04-13.未来の不安と解決策
ネメちゃんは寛大で薄情だ。
別に人類を根絶やしにしたいわけではないし、無価値と切り捨ててしまったわけでもない。きっと人類種そのものが対象であるなら、守ろうとさえしてくれるだろう。それもこれも世界の存続に必要だからだ。憧れのお母さんを真似るには人類の存在も必要不可欠だからだ。
そして中には、特別に目をかけてもらえる者だって存在するだろう。私やティアのように。ネメちゃんは、決して人類種を嫌悪しているわけじゃない。
善人を悪意から遠ざけ、悪人に更生の機会すら与えてくれる慈悲だって持っている。だから教会も、ネメちゃんを積極的に排斥しようとはしてこなかった。例え勇者と魔王の関係が無くったって、それはきっと変わらなかった筈だ。
まあ、一言で言えばだ。我々は互いを理解し合えていないのだ。
教会はネメちゃんが相互理解不可能な上位存在と割り切って、適度な距離感を望んでいる。だから降臨してほしくなかったのだ。
ネメちゃんはネメちゃんで、邪魔さえしないなら、教会の者たちが自分をどう思おうとも興味がない。
先程容赦なく始末しようとしたのは、あくまで私がぞんざいに扱われたからだ。私が許すと言った以上、ネメちゃんがそれ以上に気にすることはない。もう教会を丸ごと潰そうだなんて言い出さないだろう。そもそもその労力を払う価値があるとすら思っていないのだから。
この関係性は決して悪いことばかりではない。相互に不可侵で在り続けるならば、互いに傷つけ合うことだって無いのだ。問題の魔王だって、放っておけば女神様自ら成敗してくれるのだ。人間たちからすれば、取り立てて騒ぎを大きくする必要も無い状況だ。
だから教会の者たちは沈黙を選んだのだろう。既に女神の降臨は成されてしまった。後は息を潜めてやり過ごすしかないのだ。彼らにとっては。どのみち勝てやしないのだから。
『私たちも同じよ♪ 良い家族になりましょう♪』
リリスはいつだって前向きだ。ネメちゃんにどれだけぞんざいに扱われても、彼女を嫌う素振りもない。どころか私の家族として認めてくれている。リリスのこういう精神性はとても好ましい。本当に。愛してるぜ♪ 相棒♪
『私もよ♪ 相棒♪』
「むっ! 浮気の気配!」
私の腕を抱いて寄りかかるネメちゃんが、更に身体を擦り寄せてきた。
「浮気をしているのはあなたの方でしょう!」
モニカが遂に我慢の限界を迎えて立ち上がった。
「煩いやつ。エコーのお気に入りじゃなければ」
「ネメちゃん。モニカを傷つけたら本当に許さないからね」
「わかってるってば」
ネメちゃんは不貞腐れて、ソファと私の腕の間に無理やり顔を突っ込んだ。
「まるで子供そのものですね! 女神が聞いて呆れます!」
「……モニカも……言い過ぎ」
「エコーさんもエコーさんです! これ以上ハーレムを増やすならちゃんと筋を通してください!」
「……認めてください」
「許します!」
あらあっさり。
「だからちゃんと紹介してください! エコーさんの口から聞きたいんです!」
……それもそっか。
「……私は」
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だいぶ長いこと話し合った。
モニカとネメちゃんも少しずつ話をするようになった。
二人はなんだかんだと仲良くなった。流石モニカ。コミュニケーション能力が高すぎるぜ……。
「エコー様。こちらへ」
シア、ティア、私の三人で追加で話し合うことになった。
ネメちゃんはモニカとリリスが足止めしてくれている。二人の行き届いた接待に、ネメちゃんも満更ではなさそうだ。
アッシュは念のため見ていてくれるそうだ。ベルタは何かお使いを頼まれてこの場には居ない。
そんなわけで、三人だけで別室に移動した。
「エコーの身体の状態は?」
「えっとね……」
そう言えば私、普通に喋れるようになってる。さっき沢山喋ったから? それともこの身体が? 関係ないか。
「私の根源? 本体? は、今も向こうの身体みたい。こっちは仮の容れ物に精神だけ移した感じかなって」
ネメちゃんは私の寿命を取っ払うとか言ってたし、このまま無機物の身体で生かすつもりなのかもしれない。
「それも問題なのだわ。けれどもっと大きな問題があるのだわ」
シアが本題を話すようだ。
「女神ネメシスは本当にエコー様を愛しているのか。一番の問題はそこにあるのだわ」
「……」
二人とも神妙な顔付きだ。どういうこっちゃ。
「ネメちゃんは私のこと大好きだよ?」
私は別に疑ってないよ?
「よく考えるのだわ。神はそもそも人間を対等な存在だなんて思っていないのだわ」
それはまあ、わかるけども。
「同時に女神ネメシスの個人の精神性は酷く幼稚なのだわ。神としてだけでなく、幼子特有の残酷さだって併せ持っているのだわ。だから真に受けるだけではダメなのだわ」
えっと……つまり……。
「ネメちゃんは物語の英雄に憧れているだけってこと? 私はその英雄の代わりなの?」
「可能性が高いのだわ」
……まあね。わからなくもないけども。実際本人からもそう言われてるわけだし。
「勇者と聖女で扱いに差がありすぎるのだわ。きっと女神ネメシスのお母様がそうだったからなのだわ」
流石にそれは考えすぎではなかろうか。
「そこは単純に女の子にしか興味が無いだけじゃない?」
「だったら勇者にも少女を指名する筈なのだわ」
それは……そうかも? いやわからんけど。
「勇者を選定したのって教会なんでしょ?」
「そうなのだわ。けれど圧力くらい掛けられるのだわ」
それ言い出したらキリがないと思うけど。なにせ女神様だしさ。
「勇者と聖女とは、教会が選び、公爵家が鍛え、主がお認めになって決定されます。そもそも主の関心が薄いからこそ、教会に実質的な選定の権利を委ねているのではないかと」
それが事実だよね。そこに感情的な付帯情報を付けるにしても、今の段階で言い切るのは早計だよね。私たちは結局ネメちゃんのことを禄に理解出来ていないんだしさ。
「少し様子を見てみたらどうかな。ネメちゃんだって今すぐ暴れだすことは無いんだしさ。教会の人たちだって、今更手を出してくることはないでしょ?」
「……その筈なのだわ」
希望的観測だ。若干疑っているんだね。
「ネメちゃんは国を作りたいんだってさ」
「「……」」
ありゃ。これは言っちゃダメなやつだった?
