01-06.完遂
僧侶が死んだ。勇者に殺された。
勇者は消えた斥候の代わりに、新たに転送されてきた僧侶に襲いかかった。散々に嬲られて正気も体力も失っていた僧侶では耐えきれなかった。
あっさり力尽きた僧侶に勇者は慌てふためいた。そして何故か私に対して怒りをぶつけ始めた。滅多矢鱈にダンジョンの壁を斬りつけながら、あの黒魔術師めと叫び続けている。
勘が鋭いのかなんなのか。実は本当に素質だけはあったのかもしれない。あれでも強さは本物だし。もしかすると、彼も僧侶によって狂わされた者の一人なのかもしれない。
……流石に無いか。勇者があの僧侶程度の術にかかるとも思えないし。いくら心を落ち着かせる「カーム・マインド」と多幸感を与える「ユーフォリア・マインド」が分類上は治癒魔術の一種なのだとしてもだ。
けどだとしたら、あの無茶苦茶な言動はどういうことなのだろうか。考えてもわかる気がしない。
『もしかしたら勇者の力に何か問題があるのかもしれないわね。強大な魔王軍に少数で挑むんですもの。まともな精神では耐えられないのかも』
そっか。マインド系の術は白魔術、つまり女神様が与えてくださった魔術だもんね。女神様なら勇者の精神操作もお手の物なのかも。
いやでもだとしたら。そもそも暴走する前に止められたんじゃ。
『きっと自動的なのよ。あの勇者はシステムとの相性が悪かったか、或いは良すぎてしまったのね。そうやって増長してしまったのが今のあの勇者なんだと思うわ』
……それって私も。
『安心して♪ エコーの心はこの私が守ってあげるわ♪』
心強い。直接心に住み着いて守護と強化までしてくれる魔物って、なんだか都合が良すぎる気もするけれど。
『ふひひ♪ きっとこれが運命ってやつなのね♪』
魔物でもそういうの信じるんだ。
『エコーはまだわかっていないようね♪ 私はただの魔物じゃなくってよ♪』
それはもう十分伝わったよ。
「女神様」
斥候が少しぶりに口を開いた。
「どうかボクに機会をお与えください」
まさかまだ諦めてないの? 勇者は救わないよ?
「彼を殺します」
あらま。あんなに命だけは救ってくれと懇願してたのに。
「その後、全ての罪を詳らかに致します」
一人で出頭するってこと?
「折角命だけは救ってあげようというのに不満なのかしら」
「どうか。どうかお願い致します」
「あなたに勇者を殺れるとは思えないわ」
精神的な問題だけじゃない。そもそもの実力が足りていない。勇者は強すぎる。このまま餓死を待つのが一番だ。
「策はあります」
本気っぽくはあるんだよ。けどさぁ。
『試してみましょうよ♪ その秘策が通用するなら参考になるわ♪ もしかしたら次の勇者や刺客への対策になるかもしれないじゃない♪』
刺客?
『油断してはダメよ。女神が口封じを考えないとも限らないわ』
……それは……困るね。
『ふふ♪ エコーは賢いわね♪ 頑なに否定されたらどうしようかと思ったわ♪』
どうも。
「いいわ。許可しましょう。どうしても罪を償いたいと言うならあなたの手で全てを終わらせてみせなさい」
「感謝致します。女神様」
再び斥候を勇者の下へ転送した。
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「ナルキス」
「うぁぁぁぁああ!!!」
勇者は斥候の言葉に気付かず壁を殴りつけている。女神から授かった聖剣は放り出してしまったようだ。相変わらず服も脱いだままだ。
「ナルキス」
斥候は勇者に近づいて抱き締めた。血に塗れた拳を包み込むように下げさせた。
「……お前……どうして」
「……」
「……あいつが……俺は……こんな」
勇者は想像以上に動揺している。
「……お前のせいだ」
「……」
「……お前のせいだぁ!!!」
勇者は斥候を突き飛ばした。そのまま馬乗りになって何度も顔を殴りつけた。
「お前が! お前がぁ!! 罠を見つけるのはお前の仕事だろうがぁ! この役立たずがぁ!!」
何度も何度も殴りつけていく。
「お前のせいで!! あいつも!! あいつらも!!」
斥候はされるがままだ。身を守ろうともしていない。このまま殺されるつもりだろうか。約束を反故にするつもりなのだろうか。
