第十一話 あの世?
「痛ってえええええええええ!!」
アルナは顔を押さえて転げ回った。顎に走ったはずの激痛は、だが次の瞬間にはもう消えている。
「……あれ?」
恐る恐る顎を触る。外れてないよな?ていうか痛くない。腫れもない。血もついていない。
「え、何だこれ……」
上体を起こして、頬を叩く。痛くない。目をこすっても、視界はぼやけない。
そのことが、逆に気味悪かった。
アルナは周囲を見回した。
白い。ただひたすら、白かった。
地面も天井も分からない。遠くも近くも曖昧で、まるで世界そのものが漂白されたみたいだ。
「……ここ、どこだよ」
喉がひりつく。さっきまでの痛みは夢みたいに消えているのに、胸の奥の痛みだけは残っていた。
母さんが死んだ。
その事実を思い出した瞬間、胃の奥が締めつけられる。息が詰まり、吐き気がこみ上げる。けれど、何も出ない。
「っ……」
視界の端が滲む。
アルナは膝を抱えて、荒い息を繰り返した。
『ごめんなさい……』
母さんの声が、頭の中で何度も蘇る。
ごめんね。
私が、母親で、ごめんね。
「うるさい……っ」
誰に向けたのかも分からない言葉を吐き捨てた、その時だった。白の向こうに、誰かが立っていた。
「……え?」
アルナは目を見開いた。そこにいたのは、母さんだった。
髪の色も、目元の柔らかさも、あの疲れたようで優しい表情も、全部が母さんそのものに見えた。
アルナの胸が大きく跳ねる。
「母さん!」
叫ぶより早く、立ち上がって走り出していた。
止まらなかった。
涙が勝手にあふれる。
もう一度だけでも、触れたかった。
「母さん!」
両手を伸ばす。
だが、その“母さん”は、ぱっと片手を上げて顔をしかめた。
「待て待て待て! 泣きながら近づくな気持ち悪い!」
白い世界に、妙に甲高い声が響いた。俺は思わず足を止めた。
……母さん、じゃない。
近くで見れば、違うことはすぐ分かった。顔立ちも雰囲気も、母さんにそっくりだったけど、どこか作り物みたいに整いすぎている。目の奥にあるものが、母さんのそれじゃない。
「……誰だよ、お前」
掠れた声でそう言うと、母さんの姿をした女は大きくため息をついた。
「やっと止まったか。まったく、勢いだけは立派だな、お前は」
「質問に答えろ!」
「落ち着け。今のお前、さっきまで死にかけてたんだぞ」
そう言われて、俺ははっとする。
死にかけていた。
母さんが死んで。
ガルドとかいう男に踏みつけられて。
奴隷にするとか、ふざけたことを言われて――
胸の奥が、また熱くなる。
「……あいつらは」
「ここには君と僕しかいないよ」
女は淡々と言った。
「お前の体は多分向こうにある。意識だけ、こっちに来たんだ」
「こっちって、何だよ」
「境目みたいなものだ。そう思っておけ」
俺は辺りを見回した。
本当に何もない。床も天井も壁も分からない。ただ白い。上も下も曖昧で、立っている感覚だけがある。
「……夢か?」
「夢なら良かったんだけど……」
女は肩をすくめた。
「……夢じゃないなら、どこなんだよ。ここ」
アルナが睨みつけると、女は少し考えるように顎へ指を当てた。
「簡単に言えば、精神世界かな」
「は?」
「魂と意識の境目。生と死の狭間。まあ呼び方はいろいろある」
女は軽い口調で言う。
「肉体は向こう。今ここにいるのはお前の“中身”だけだよ」
「中身って……」
アルナは自分の手を見る。
ちゃんと触れる。握れる。感覚もある。
「それにしては普通すぎるだろ……」
「お前が自分を人間だと思ってるからな。魂だけの姿になっても、認識はそう簡単に変わらない」
女はそう言って、アルナの額を軽く小突いた。
「むしろ、急に半透明になったりしたら嫌だろ」
「……それは嫌だな」
反射的に答えてから、アルナは眉をひそめた。
「いや、そうじゃなくて」
胸の奥がざわつく。
「なんで俺がこんな場所に来てるんだよ。死んだからか?」
