01-05.救済と断罪
勇者たちはどうなったかな。
あれから暫く時間が経った。勇者と斥候は密室に閉じ込めて放置してある。勇者の力は強大だ。多少の魔物をけしかけても軽く蹴散らされてしまう。ならばいっそと真っ暗な部屋に閉じ込めてみたのだ。
私の疑問に答えるように私の手が独りでに動いた。再びダンジョンコアが現れ、勇者たちの姿が映し出された。部屋は暗いのにその光景はハッキリと見えてしまった。
「……は?」
想定外の光景に思考がフリーズする。
『これは何をしているの?』
いや……何って……。
『え? 交尾? なんで? どっちもオスでしょ?』
わかんなぁい……私も何がなんだか。わかりたくもない。
『興味深いわね』
ダメ。終わり。もう見ないで。というか見せないで。
『何がキッカケでこうなったのかしら?』
興味持っちゃダメだってばぁ~……。
『あら。よく見ると片方は嫌がっているのね』
いいから。もう実況しなくて。
『でも気になるわ』
大方斥候が勇者に何かを進言して、苛立った勇者に組み敷かれたんでしょ。たぶんその延長だよ。
『サキュバスを送りつけてみれば簡単に倒せるかもしれないわね』
それは……それでまずくない? 勇者の力を吸い尽くしたサキュバスとか。そもそも魔物は神の力に弱いもん。勇者に触れるだけで苦痛だと思う。
『そうだったわね♪ うっかりしていたわ♪』
というかそういう行為自体は知ってるんだ。リリスも。
『ええ。けれどサキュバスの場合はエナジードレインが目的だし、オスとメスなら子供を作るのが目的でしょ。オス同士で、尚且つ追い詰められた状況でやる意味がわからないの。このまま部屋から出られなければ彼らは死んでしまうのに』
それは私もわからない。
『人間って不思議ね♪』
あいつらが特殊なだけだと思う。もっと他のを見てお勉強してください。
……それはそれとして。勇者に洗脳の力は無いのかな? 斥候が嫌がっているってことは、そういうことだよね? 魔女っ子辺りは操られでもしているのかと思ったのに。
あの子、根のお人好しっぷりが漏れ出していたもんね。魔術師らしく黒魔の私を嫌ってはいたけど。それでも私を直接害そうとはしてこなかったし。なんなら道中も度々気遣ってくれていたし。あくまで良かれと思って余計な事やらかすタイプなだけだと思う。お節介が最悪の方向に向いてる時点で害悪だけど。
けど不自然なんだよね。私をボス部屋に放り込んだ後、半日経って様子を見たら普通に勇者たちと談笑してたのがさ。
気のせいかもだけど、私がボス部屋に入った時も焦って引き止めていたような気がするし。
だから何か洗脳でもかけられたのかと思ったのに。
『僧侶と魔術師も見てみましょう♪』
映像が切り替わった。
……あらら。
僧侶はズタボロだ。まだ辛うじて息はあるけど、散々ゴブリンたちに嬲りものにされた後だった。
魔女っ子の方は組み伏せられているだけだ。とはいえ杖は取り上げられているし、僧侶が嬲りものにされている間、ずっとそれを見せつけられていたようだ。枯れた喉でまだ何かを叫び続けている。
もう十分だよね。
私が出るよ。合わせてゴブリンたちは下がらせて。
『がってん♪』
扉を開けて軽く攻撃を仕掛けると、ゴブリンたちは散り散りになって逃げていった。
「あ、あんた!? 生きてたのね!!」
やっぱり妙だ。魔女っ子は心底ホッとしたような顔をしている。私をこの扉の向こうに放り込んだ一人なのに。自分だってさっきまで酷い目にあっていたのに。掠れた声で私の生還を喜んでいる。
「……」
僧侶はダメだね。目が虚ろだ。ゴブリンたちに散々嬲られて心が砕けてしまったようだ。
「ピュリフィケイション。ディスペル・マインド」
辺り一体に浄化をかけ、魔女っ子に精神異常を解除する術を掛けた。
「白魔まで!? しかも無詠唱!? あなたいったい!?」
どうなんだろう。洗脳は解けたかな。そもそもかかっていたのかもわからない。慣れてないから手応とかさっぱりだ。白魔術は練習と検証が必要だ。
「とにかく感謝するわ! ありがとう!!」
そう言いつつ、僧侶を助け起こす魔女っ子。自分のマントを僧侶の身体に纏わせた。
「……ごめんなさい」
今度は突然泣き出した。ぐったりとした僧侶を抱き締めたまま、何度も何度も謝り続けた。情緒不安定だ。これは洗脳が解けた影響なのだろうか。
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「ごめんなさい!!!」
突然、魔女っ子が土下座してきた。
取り敢えず二人をボス部屋に連れ込んだ直後のことだ。
「あ、謝って許されることではないとわかっているわ!!」
何故だか魔女っ子は異様に怯えている。
「……見て」
コアを掲げ、勇者たちを閉じ込めた部屋の様子を魔女っ子にも見せつけた。
「……そう。あなたが。ゴブリンたちも」
魔女っ子は全て理解したようだ。
「……ごめんなさい」
再び深々と頭を下げた。逆上して挑みかかってくることもなく。
「命乞いはなさらないの?」
私の口が勝手に動いた。今のはリリスの言葉だ。
「……」
流石に意地が悪かったかもしれない。
「術者は誰かしら? 勇者? それともその僧侶?」
「……」
白魔術に洗脳系の術なんてあったかな?