そんなおっかない顔するとは思わなかった。
「女神ネメシスはどこに国を作ると言ったんですの?」
「それは聞いてないけどさ」
取り敢えず、アドラスティア聖王国に期待していないのは間違いなさそう。
「もしや……魔王国なのでは?」
魔王城はネメちゃんの産み出したダンジョンって話だもんね。そのまま魔王ごと支配下に置くのは手っ取り早いかもしれないね。ネメちゃんのことをある意味でちゃんと理解しているアドラスティアは、従ってなんてくれないだろうし。
「行き着く先は人類対女神の戦争なのだわ」
「大げさだよ~」
「いいえ。そうとは限りませんよ。エコー」
ティアまで? そう思うの?
「仮に主がその意思を持たずとも、人類は脅威に抗おうとするでしょう」
まあそうね。女神と魔王が組んだとか、人類にとっては間違いなく悪夢だもんね。たとえ私が口を酸っぱくしてネメちゃんに言い聞かせても、人類国家がそれで恐怖を払拭出来るわけでもないもんね。
「なら私たちはどこを目指すべきだと思うの? 仲直り?」
正直現実的じゃないと思うんだよね。それこそ、たとえ女神様の仰せだって、人類全体が無条件で支配下に収まるとも思えないし。
「言っちゃああれだけど、ネメちゃんは人間なんて支配して当然だと思ってるんだ。けど人間って、そういうの嫌うもんね。だから支配者ごと支配できそうな魔王国を領地にするのって理に適っているよね。この強固な方針を突き崩すには、どんな魅力的な未来を用意してあげる必要があるのかな?」
「「……」」
具体案は無さそうだ。だから困っているんだけれども。
「ネメちゃんとも話し合ってみようか。ちゃんと腹を割ってさ」
「「それは……」」
「大丈夫。ネメちゃんは話を聞いてくれないわけじゃない。私の希望を無視してまで強行することは絶対に無いからさ」
「だからそこがそもそも疑わしいと申しているのだわ」
「ううん。絶対だよ。たとえ今はシアの言う通りなのだとしてもね」
つまるところ、やることは変わらないわけだ。
私は当初の予定通り、ネメちゃんを口説き落としてみせよう。それが私の為すべきことだ。改めてそう理解した。
「私を信じて任せてみて。私も皆を信じて頼るから」
どこの国を取るだとかって話はその後でも構わない。
先ずは相互理解を深めよう。神と人。ネメちゃんと私。教会と私たち。その繋がりを強固なものとしていけば、誰も間違った道になんて進まないから。
「……夢物語なのだわ。人間はそう単純なものではないのだわ」
「……ですが、可能性はあります。どのみち主が脅威と取られている現状を放ってはおけません。でなければどこへ行こうと同じ話です」
「そうだよ。逃げ続けるわけにもいかないんだしさ」
あのネメちゃんが、人間たちに気を遣って縮こまって生きるなんて出来る筈がないんだもの。誰に頼まれたってさ。
「教会に行くのだわ。少しでも時間を稼いでくるのだわ」
「私も同行します」
二人とも張り切ってるね。
「ありがとう。けど無理はしないでね。彼らだって今すぐ動き出したりは……しないと思うし」
まさか女神を暗殺出来るとか思わないよね?
私を処刑しようとしたあのお爺さんとかならありそう?
「少しは理解してもらえたようなのだわ」
私が言い淀んだから安心するってどうなんよ。
「エコー。あなたには期待しています」
ティアがスルッと抱き締めてきた。
随分と不安にさせてしまったようだ。
「頑張るね。もっとティアが素直に生きられる世の中にしてみせるから」
「……はい。楽しみにしています」
ふっふっふ♪ 頑張るぜい♪
「恋人に甘い言葉を囁いてやることが、新しく加わった恋人を口説くことだなんて。エコー様はスケコマシなのだわ」
人聞きの悪いことを……事実だけども。
「そういうこと言うならシアには何も言ってあげないもん」
「問題無いのだわ。わたくしは待つのなんて性に合わないのだわ」
ティアが離れたのを見計らって、頬に口付けてきた。
「そこは遠慮するんだね」
「あまり挑発するものではないのだわ」
あかん。本気で唇奪われそう。
「ごめんなさい」
「それはそれで酷いのだわ」
シアのためだよ。誰に刺されるかわかんないでしょ。抜け駆けなんかしたらさ。
「オルテシア。グズグズしている時間はありませんよ」
若干むっとした様子のティアが先に部屋を出ていった。
「今日のところはこれくらいにしてあげるのだわ♪」
負け惜しみのようなことを言って後に続くシア。
さて。私も皆のところに戻るとしよう。先ずはリリスと合流して作戦会議だね。それから後は流れで頑張ろう。
えいえいおー♪