女はアルナの額を指先でトントンと叩いた。
「……っ、何すんだよ」
「僕が聞きたいんだよ」
女は呆れたようにため息を吐く。
「ここ、そもそも僕の精神世界側だぞ? 普通なら他人の魂なんて入って来ない」
「……は?」
「もっと言えば、生きてる状態でここまで沈むのも普通じゃない」
アルナは眉をひそめた。
「いや、意味分かんねぇんだけど」
「だろうね。お前、知識ゼロだし」
女は母さんの顔で失礼なことを言った。
「普通の人間はね、肉体と魂がちゃんと噛み合ってる。だから意識が多少揺れても、こんな場所まで落ちてこない。せいぜい悪夢を見るくらいだ」
「……じゃあ俺は?」
女はアルナをじっと見つめたあと、小さく肩をすくめた。
「それを、今から調べるんだよ」
「調べる?」
そう言って、女はアルナの額へ手を伸ばした。
「ちょっ――」
ひやり、とした指先が触れる。
「《アルノファルス》」
その瞬間だった。
「――ッ!?」
頭の奥で、何かが弾けた。景色が変わる。
古いアパートの天井。
狭い部屋。
散らかった教科書。小さな手。
泣きながらランドセルを抱えていた。
『おい、また来たぞ』
『キモ』
『無視しろ無視』
教室。笑い声。
机に書かれた落書き。靴箱の中のゴミ。息が詰まる。
次の瞬間には、別の景色へ切り替わる。
コンビニの夜勤。
眠れない朝。
大学の講義室。
スマホの白い光。
誰にも期待されず、誰にも必要とされないまま過ぎていった時間。
そして――
炎。
ミアの笑顔。
セレスの声。
クレア。
小さな家。
暖かな食卓。
母さん。
『アルナ』
血。
森。
叫び。
『ごめんね』
「っ――!!」
アルナは荒く息を吐きながら尻餅をついた。
視界がぐらぐら揺れる。
頭の中を無理やり掻き回されたみたいだった。
「なっ……何しやがった!!」
女は何歩か後ろへ下がりながら、平然と答える。
「君の記憶を見た」
「勝手に見るなよ!!」
「必要だったんだよ。訳あって僕はあの世界に干渉が出来ないんだ」
「知らねぇよ!」
アルナは頭を押さえる。
前世の記憶。
今世の記憶。
全部が一気に流れ込んできたせいで、吐き気が酷い。
そんな俺をよそに女は腹を抱えて笑い出した。
「ハハハ! そういう事か!」
白い空間に、やけに明るい笑い声が響く。
「何でお前みたいな奴が、僕の精神世界に来たのかずっと疑問だったんだけど……なるほど、そういう繋がりか」
「おい、笑ってないで説明しろよ」
アルナは頭を押さえながら睨んだ。まだ記憶の波が引いていない。視界の端がちかちかする。
女はひとしきり笑ってから、目元の涙を指で拭った。
「君、僕の欠片に触れたろ?」
「……かけら?」
「そう。あれだよ、ピクニックの日、君が拾ったあの石」
アルナは息を止めた。
ピクニック。
あの日、森の中で拾った、妙に光る小さな石。掌に乗せた瞬間だけ、胸の奥が変にざわついたのを覚えている。
「……あれか」
「そう、それ」
女は指を鳴らした。
「本来ならただの石ころみたいなものだ。でも、君はそれに触れた。まあ、ただ触れただけじゃこんな事にはならないんだけど」
「どう言う事だよ?」
「君、この世界の人間じゃないな」
女がさらりと言った。
アルナは目を見開く。
「……は?」
「図星でしょ。その顔。まあ、そんなに驚くなよ。異世界人なんて、たまにいる」
「いや、たまにいるって何だよ……」
アルナは思わず言い返したが、女はまるで雑談でもしているみたいな口ぶりのままだった。
「問題は、君がこの世界の人間じゃないってことより、そんな君が僕のかけらに触れたことだ」
「……何でそんなもんが、あんなとこに落ちてんだよ!」
「それを説明すると長くなるんだけど……」
女はそこでいったん目を伏せ、やれやれと肩をすくめた。
それから、どこか面倒くさそうに口を開く。
