表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直し転生  作者: 爪楊枝
第一章 始まり
15/24

十四話 ルーク

昼の鐘が鳴ると、収容所の空気が少しだけ緩んだ。


作業を終えた奴隷たちが広場へ集まり、芋だの薄いスープだのを受け取っていく。怒鳴り声も減り、代わりに疲れ切った溜め息があちこちから漏れていた。


アルナは配給の芋を受け取ると、そのまま広場の端へ向かう。


いつもの場所だ。


石壁の陰。資材置き場の裏。人目が少なく、多少なら隠れられる。


(よし……)


今日は昨日よりもう少し水球を維持したかった。

出来れば形を変える練習もしたい。

アルナは周囲を確認して、しゃがみ込む。


だが、その直後だった。


「おいおい、そんな警戒すんなって」


男の声。


アルナは反射的に身体を止めた。


少し先。木箱の陰。そこにいたのは、昨日入ってきたばかりのルークだった。


「ほら、座れよ」

「別に取って食おうって訳じゃねぇし?」


三人。薄汚れた男たちが、ルークを囲むように座っている。


ルークは怯えた顔のまま、小さく身体を縮こまらせていた。アルナは即座に壁へ身を寄せる。


(うわ、面倒くせぇ……)


見つかりたくない。


今ここで出て行けば、確実に目立つ。

ただでさえ悪魔付き扱いされているのに、更に揉め事に首を突っ込めば何を言われるか分からない。


アルナはそっと木箱の陰へ隠れた。

男の一人がニヤニヤ笑いながらルークを見る。


「お前さぁ、ほんとに男?」

「……っ」

「肌白すぎだろ」

「髪もさらさらじゃね?」


ルークは俯いたまま何も言わない。男たちは完全に面白がっていた。

だが、まだ暴力的な空気ではない。

半分は暇潰しだ。


アルナは小さく息を吐く。


(……なら放っとくか?)


正直、関わりたくない。


この収容所で目立つのは危険だ。

助ける義理もない。昨日会ったばかりの奴だし、そもそも俺だって生きるので精一杯だ。


だが。


「おい、無視すんなって」


男の一人がルークの肩を掴む。びくっ、とルークが震えた。その反応に、男たちが笑う。


「ははっ、怯えすぎだろ」

「小動物かよ」


アルナは眉を寄せた。


……何か、見ていて落ち着かなかった。


ルークはただ怯えているだけだ。

抵抗も出来ない。

声も出せない。


昨日の自分を少し思い出す。


収容所へ連れて来られた時。

周囲の視線。

逃げ場の無さ。


アルナは舌打ちしたくなる。


(いやいやいや、だからって助ける理由にはならねぇだろ……)


頭では分かっている。


ここは善人が損をする場所だ。

余計な事をすれば、自分に返ってくる。


(……どうせ今助けたって終わらない)


アルナは視線を逸らしかけた。

一回止めたところで何になる。

こういう奴らは、弱いやつを見つけたら何度でも寄ってくる。


前世でもそうだった。


教室の隅。机に書かれた落書き。笑いながら肩を小突いてきた連中。見て見ぬ振りをした教師。


――「別に冗談じゃん」


あの軽い声を思い出した瞬間、背筋に嫌な鳥肌が走った。アルナは顔をしかめる。


(……クソ)


