03-03.信仰の拠り所
やっぱり待っているべきだったんだよ。大人しく。
状況はより悪化した。
少し戻って街道を見つけるつもりだった。
そこでアッシュの手配した馬車を待つつもりだった。
しかし、いくら歩けど街道なんて見えてこない。
あるのは平原と森だけだ。ここはどこ。私はエコー。
「ピクニックしましょう♪ 良いお天気です♪」
のうてんき~。
「わたくしも魔術の修行をつけてほしいのだわ」
いいけどさ~。
「エコー様。ここに住まうのは如何でしょう」
いいかもね~。
結局、諦めてその場にテントを設置した。
アッシュは優秀だって話だし、きっと見つけ出してくれることだろう。……え? 来るのは別の人? アッシュは馬車を手配しただけ? そっかぁ……。
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「はぁ! やぁ! とりゃ!」
本人は絶妙に気が抜ける声を張り上げているのに、その両腕が振るう木の枝からは「グオン! ゴオン! ブオン!」と轟音が鳴り響いている。飛ぶ斬撃とか初めて見た。
買ってあげた木剣はとうに木屑と化した。モニカの腕力は留まる事を知らない。リリスが強化してくれた枝でも日が暮れる頃には砕け散っている。最早彼女をただの受付嬢と信じる者は誰もいないだろう。
モニカならなれるのではなかろうか。歴代最強の勇者に。
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「凄いのだわ♪ 本当に神聖魔術が使えたのだわ♪」
凄いのはシアもだ。或いはリリスの方なのかもしれない。
隷属契約と神聖魔術の親和性の高さがこれ程とは。私を神に見立てることで、本当に神聖魔術を行使してみせたのだ。
……これやばくね? 女神様の信徒を強引に奪い取る行為だよ? もっと搦手使って横取りするのかと思ったら、こんな脳筋じみた方法で書き換えるなんて。
しかもシア本人は自覚も無いのだ。彼女はまだ女神様の敬虔な信徒でいるつもりなのだ。私に与えられた力で術を行使しているのに。
そりゃまあ、私だって女神の使徒だ。だから結果的にはシアも女神様の信徒のままでいられるのかもしれない。
けどなぁ……。
『大丈夫よ♪ この程度のことで神が目くじらを立てる筈が無いじゃない♪』
つまりお目溢し前提の自覚はあると。
『もう♪ エコーは心配性ね♪』
もちろんリリスを信じていないわけじゃないんだけどさ。
『ありがとう♪ 嬉しいわ♪』
……なんだかなぁ。
『惚れた弱み?』
……そりゃあリリスの好きにはさせてあげたいけどさ。
『ふひひ♪』
もう……。
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「エコー様」
「ありがとう♪ ベルタ♪」
ベルタが淹れてくれたお茶を口に運ぶ。……美味しい。
「失礼します」
ベルタは勧めるまでもなく隣に座った。近い。
「のどかな土地ですね。エコー様」
「そうね」
「隠居するには適した土地ですね。エコー様」
「そうかもね」
何が言いたいのかな。このメイドさん。
「どうかシア様をお守りください」
……あら。
「私は不安なのです。リブラに帰るのは本当に必要なことなのでしょうか」
……そりゃそうか。不安にもなるよね。ベルタなら。このメイドさんは本当にシアを大切に想っているんだもの。公爵家を見限って、シア個人に付くと迷わず言えてしまうくらいにさ。
シアはグラディス家に裏切られた。帰ればまた利用されるかもしれない。それが貴族令嬢として当たり前のことだからと、公爵は非道な宣告を下すかもしれない。
たとえ身体は守り通せても、心は傷付くかもしれない。面と向かって親から切り捨てられてしまえば……或いはその非道を見せつけられれば、親を憎み蔑む結果に繋がってしまうのかもしれない。
勇者を庇っていたことが倫理的に悪であることは間違いない。しかし世界にとっての悪であったのかはわからない。
あの勇者は強かった。その一点において、間違いなく逸材だった。彼には価値があった。罪を犯したからといって、切り捨てられない理由は確かにあったのだろう。
公爵や聖女の立場であれば尚更だ。彼らは娘や親友を裏切っただけで、世界や人類を裏切ったわけじゃない。
しかし女神様は勇者の断罪を決断した。私を蘇らせて、その処分を依頼した。それもまた真実だ。彼らにとっては知りようのないことなのかもしれないけれど。
だとするなら、教会の思惑は女神様のものとも別に存在しているのかもしれない。或いはすれ違いがあっただけなのかもしれない。
私にはわからない。この場で真実に則った決断を下すことは出来ない。ベルタが気にしているように、本当は必要なんて無いのかもしれない。
それでも私たちは選んだ道を進むしかない。自分が正しいと思った道を選び続けるしかないのだ。いつだって。
「シアが本当に望まないのなら解放してあげるわ。だからベルタは主を信じなさい」
「……はい。エコー様」
きっとベルタの望む答えではなかった筈だ。
それでもベルタは頷いた。
それがベルタの選択だった。




