03-12.正しき聖女
「話は私が聖女として見出された頃にまで遡ります」
聖女ユースティリアは勇者に先んじてその立場に就いていた。元々聖女とはそういうものだそうだ。幼き頃より教会に務め、その力を磨いていくのだという。
全ては勇者を導くために。聖女には全てが叩き込まれる。力も知識もその美貌すらも。全ては勇者と人々のために。
聖女として任命された者は、その名すらも奪われる。家族と引き離され、教会の庇護の下、特別な教育を施される。
グラディス公爵家の令嬢である、オルテシアと引き合わされたのもその頃だ。
教育の一部はグラディス公爵家が担うからだ。彼女は幼き頃より公爵家にも定期的に通っていた。
ユースティリアはそうして育ってきた。
本来ならば従順な筈だった。聖女とは、教会と女神様の言いなりになるべき存在だった。幼少の頃から洗脳じみた教育を施されている筈だった。
勇者を拒絶するなど、あってはならぬことだった。
しかしユースティリアは違った。ティアは何より正しきを重んじた。聖女としての立場にも疑問を抱いた。教会の在り方に疑いを向けてしまった。あろうことか、女神様の差配に真っ向から反意を示してしまった。
彼女には全てが視えていた。シアと同じだ。彼女の才能はそれ以上だった。人の眼を見れば、その人がどんな人間か見抜く事ができた。勇者の欲望を一目で見抜いていた。
結果は彼女の警告した通りだ。
勇者は国中で問題を起こし続けた。
しかし教会は決定を覆さなかった。女神様すらも今代の勇者に力を与えた。聖女の言葉は誰にも届かなかった。そもそも彼らには、聖女の言葉を聞き入れるつもりがなかった。
ティアにだって迷いはあった。毅然とした態度を貫きつつも、信奉する女神様の為すことだからと信じていた。信じたかった。神様だって時には間違いを犯すことがあるだけなのだと。次は間違いのない者を選んでくれるのだと。そう信じていたかった。今でも女神様のことだけは信じていた。
けれどそれはそれだ。
例え女神様が言葉をくださらなくとも。
例え教会都市の者たちから疎まれようとも。
ティアは自らが為すべきとすることを為し続けてきた。
ティアは一人、新たな勇者を探して旅に出た。本当に相応しい者を連れていけば、皆が納得する者を連れて行きさえすれば。きっと教会都市の者たちも話を聞いてくれるだろう。女神様だって間違いを認めて考えを改めてくれるだろう。そう信じていた。
ある時ティアは呼び戻された。
内容は書状の件だ。ティアは同意を迫られた。もちろん彼女はこれに反対した。
教会都市の者たちは失敗作の聖女を幽閉することにした。
聖女は強すぎる。真っ向から挑んで勝てる筈もない。暗殺だって通用しないだろう。そもそも直接手を下せば悪人に落ちてしまう。だから彼らは……ティアを暗い地下牢に閉じ込めて、厳重に封印を施した。
私が勇者に対してやろうとしたのと同じことだ。
教会の連中は、飢えによって聖女の命を奪おうとした。
ティアが脱出を果たした頃には、既にシアは旅立った後だった。彼女は慌てて追いかけた。
親友を勇者の毒牙から救い出すため。
教会都市で再び戦う力を手にするため。
相応しき勇者を見出すため。
それが彼女の目的の全てだ。
旅の道中、ティアは勇者の訃報を耳にした。
教会都市は新たな勇者と聖女を擁立するだろう。だから早く戻らねばならない。また同じことが繰り返される前に。勇者によって人々が苦しむ世界になんてさせないために。
ティア一人では戦えない。だから親友であるオルテシアだけが頼りだった。そして今は、そこに私も加わった。
ティアが求める同志とは、共に教会に乗り込んで、腐敗を正す者たちのことだった。
ティアだって、シアがいるから絶対に勝てると思っているわけじゃない。私がいれば確実に説得出来ると考えているわけでもない。
けれどそれでもだ。この子は動き続けずにはいられないのだ。どんなに小さな可能性でも、例え親友を再び危険に晒す愚行であっても。彼女が足を止める理由にはならないのだ。