「まあいい。こんな奇跡、今後まず起きないだろうし。実を言うとね、僕は封印されてるんだ。四百年前にね」
「……四百年前?」
「そう。で、君はたまたまその封印の“端っこ”に触れた。普通ならそこで終わりなんだけど、君は違った」
「違うって、何がだよ」
「魂の形が、ちょっと特殊だったんだよ」
アルナは眉をひそめた。
何を言われているのか、半分も分からない。だが、女の顔色がほんの少しだけ真面目になったのは分かった。
「で、あんた何者なんだ?」
「名乗るのが遅かったね」
女は胸を張り、妙に芝居がかった声で言った。
「僕は神。転生の神様だ」
「へー」
「……反応薄いなぁ」
神様は肩を落とした。
アルナはなおもじっと見つめる。
「神、ねえ……」
信じきれない。けれど、ここが白いだけの妙な空間で、母さんの顔をした女が目の前にいて、しかも自分の記憶を勝手に覗いたのだ。今さら神だと言われても、突っ込みきれない自分がいた。
「なら、神様なら助けてくれんのかよ」
「助ける、ね」
神は細く息を吐き、アルナを見返した。
「まあ、無理だね」
「何だよ、神様のくせに」
「だから言っただろ? 僕は封印されてるんだ。今の僕は、あの世界に干渉も観測もできない。だから君の記憶を見て、状況を確認した」
「じゃあもう帰らせてくれ。俺は今こんなことしてる場合じゃないんだ。あの男……」
アルナの声が低くなる。
瞳の奥に、焼けるみたいな怒りが灯った。
「ガルドを殺さねぇと……」
「おいおい、物騒だな」
「ふざけんな。母さんを殺して、俺まで奴隷にしようとして、あいつだけは――」
「まあ落ち着けって」
神は両手を上げ、宥めるように言った。
「君を助けることはできない。だけど、僕にとってもこれはまたとない機会なんだ」
「……は?」
「君みたいなのは滅多に来ない。しかも、僕の欠片に触れて、ここまで深く来るなんてもっとない。だから話だけでも聞いてよ」
「母さんの顔で俺を見るな!」
「お願いだよ〜」
「気色悪いって!」
アルナが本気で嫌そうな顔をすると、神は少しだけ肩を落とした。
「しょうがないだろ? 僕は、相手が一番安心する姿に見えるんだ」
「安心しねえよ」
「君にとってはそうでも、心の深いところじゃ違うんだよ。まあ、細かい説明は後だ」
神は一歩、白い空間の中を踏み出した。
足元に波紋みたいな揺らぎが広がる。
「なあ? 神様を助けると思ってさ、話だけでも聞いてよ?」
「助けるって何をだよ」
「僕を解放してほしい」
「……は?」
「封印されて、バラバラに砕かれてる。今の僕は本当に不自由なんだ」
その言葉に、アルナは眉をひそめた。
「バラバラ……?」
「四百年前の話だ。ちょっと、いやかなり派手にやられてね。今の僕は欠片みたいなものをいくつも失ってる。その一つが、君が拾った石」
「じゃあ、あれが神様の一部ってことか」
「そう。で、君はそれを触れた後、強い感情ごとここまで来た。だから繋がった」
「繋がった、って……」
「君の中にある“魂”と、僕の欠片が反応したんだよ」
アルナは黙った。
自分の胸の奥を探るみたいに、ゆっくり息を吐く。
「……で、俺があんたを助けたら、どうなる」
神はそこで、少しだけ真面目な顔になった。
「僕を解放できれば、代わりに一つだけ願いを叶える」
「願い?」
「母親を、生き返らせてやる」
「……っ」
空気が止まった。
アルナの喉が詰まる。
「は……?」
「死者蘇生。完全じゃないけど、僕なら可能だ」
「……嘘だろ」
「神様を舐めないでほしいな」
神は軽く笑った。
だがその目は、さっきまでとは違っていた。どこか、必死だった。
「君は今、復讐に飲まれてる。けど、それだけじゃ何も戻らない。母親も、居場所も、失ったものもね」
「……」
「だから提案だ。僕を出してくれ。そうしたら、君にとって必要なものを返す」
「……そんな都合のいい話、信じられるか」
「信じなくていいよ。今すぐ決めろとも言わない」