思い出したくもない。

胸の奥がざわつく。

息苦しい。


だが今は関係ない。俺は俺だ。ここから脱獄する。それだけ考えればいい。ルークなんか知らない。


アルナは静かに後退りしたその時だった。


「で、お前何やったんだ?」


男の一人が芋を齧りながら聞く。


「盗みか?」

「貴族の機嫌を損ねたとか?」

「もしかして借金か?」


ゲラゲラ笑い声が響く。ルークは肩を震わせ、小さく口を開いた。


「……さら、われて……」

「で?」

「お母さんに……木の実を取ってきてって言われて、そこに向かう途中に知らない人たちに袋を被せられて……気付いたら馬車で……」


攫われたのか……。正直同情する。


ルークはぱちぱちと目を瞬かせる。だが男たちは腹を抱えて笑っていた。


「っはははは!」

「攫われたってよ!」

「ちげぇよお前、それ親に売られたんだよ!」


ルークの顔から血の気が引いた。


「え……?」

「この収容所、そういうガキ結構いるぜ?」

「借金とか、口減らしとかな」

「特にお前みたいなのは高く売れるんじゃねぇの?」


男の一人がルークの顎へ手を伸ばす。ルークはびくっと身を引いた。


「や、やだ……違っ……お母さんはそんな……」

「夢見すぎだろ」

「じゃあ何で助けに来ねぇんだよ?」

「僕の家、貧乏だから……」

「尚更じゃねぇか!」


男たちはまた笑った。


乾いた、嫌な笑い声だった。


「貧乏人なんて子供売るの珍しくねぇよ」

「口減らし口減らし」

「お前、顔だけはいいからなぁ」


ルークは何か言い返そうとして、でも言葉が出てこないらしい。唇だけが震えている。


「ち、違……」


その声はあまりにも弱かった。


男の一人がニヤつきながら距離を詰める。


「でも可哀想だよなぁ?」

「母ちゃんに捨てられてさぁ」

「うる、さい……」


ルークが初めて少し強く返した。だが、その反抗が逆に面白かったらしい。


「お?」

「怒った?」

「はは、かわいー」


肩を小突かれる。ルークの身体がぐらつく。

アルナは奥歯を噛んだ。


(……やめろよ)


脳裏に、前世の記憶がまたちらつく。


机を囲まれた昼休み。

逃げようとして鞄を引っ張られた感触。

笑い声。


“怒った?”

“冗談だって”


胸の奥がじわじわ熱くなる。


(関係ない。俺には関係ない)


そう思うのに、足が動かない。男の一人がルークの髪を指に絡めた。


「ほんと女みてぇだな」

「や、やめ……」


その瞬間。


「おい」


声が出ていた、自分でも驚くくらい自然に。逃げる選択もできた。でも、もう居ても立っても居られなくなった。


三人の男たちが一斉に振り向く。ルークもびくっと肩を跳ねさせた。


アルナは木箱の陰から姿を見せる。男たちの顔から笑みが少し消えた。


「……悪魔付き」


誰かが小さく呟く。アルナは面倒臭そうに頭を掻いた。


「昼休みくらい静かに食わせろよ。うるせぇんだよ、お前ら」


正直言ってちょっとキレてたと思う。俺ってこんなキレやすかったっけ?


男たちは顔を見合わせた。空気が少し変わる。


「……なんだぁ?」


最初に口を開いたのは、鼻の曲がった男だった。にやついてはいるが、さっきまでみたいな余裕の笑いじゃない。


「悪魔付きが絡んでくんのかよ」

「怖ぇ怖ぇ」


わざとらしく肩を竦める。だが視線は警戒していた。アルナは内心で舌打ちした。


面倒事一直線だ。だが、今さら引っ込めるのもダサい。アルナは芋を齧りながら適当に続けた。


「別に絡みたい訳じゃねぇよ。ただお前らの笑い声が耳障りなんだよ」

「は?」

「ただでさえまずい飯がもっとまずくなる」


アルナは気怠そうに壁へ寄りかかった。内心は心臓バクバクだが顔には出さないようにする。


男たちの一人が鼻で笑った。


「何だよそれ」

「つーか、お前最近調子乗ってるよな?」

「隊長に気に入られてるしよぉ」


ガルドの顔が頭に浮かんで、アルナは露骨に嫌そうな顔をした。


「気に入られてねぇよ。むしろ嫌われてるだろ」

「でも地下行ってねぇじゃねぇか」


その言葉で、周囲の空気が少しだけ重くなる。


地下監房。


そこに送られた奴は、戻ってきても大抵壊れている。らしい。アルナは肩を竦めた。


「知らねぇよ。運が良かっただけだろ」

「……悪魔付きの癖に?」


ぴく、と空気が張る。


ルークが不安そうにアルナを見上げていた。怯えてるくせに、どこか期待するみたいな目だった。


やめろ、その目。


アルナは少し苛立つ。


助ける気なんか別にない。ただ昔の嫌な記憶思い出してムカついただけだ。なのに、そういう目を向けられると困る。


男の一人が立ち上がった。


「つーかさぁ、お前何なんだよ?」

「悪魔付きのくせに正義の味方気取りかよ」

「……別に」

「じゃあ引っ込んでろよ」


男がアルナの胸を軽く押す。


男の手が胸に触れた瞬間、アルナは一歩だけ後ろへずれた。押され気味だ。


(やっべ……)