「なんで! なんでいなくなったぁ!? なんであいつが現れた! お前かぁ! お前が仕組んだのかぁ!!」
「……勇者君」
斥候は勇者に向かって笑いかけた。ボコボコになった顔で微笑みかけた。
「っ!!」
勇者は何を思ったか、その顔に下半身を近づけた。斥候も自ら受け入れるように口を開いた。
「っ!? ぎゃぁぁぁぁああああああ!!!」
勇者の絶叫が響いた。斥候の顔が血塗れだ。……勇者の急所を噛み千切ったのだ。
「貴様ぁぁぁあああ!!!」
ブチギレた勇者が拳を振り下ろした。
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「ピュリフィケイション。ヒール」
再び転送されてきた斥候に浄化魔術をかける。治癒魔術は少し弱めにかけておいた。完全に放っておくと死にかねない傷の状態だったからね。かといって完全に回復させてしまうと後が面倒そうだし。
「吐き出させなさい」
魔女っ子に命じて斥候の口から汚物を取り出し、すかさず炎を放って焼き尽くした。
「……どうして」
「やっぱり死ぬつもりだったのね。卑怯者。約束を果たしなさい」
あなたは出頭するのでしょう。勇者パーティーの罪を全て公表して、罪人として裁かれるつもりなのでしょう。そう約束したんだから果たしてみせなさい。
「……必ず」
斥候は意識を失った。
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勇者は程なくして死亡した。
これで私の復讐は完遂された。なんだかあっさりしすぎている気がする。なんなら私自身は半分くらい蚊帳の外だったし。リリスに命じて眺めていただけだもんね。
『自分の手で殺したかった?』
ううん。これで十分だよ。
「女神様」
「その呼び方はもうやめなさい」
「はい……エコー様」
名前、覚えていたのね。
「それで? あなたはどうするの? わかっているでしょうけど、勇者の罪が公になればあなたも無事では済まないわ」
「罰を受け入れます」
う~ん……。
「ダメよ。簡単に楽になれるだなんて思わないで」
「……私は」
「私が沙汰を下すわ」
リリスが? どうするの?
「感謝致します」
「あなたは、いずれ現れるであろう次の勇者の下で力を尽くしなさい。今度こそ真っ当な勇者パーティーの一員として働きなさい」
「それは……」
無理でしょ。どう考えても。顔は割れてるんだし。
「あなたに新しい顔と名前をあげるわ」
そんなことできるの?
「私の手駒になりなさい。私のために勇者の情報を集めなさい。また同じような事があっては困るのよ。出来るわね?」
「はい。エコー様。仰せのままに」
なるほど。いざとなった時のスパイにするんだね。勇者だけじゃなくて、女神様についても調べさせるのか。
『そうよ♪ てことで名前♪ 考えて♪』
え~……私がぁ~……。
『この子のことだけは助けてあげたいんでしょ?』
別にそこまでじゃ……。ただちょっと可哀想かなって思っただけでさ。好き勝手心も身体も弄ばれていたみたいだし。それにこの子は本気で私を気にかけてくれていたもの。やり方はともかくね。
『ふふ♪ 知ってるわ♪ ツンデレってやつね♪』
えっと……この子のことだよね?
『それでどうするのかしら♪』
名前? 名前かぁ……。
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「これからは『アッシュ』と名乗りなさい」
「はい。エコー様」
私が手をかざすと、魔女っ子の顔と髪が変化した。灰色の髪の中性的な顔立ちだ。元の顔とは似ても似つかない。けどこれ魔術によるものだ。そんなに長くは保たないんじゃ?
『心配要らないわ♪』
「飲みなさい」
リリスはアッシュの口に私の血を数敵流し込んだ。
どうやら隷属契約を結んだようだ。私とリリスとの間に結ばれたものとは全くの別物だ。なんならアッシュとの契約主はリリスの方っぽい。
「良い子ね。これからはあの勇者を選んだ女神ではなく、この私を崇めなさい。いずれは白魔術も使わせてあげるわ」
「はい。我が主。仰せのままに」
大丈夫? そんなこと言って。女神様に狙われない?
『全部私に任せなさい♪』
自信満々だぁ。