アルナは唇を噛んだ。
胸の奥で、怒りと混乱と、ほんのわずかな希望がぶつかり合う。
「……母さんを、本当に戻せんのか」
神は小さくうなずいた。
「ああ」
神は静かに言った。
アルナはその顔を睨みつける。母さんの姿をしているせいで、余計に感情がぐちゃぐちゃになった。
「……本当だろうな?」
「用心深いなぁ」
神は困ったように笑う。
「何てったって僕は転生の神だよ? 人間の一人や二人、チョチョイのちょいさ」
「軽く言うなよ……」
「まあ、今は無理だけど」
「は?」
アルナの顔が引きつった。
「おい」
「だから封印されてるって言ったじゃん。今の僕、かなり弱ってるんだよ。欠片も散らばってるし、権能もまともに使えない」
「じゃあ結局できねぇのかよ!」
「できるようになる。そのために君が必要なんだ」
神はそう言って、指先を軽く振った。
白い空間の一部が波打ち、そこに映像のようなものが浮かぶ。
暗い森。
巨大な石柱。
血のように赤い紋章。
そして、鎖。
何重もの黒い鎖が、何か巨大な存在を縛りつけていた。全貌は見えない。ただ、見ているだけで胸がざわつく。
「……何だこれ」
「僕の封印の一部」
「一部?」
「本体はもっと酷いよ」
神はけろりと言った。
「四百年前、人間と魔族と、それ以外の色々に袋叩きにされてね」
「神が?」
「うん」
「弱くね?」
「憎っくき勇者のせいさ!」
神はそう叫ぶと、白い空間の中で地団駄を踏み始めた。
「アイツさえいなけりゃ、僕は今頃あの世界で好き放題してたんだ! なのに、あの勇者ときたら女神なんか寄越しやがって! あーもう、思い出しただけでムカつく!!」
母さんの顔でバタバタ暴れるな。
アルナは本気でそう思った。
「……神ってそんな感じなのかよ」
「失礼だな。僕はかなり格式高い神だぞ?」
「全然見えねぇ」
「君が失礼すぎるんだよ!」
神は頬を膨らませたあと、ふんっと鼻を鳴らした。
「だいたいさぁ、あの時代の人間ども、僕に頼りまくってたくせに、急に『命を弄ぶな』とか言い出してさ」
「弄んでたのかよ」
「ちょっと転生先いじったり、魂繋げたりしただけだ」
「十分ヤバいだろ」
アルナが即答すると、神は「えぇ……」と露骨に傷ついた顔をした。
「まあ、そんなわけで勇者が僕を封印したんだ。それが400年前」
神は自分の胸元を指差した。
「そして僕は砕けて、欠片になって世界中に散らばった。今の僕は、その残りカスみたいな状態」
「……よく生きてんな」
「神様だからね。しぶといんだ」
神はにやりと笑う。
だが、その笑みの奥にほんの少しだけ暗いものが見えた。
「で、その欠片を集めれば、お前は元に戻るのか」
「ある程度はね。全部戻れば封印も壊せる」
「全部って、どんくらい散らばってんだよ」
「少なくとも一つはもう見つけたろ?」
神はにやりと笑った。アルナは眉をひそめる。
「あの石か……」
「そう、あれをまず見つけて解放して欲しい」
「解放して欲しいって……」
アルナは眉間を押さえながら吐き捨てた。
「お前、俺の記憶見たんだから分かるだろ? 俺は今そんな事できる状況じゃ無いし、そもそもあの石は母さんにやった」
「うん、見たよ」
「だったら――」
そこまで言って、アルナの言葉が止まる。
母さんにやった。
あの日、綺麗だと思って渡した。ミアは少し困ったみたいに笑って、それでも嬉しそうに受け取っていた。
『ありがとう、アルナ』
胸が痛む。
思い出した瞬間、喉が締め付けられた。
神は珍しく静かだった。
「……あの時、母さんは首に下げてた」
「だね、だから君が今からやらないといけないのは君が暮らしてきた村に戻ることだ」
「戻るって……」
アルナは顔をしかめた。
神は軽く肩をすくめる。
「今は無理だね。今頃、君は奴隷として収容所に運ばれてる頃だ」
「……っ」
その言葉だけで、胃の奥が煮えくり返る。
