……悪い」
「び、びっくりしたぁ……」
ルークは胸を押さえてへにゃへにゃになっていた。心臓が忙しそうだ。
アルナは軽く咳払いする。
「と、とにかくだ。お前はまず自分で“出来る”って思え」
「出来るって……思う……」
「そうだ」
ルークは自分の手を見る。
細くて白い、小さな手。
「……出来る」
「もっと」
「で、出来る……!」
「もっとだ!」
「ぼ、僕は出来るぅ!」
「声が小さい!」
「ぼ、僕は出来る!!」
周囲の奴隷たちが何事かとちらちら視線を向けてきた。
「あっ……」
ルークは恥ずかしそうに肩を縮める。
耳まで真っ赤だった。
アルナは満足げに頷いた。
「よし」
「よ、よし……?」
「じゃあ行ってこい!」
「……へ?」
次の瞬間。
どんっ。
アルナはルークの背中を勢いよく押した。
「ふわぁっ!?」
前につんのめりながら、ルークが慌てて踏ん張る。
「い、行ってこいってどこに!?」
「魔法の修行だ!」
「し、修行!?」
ルークが涙目で振り返る。
「え、えっと……アルナが教えてくれるんだよね?」
「俺は出来ない」
「さっき出来るって言ってたのに!?」
「枷のせいで詠唱できないからな」
アルナは自分の手首をひらひらさせる。
もちろん、本当は無詠唱で使える。
でもそんな事は言えない。
「だから後はイメージだ!」
「い、イメージぃ……?」
ルークは不安そうに自分の両手を見る。
「僕にも、出来るかな……?」
ルークは不安そうに呟いた。
「それはやってみないとな」
「うぅ……」
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。どうやらいつのまにか昼休みが始まって終わったらしい。
あれ?じゃあ俺昼飯抜き?
アルナは立ち上がった。
「俺は戻るからな。そろそろ戻らないと看守に殴られる」
「な、殴られるの!?」
「ここ収容所だぞ?」
ルークが青ざめる。アルナは苦笑しながらルークの頭を軽く撫でた。
「空いた時間にイメージしとけ。火でも何でも。看守に見つかるなよ」
「う、うん……」
ルークはぎゅっと拳を握る。
「……僕、頑張る」
「おう」
その時、看守の怒鳴り声が響いた。
「休憩終わりだ!! 動けクズ共!!」
奴隷たちが慌てて動き出す。アルナも歩き出そうとして――服の裾を引っ張られた。
振り返ると、ルークが不安そうに見上げていた。
「ま、また話してくれる……?」
「……友達なんだろ」
ルークの顔がぱっと明るくなる。
「うん……!」
その笑顔を見て、アルナは少しだけ照れ臭そうに視線を逸らした。
***翌日
昼休み。
アルナは収容所の壁際に座り込みながら、小さく息を吐いた。
「……これでいい」
昨日からずっと考えていた事を、頭の中でもう一度整理する。
ルークには悪いが、あれはほとんど無理難題だ。
魔法なんて普通は誰かに教わるものだし、ましてルークは今まで一度も使った事がない。イメージしろと言われて、はい出来ましたとはならない。
だから多分、数日もすれば諦める。
「まあ、それでいいだろ……」
アルナはぼそっと呟く。
これで自分も気兼ねなく魔法の練習ができる。
ルークが近くにいると落ち着かないのだ。
無詠唱を見られる危険もあるし、あいつは妙に勘が良さそうな所がある。
アルナは膝を抱えながら周囲を見回した。
昼休みで看守の目も少し緩い。
今なら練習できる。
「よし……」
誰もいない物陰へ向かおうとして――
「アルナぁぁぁ!!」
遠くから聞き覚えのある声が飛んできた。
アルナの動きが止まる。嫌な予感しかしない。
次の瞬間。たたたたっ、と軽い足音を立てながらルークが駆け寄ってきた。
顔がめちゃくちゃ明るい。
「見て見て!!」
「うわ近い!」
ルークは興奮した様子で両手を突き出した。
「僕ね! 一晩ずっとイメージしてたの!」
「……は?」
「そしたらね!」
ぱちっ。ルークの指先で小さな火花が弾けた。
ぱちっ、ぱちっ。
さらに連続。
「……え?」
「出た!!」
ルークは満面の笑みだった。
「出たよアルナ!! 僕出来た!!」
「いや待て早くない?」
アルナの額に嫌な汗が流れた。
……何でだ。
普通こんな早く出来るか?俺も火花出す程度なら一瞬でできたが。
もしかしてルーク、実は魔法の才能めちゃくちゃ高いのでは?