「カーム・マインド」
思い出した術を魔女っ子に掛けてみた。
「え……」
強制的に対象者の心を落ち着かせる術だ。使いようによってはこれも催眠代わりにはなるだろう。
或いは「ユーフォリア・マインド」、強制的に多幸感を与える術の方かもしれない。今は使うつもりはないけれど。
「……私に何をさせるつもり? 私は何をすれば償える?」
ついさっきまで後悔と罪の意識に打ちのめされていたような顔をしていた魔女っ子が、落ち着いた表情で問いかけてきた。妙な感じだ。無理矢理心を落ち着かされたせいだろう。
「全て吐き出しなさい。懺悔を聞いてあげるわ」
「……感謝致します。女神様」
魔女っ子はよりによって私を神と錯覚したようだ。そもそも喋ってるの私じゃないし。リリスだし。魔物を女神と呼ぶのは流石に罰当たりがすぎないかな。本人気付いてないだろうけれど。
元々信心深い子なのだろう。勇者一行は女神から力を授かった者たちだし、黒魔を嫌う理由についても、神を信仰するが故なのだろう。
彼女は両手の平を合わせて祈るように罪の告白を始めた。
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「女神様。どうか我らに罰をお与えください」
「そうね。勇者と僧侶は死罪を免れないわね」
この四人はそれだけのことをしでかしてきた。多くの少女たちを似たような手口で傷つけ、殺害してきた。たとえ女神のシステムが彼らを善人だと言い張ったところで、その手はとっくに真っ赤な血で染め上げられていた。その全ての罪を聞いて、更生の余地は無いと確信した。
けれどこの子はどうしようか。勇者と僧侶に関わらなければ真っ当な人生を歩めたでしょうに。術で無理矢理心を書き換えられていたのだから、魔術師と、もしかしたら斥候に関しても、被害者とも言えるのかもしれない。
「私は」
「あなたを裁くつもりはないわ」
別に私は司法でもなんでもないし。女神からも誰をどうしろとまでは指示されていないもの。そこは私の裁量でやらせてもらいましょう。
「そろそろ斥候も助けてあげましょう」
僧侶が勇者の下へ送られ、代わりに息も絶え絶えな斥候が姿を表した。
「ピュリフィケイション。ディスペル・マインド。ヒール」
回復はやりすぎ?
正気に戻った斥候とも、先程の魔女っ子と似たようなやり取りを済ませた。しかし斥候の方は、素直に諦めようとはしなかった。
「どうか。勇者をお救いください。女神様」
魔女っ子と並んで祈りを捧げながら懇願を続けている。
この斥候は本気であの勇者に惚れ込んでいるらしい。洗脳が解けてもそれは変わらなかった。
当然この時点でギルティだ。罪人を私情で救おうとする者は同罪だ。たとえその愛が洗脳の末に培われたものなのだとしてもだ。被害者たちの無念を思えば、救ってくれだなんて口が裂けても言える筈がないのだから。
「望むならあの部屋に送り返してあげるわ。最期の時を共に過ごしなさい」
「感謝致します」
即答かよ。
「やっぱり気が変わったわ。それがあなたに対する罰よ」
「……」
ギロって睨んできた。けどそれも一瞬だった。再び力なく視線を下に落とした。
流石に人の心が無さ過ぎたかも。まあ、リリスは魔物だからね。器用に私の心も汲んで言葉を選んでくれているけれど。
「勇者と僧侶の命が尽きるまでここに留まりなさい。その後は自由にしてあげるわ」
あの二人は暗闇に放置だ。いかな勇者と言えど、飢えれば死も訪れる。部屋は完全に隔離してあるから、他の冒険者たちに見つかる心配もない。
そして何より、この方法なら私が罪人へと落ちることもない。善人を殺せば悪人になる。それがこの世の摂理だ。絶対のルールだ。抜け道だらけだけど。そもそも女神様に選ばれた私なら適応されないかもだけど。一応ね。
……このまま放っておけば勇者は僧侶を殺してしまうかもしれない。あれの短気さなら十分にあり得る話だ。その時は私がこの手で決着をつけよう。悪人を殺しても悪人には落ちない。それもまた抜け道の内の一つだ。
今のまま勇者を司法に突き出しても、死罪が与えられることは決して無い。何故なら善人にカテゴライズされた人物を殺せば、たとえ処刑人だって悪人となってしまうからだ。
抜け道はたしかにあるけれど、だからって彼らが積極的にそんな手段を取ることはあり得ない。
どうしてそう言い切れるのかと言えば、勇者を裁くのは確実に教会の者たちであるからだ。教会は女神の言葉を地上に届ける役割をも担っている。彼らはこの地上における女神の代行者だ。すなわち勇者を指名した責任は彼らにもある。
どこか別の国や組織が勝手に勇者を罰することはあり得ない。必ず教会に突き出すことになる。教会の者たちは抜け道なんて使わない。女神が常に見ていると誰よりも知っているのだから。
かと言って、人間の力で勇者を封じておける筈もない。それはここがダンジョンだから出来るのだ。ダンジョンの壁は勇者にだって破壊できない代物だ。
つくづく融通の利かないシステムだ。女神様は何を思ってこんなシステムを敷いているのだろうか。
更に言うなら、それだけの罪を重ねてきた勇者と僧侶に力を与え続けたことも不可解だ。私をわざわざ蘇らせて彼らの断罪者に据えておきながら、以降も僧侶の術は発動出来ていた。
なんてシステマチックな女神様だ。実は自分ではどうにもならないのだろうか。
「「……」」
二人は無言で祈りを捧げ続けた。当然神ではない私に、二人が心の内で何を願っていたのかなんて知る由もなかった。