縄で縛られて、荷物みたいに扱われる自分の姿が頭に浮かんだ。
ガルドの笑い声まで聞こえてきそうだった。
「クソが……!」
アルナが拳を壁に叩きつける。
白い空間なのに、鈍い音だけは妙に生々しく響いた。
「落ち着けって」
「落ち着いてられるか! 母さんの死体はどうなる!? 村は!? セレスは!?」
「分からない」
「……は?」
「だから言っただろ。今の僕は観測できない。君の記憶から推測するしかないんだ」
神はそこで少しだけ真面目な顔になる。
「でも、君の村はもう駄目だと思う」
「っ……」
「襲撃後に証拠を残す連中じゃない。焼くか、埋めるか、どっちかだろうね」
「……」
アルナは俯いた。
奥歯が軋む。怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からない感情が胸の中で暴れていた。
「……母さんのペンダントも、もう無いかもしれないじゃねえか」
「可能性はある」
「だったら意味ねぇだろ!」
「でも、あるかもしれない」
神は静かに言った。
「君は可能性を捨てられるの?」
「……」
言い返せなかった。
母さんを生き返らせる。
その可能性が一%でもあるなら、捨てられない。
神はアルナの顔を覗き込み、小さく笑った。
「まあ、すぐ村に戻る必要はないよ」
「……どういう意味だ」
「欠片は一つじゃない。僕の封印は世界中に散ってる。君はまず、生き残らないといけない」
「生き残る……」
「奴隷収容所から逃げる。力をつける。欠片を集める。その過程で、村に戻る機会も来るかもしれない」
「簡単に言うなよ……」
「簡単じゃないさ」
神は珍しく即答した。
「むしろ最悪だ。今の君、弱いし、ガキだし、精神状態ボロボロだし」
「おい」
「事実だろ?」
アルナは舌打ちした。
否定できないのが腹立たしい。
「でもね」
神はそこで少しだけ声を落とした。
「君には才能がある」
「……才能?」
「魔法じゃない。魂の方だよ」
白い空間が、ゆっくり波打つ。
神の背後で、ぼんやりと青白い光が揺れていた。
「普通、異世界人ってだけでも魂が不安定なんだ。でも君は違う。壊れかけてるのに、妙にしぶとい」
「褒めてんのか?」
「半分はね」
神はそんなアルナを見ながら、ゆっくり続ける。
「幸い、君には時間がある」
「奴隷なのにか?」
「だからこそだよ」
神はにやりと笑う。
「奴隷商ってのは、商品をすぐ壊したりしない。特に“悪魔付き”ならなおさら」
「……悪魔付き」
「前世持ち。珍しいからね。高く売れる」
その言葉に、アルナの顔が歪む。
「クソみてぇだな」
「実際クソだよ。だから利用するんだ」
「利用?」
「奴隷として運ばれてる間は、逆に生き延びやすい。監視の目、地理、人間関係。全部見ろ。覚えるんだ」
神は指をアルナの額へ向けた。
「君はもう、“ただの被害者”じゃない」
「……」
「やり直すんだろ?アルナ」
白い空間が大きく揺れる。
「時間切れだね」
「っ……!」
「意識が戻る。向こうの身体が起き始めてる」
「待て! 俺はどうすれば――」
「まずは生きろ」
神の声が、少し遠くなる。
「それと、欠片に近づいたら君には分かる。魂が反応するから」
「おい、適当すぎんだろ!」
「大丈夫大丈夫、何とかなる!」
神は笑った。
母さんの顔で。
「……その顔やめろ」
「君が安心するんだってば」
「しねぇよ」
「素直じゃないなぁ」
白い世界が崩れ始める。
視界に亀裂みたいなものが走り、向こう側から鉄の匂いと、湿った空気が流れ込んできた。
その最後に、神は少しだけ真面目な顔をした。
「アルナ」
「……何だよ」
「死ぬなよ。君が死んだら、僕もかなり困る」
「自分本位かよ」
「神様なんてそんなもんだよ」
「あと、この事は他言無用だよ、僕を嫌ってる宗教なんて腐るほどあるからね」
神は笑う。
「じゃあ、またね」