「オルテシア。エコー。モニカ。ベルタ。どうか力を貸してください。私には成さねばならぬことがあります。新たな魔王が現れた以上、いつまでも人間同士で争っている場合ではないのです。教会都市を纏め上げるため、私と志を共にしてください」
ティアは深々と頭を下げた。
「頭を上げるのだわ」
シアはティアの肩を掴んで引き寄せ、抱き締めた。
「全てエコー様に任せるのだわ。このお方は間違いなく魔王を打倒してくれるのだわ。リブラなんか放っといて、このまま魔王討伐に行くのだわ」
えぇ……。それはちょっとぉ……。
「バックアップは必要です。それに魔王を打倒したところでその後人間たちから排斥されれば意味がありません。そんなものは正しい自己犠牲とは呼びません。和解は必要です」
「あなたは頑固過ぎるのだわ。そんな目にあっても聖女に拘るだなんておバカなのだわ」
「バ……酷いです。私は本当にあなたのことだって……」
「結局ユースティリアに救われても、わたくしの運命は変わらなかったのだわ」
「そんなことはありません。私が全力で守ります」
「それが出来ないから追われたのだわ。聖女がいくら強かったって、一国を相手取って勝てる筈がないのだわ」
「それは……」
「そういうところなのだわ。ユースティリアは夢見がち過ぎるのだわ。きっと女神もお父様も苦渋を飲み込んだのだわ。それでも選んだ結果なのだわ」
「……信じているのですか?」
「可能性の話なのだわ。ユースティリアが幽閉されたのだって、命まで奪うつもりは無かったかもしれないのだわ。ある程度弱らせたところで説得するつもりだったのかもしれないのだわ。或いは命を奪ったとしても、何の後悔も無かったとは限らないのだわ。それだって彼らにとっては苦肉の策だったのかもしれないのだわ」
「……」
「あなただって散々好き放題してきたのだわ。勇者が信頼出来ないなら側で凶行を止める手だってあったのだわ。それこそ自分の身体を差し出していれば、他の多くの少女たちが犠牲となることだけは無かったかもしれないのだわ。あなたにはそれだけの魅力があるのだわ」
それは流石に暴論だ。言いたいことはわかるけれども。
「勇者パーティーの斥候が最後にはそうしたように、油断した勇者の首を落とす手もあったのだわ。あなたは自分が『悪人』にならないために、他の多くの犠牲を許容したのだわ。いずれ必ず間違った勇者を排斥してみせるからと自分に言い聞かせ、犠牲者たちから目を逸らし、自己満足の旅を続けていただけなのだわ」
「……おっしゃる通りです」
手厳しい……。
「それもこれもユースティリアが聖女の立場に拘りすぎたせいなのだわ。そんなのさっさと手放して自分の手で魔王を討ち果たしてしまえばよかったのだわ。聖女と勇者でなければ魔王を討ち果たせないだなんて教会が言っているだけなのだわ。その言葉だって信用出来るとは限らなかったのだわ」
「……はい」
流石に言いがかりが過ぎるとは思うけど。モニカの存在だとかは結果論なわけだし。そもそも聖女を辞めるなんて、自分の意思で出来るとは思えないし。それが通ったとしても、おそらく力と席を返還するために自死を求められたことだろうし。
とはいえ、ティア本人は腑に落ちたようだ。彼女は今、シアの言葉が最も正しいものであると考えているのだろう。結局本質は変わらないのかも。
「あなたも宗旨替えするのだわ。女神様ではなくエコー様を信じるのだわ。声の届かない天上の存在よりも、眼の前に御わす偉大なるお方を信奉するのだわ」
え……? シアは女神様も信じてるんじゃなかったの? いつの間に宗旨替えなんてしてたの? もしかして自覚しちゃった? 神聖魔術の力の出どころとか。
「……なるほど」
何を納得したのだろう。
「主がお声をくださらぬのは私にその価値が無いから。私はそんなことにも気が付かずに思い上がっていたのですね。私もまた、聖女に相応しき人物ではなかったのですね」
なんでそうなるのさ。誰より真面目に聖女やってたじゃんさ。
「エコー。あなたは自らを『断罪者』と仰られましたね」
……ああ。うん。言ってたね。
「我が命はあなたに委ねます」
……別に良いけどさ。それで本当に納得出来るならね。