さっきまでの勢いが急速に萎んでいく。心臓が嫌な音を立てていた。急に冷静になってきた。


というか、冷静になったせいで気付いた。


(俺、口喧嘩クソ弱いじゃん……!)


前世でもそうだった。

頭の中では色々浮かぶのに、いざ言い返そうとすると言葉が詰まる。気の利いた返しなんか出来ない。


男たちは完全にこっちを舐め始めていた。


「なんだよ急に黙りやがって」

「悪魔付きってもっと怖ぇのかと思ったわ」

「ははっ」


ルークも不安そうにアルナを見ている。


やばい。

何か言わないと。


でも何を?


考えろ考えろ考えろ――。


そして次の瞬間。


「うるせぇぇぇ!! このショタコンがぁぁぁ!!」


叫んでいた。一瞬、空気が凍る。


男たちがぽかんとした。


「…………は?」


アルナは叫んだ後、自分でも「何言ってんだ俺!?」って顔になった。


だがもう遅い。


「ショタコン!?ち、違っ――!」


鼻の曲がった男が真っ赤になる。

アルナはもう引き返せないと悟った。


「昼間っから顔のいいガキ囲んでベタベタ触ってんじゃねぇよ! 気色悪ぃんだよ!!」

「てめぇぇ!!」


男が勢いよくアルナの胸ぐらを掴んだ。


「ぐっ……!」


布が締まり、首が引っ張られる。至近距離で睨まれて、アルナの背筋に冷たい汗が流れた。


(やっべぇ!!)


思ったより怖い!というか普通に殴られそう!

逃げたい!

今すぐ謝りたい!


だが、ここでビビったら完全に終わる気がした。

ルークも青ざめた顔でこっちを見ていた。


どうする!?

考えろ!いやもう無理だ!


――乗るしかない、この波に!!


俺は半ばヤケクソで男の胸ぐらを掴み返した。


「かかってこいやぁぁぁ!!」


***


「けっ! 突っかかってきたくせにめちゃくちゃ弱ぇじゃねぇか!」


男たちの嘲笑が響いた。


「はははっ!」

「何だよあのパンチ!」

「子供の癇癪かと思ったわ!」


ゲラゲラ笑いながら、三人は去っていく。

アルナは地面に転がったまま動けなかった。


ボッコボコだった。


頬は腫れてるし、腹は痛ぇし、口の中は切れて鉄の味がする。腕も多分どっか打った。


そりゃそうだ。大の大人に、五歳児が勝てる訳ない。


「……いってぇ……」


砂を吐きながら、アルナはゆっくり起き上がった。

周囲の奴隷たちは半笑いだったり、呆れた顔だったり、興味無さそうだったり様々だ。


まあそうだろうな。


急にショタコンとか叫んで突っ込んで、普通に返り討ちにされたガキだ。


我ながら何してんだ。ま、魔法使えば勝ててたし!


ルークが慌てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫!?」

「……大丈夫に見えるか?」

「ご、ごめ――」

「お前が謝んな……っつぅ」


腹が痛ぇ。アルナは顔をしかめながら壁へ寄りかかった。正直、ちょっと泣きそうだった。


めちゃくちゃ痛い。


前世でもこんな喧嘩した事ない。というか、そもそも殴り合いなんてした事なかった。


「……別に」


アルナは腫れた頬を押さえながら、ぼそっと呟いた。


「お前を助けたくて出てきた訳じゃねぇし」

「え……」


ルークが目を丸くする。アルナは視線を逸らしたまま続けた。


「ただムカついただけだ」

「ああいうの見てたら……その……イラついたっていうか」


うまく言葉に出来ない。前世の記憶がぐちゃぐちゃ混ざってる。


笑いながら人を囲む感じとか。

逃げ場なくしてニヤニヤする感じとか。

あの「冗談じゃん」って空気とか。


思い出したら、勝手に身体が動いてた。


「……だから別に、お前のためとかじゃない」


アルナは小石を蹴った。


「むしろ最悪だよ。目立つし、ボコられるし」

「……でも」

「しかも負けたし」

「……」

「めちゃくちゃダサい」


自分で言っててちょっと本気でへこむ。


魔法使えば勝てた、とか強がってみても、実際は怖くて使う余裕なんかなかった。殴られた瞬間、頭真っ白だったし。


ルークはしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開く。


「……それでも」

「?」

「あ、ありがとう!」


その顔は、さっきまで怯えて震えていた奴と同じとは思えなかった。

まだ目元は少し赤いし、声だって弱々しい。けど、それでも確かに笑っていた。


まるで、暗い部屋に小さな灯りが点いたみたいな顔だった。アルナは一瞬だけ言葉に詰まる。


……そんな顔されると困る。


「……だから別に」


ぶっきらぼうに返しながら、アルナは頬を掻いた。触った瞬間「いっっっ!」と声が漏れる。


痛ぇ。ルークは慌てた。


「だ、大丈夫!?」

「大丈夫じゃねぇよ! あいつ子供相手に普通に顔狙ってきやがった!」

「ご、ごめん……」

「だから謝るなって……」


アルナは深くため息を吐いた。すると、収容所中に重たい鐘の音が鳴り響いた。


昼休憩の終わりを告げる音だ。


途端に広場の空気がまた張り詰める。奴隷たちは嫌そうな顔をしながら立ち上がり、監視役の怒鳴り声も戻ってきた。


「ほら動け!」

「休憩は終わりだ!」


アルナは「うげぇ……」と顔をしかめながら、痛む腹を押さえて立ち上がる。


「っつぅ……」


立っただけで脇腹が痛い。絶対痣になってる。

ルークが心配そうに見上げてきた。


「ほ、本当に大丈夫……?」

「だから大丈夫じゃねぇって」


アルナはぼやきながら砂を払った。


「……じゃ、もう絡まれんなよ」

「え……」

「人気のないとこにいるお前にも非があるからな。ああいう連中、弱そうな奴見つけたら寄ってくるんだから」


言いながら、自分でもちょっと「お前が言う?」と思った。人気のない場所で魔法練習しようとしてたの、俺だし。


ルークはしゅんと肩を縮めた。


「……う、ごめんなさい」

「いや謝んなって」


アルナは頭を掻く。


「とにかく、次からはもっと人いるとこ行け。あと知らん奴に囲まれたら逃げろ」

「……うん」


ルークは小さく頷いた。

監視役の怒鳴り声が近付いてくる。アルナは面倒臭そうに背を向けた。


「じゃ」


そのまま去ろうとした時だった。


「あ、あの!」


ルークが慌てて呼び止める。

アルナは振り返った。


「名前は!」

「……は?」

「な、名前……!」


必死そうに聞いてくるルークに、アルナは数秒だけ黙る。

こんな場所で名前なんか聞いてどうすんだ、と思ったが。


「……アルナ」


それだけ答える。するとルークの顔がぱっと明るくなった。


「アルナ……!」


何だその嬉しそうな顔。

アルナは少しだけ気まずくなって視線を逸らした。


「お前は?」

「ルーク! ルークっていいます!」


知ってる。さっき散々聞いてたし。だが、それを言うほど野暮じゃなかった。


「……そ。じゃあな、ルーク」


アルナは片手をひらひら振って歩き出す。

背後から、小さな声が聞こえた。


「……ありがとう、アルナ」


アルナは聞こえない振りをした。

でも、さっきまで胸の奥に残っていた嫌なざわつきは、少しだけ薄れていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