「アルナのおかげだよ!」
「いや俺ほぼ何も教えてないぞ」
「でも出来るって言ってくれた!」
ルークは嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、アルナは微妙な顔になった。
……諦めるどころか、やる気満々になってるんだが?
「これで友達になってくれるよね!?」
ルークは期待に満ちた目で身を乗り出した。
近い。
「いやその前に――」
アルナは慌ててルークの両手を掴んで下げさせる。
「一旦物陰に移動しよう」
「へ?」
「ここじゃ人目が多すぎる!」
周囲を見ると、何人かの奴隷がちらちらこちらを見ていた。
しかも。
「あと“看守に見つかるなよ”って言ったよな!?」
「あっ」
ルークの顔が固まる。アルナは額を押さえた。
「こんな所で使ったら見つかるだろ!」
「ご、ごめんなさいぃ……!」
ルークがしゅんっと縮こまる。
アルナは慌てて周囲を確認した。
幸い、今の火花は小さかった。看守は気付いてない……多分。
「ほら、こっち」
アルナはルークの腕を引っ張って、建物裏の薄暗い物陰へ移動する。
そこは資材や木箱が積まれていて、人目が少なかった。
「ふぅ……」
アルナは小さく息を吐く。
ルークはおずおずと見上げてきた
「アルナ、怒ってない?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「ああ」
「本当に本当に?」
「しつこいぞ!」
「ひゃぅっ!?」
ルークがびくっと肩を跳ねさせる。
「それで、どんな感じで出来たんだ?」
「えっとね……」
アルナの真面目になった顔を見てルークも真面目な顔になる。
「昨日ずっと火を想像してたの」
「うん」
「暖炉とか、焚き火とか」
「ちゃんと俺の言った事覚えてたんだな」
ルークがえへへと笑う。
「そしたら、手がちょっと熱くなって」
「……」
「で、“出ろー!”って思ったら、ぱちって」
アルナは黙り込む。
やっぱりおかしい。感覚派ではあるんだろう。
でも、初めてでそこまで魔力を掴める奴は少ない。
アルナはじっとルークを見る。
「な、なに……?」
「……いや、ルークって今さっき詠唱してたっけ?」
「詠唱?してないよ?わかんないから」
アルナの思考が止まった。
「……は?」
ルークはきょとんと首を傾げる。
「だから、わかんないから適当に“出ろー!”って……」
「いや、それ詠唱じゃないだろ」
「え?」
アルナは顔を引きつらせた。
無詠唱。その言葉が頭の中をぐるぐる回る。
セレスですら「無詠唱は一部の才能ある魔術師しか使えない」って言っていた。普通は詠唱で魔力を安定させる。だから枷も“詠唱阻害”なのだ。
なのに目の前の泣き虫は一晩で。火花とはいえ無詠唱を成功させた。
「…………」
アルナは頭を抱えたくなった。
俺なんて毎日毎日、死ぬほど集中して、魔力の流れを掴んで、何度も暴発して、ようやく出来るようになったのに。これが才能か……。
無詠唱。しかも初日。
意味が分からない。いや本当に意味が分からない。だが同時に、頭の奥で別の考えが浮かび始める。
――待て。
もしルークが本当に無詠唱を使えるなら。
アルナは勢いよくルークの肩を掴んだ。
「ひゃぁっ!?」
がくがく揺さぶられて、ルークの頭がぶんぶん揺れる。
「ルーーーク!」
「は、はいぃ!?」
「俺たちなら出来るかもしれない」
「な、何が!?」
アルナは真剣な目でルークを見つめた。
「脱獄」
「だつ――」
ルークの声を、アルナは慌てて口を塞いで止めた。
「しーっ!! バカ!! 声がでかい!!」
「むぐぅっ!?」
ルークが涙目でこくこく頷く。
アルナは周囲を確認してから、そっと手を離した。
「げほっ、ごほっ……」
「悪い。でも大声は出すな」
「だ、だって急に脱獄とか言うからぁ……!」
ルークは胸を押さえながら小声で抗議する。
アルナは眉間を押さえた。
「……ほんとに出来るの?」
ルークの不安げな声に、アルナは少し黙り込む。
収容所の高い壁。
武装した看守。
詠唱封じの枷。
逃げようとして殺された奴隷の話も聞いた。
普通なら無理だ。
でも。
「……可能性はある」
アルナは低く呟いた。
「詠唱阻害の枷は、名前の通り“詠唱”を邪魔する為の物だ」
「う、うん」
「つまり無詠唱なら使える」
ルークがぱちぱち瞬きをした。
「えっと……それって凄い事なの?」
「凄いなんてもんじゃない」
アルナは即答した。
「本来、無詠唱なんてまともな魔術師でも簡単には出来ない。なのにお前、一晩で出来たんだぞ」
「そ、そうなの……?」
ルークは自分の手を見つめる。
本人に自覚は全く無さそうだった。
アルナは小さく舌打ちした。天才ってこういう奴なんだろうな。自分がどれだけ異常か理解してない。
「もし練習すれば、火花だけじゃなくてもっとちゃんとした魔法も使えるかもしれない」
「ちゃんとした魔法……」
「例えば火を飛ばすとか、音を消すとか、目眩ましとか」
ルークの顔が少し青ざめた。
「ぼ、僕そんな危ない事できないよぉ……」
「いきなりやれとは言ってない!」
アルナは慌てて否定する。
「まずは練習だ。バレないように、少しずつ」
「……」
ルークは不安そうに俯く。
「でも、捕まったら……」
「……ああ」
アルナの表情も硬くなる。
捕まればどうなるかくらい分かる。
この収容所は優しくない。最悪、殺されるだろう
しばらく沈黙が落ちた。
遠くで看守の怒鳴り声が聞こえる。
鉄がぶつかる音。誰かの悲鳴。
アルナは拳を握った。
「俺、このまま終わるの嫌なんだ」
ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
「え……?」
ルークが顔を上げる。
アルナは視線を逸らしたまま続ける。
「母さん死んで、セレスとも離れて、訳分かんないまま奴隷にされて」
「……」
「このまま何も出来ずに終わるのだけは、絶対嫌だ」
喉が熱くなる。
悔しい。
怖い。
でも、それ以上に。諦めたくなかった。
ルークはしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……僕も、嫌」
アルナが目を向ける。
ルークは自分の服をぎゅっと握っていた。
「僕、ずっと怖くて、何も出来なくて」
「……」
「でもアルナが、“出来る”って言ってくれたから」
ルークはへにゃっと笑った。
「ちょっとだけ、頑張ってみたい」
アルナは目を丸くした後、ふっと笑う。
「……そっか」
そして小さく拳を突き出した。
「じゃあまずは秘密特訓だな」
「ひ、秘密特訓……!」
ルークの目がきらきらし始める。
単純だなこいつ。
「でも絶対無茶するなよ」
「うん!」
「あと勝手に人前で火花出すな」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
脱獄の糸口がようやく見えた気がした。




