02-09.罪の重さ
「聖剣を寄越せ! この女がどうなってもいいのか!」
マズった……。
「うわ~ん! 助けてくださ~い! エコーさ~ん!!」
モニカが捕まってしまった……。
どうしよう……。
「なぁ~んで迷うんですかぁ~! 恋人と聖剣どっちが大切なんですかぁ~!」
どうしてそう余計なことばっかり……。
「はっ♪ こいつぁ都合が良いな! ほぉ~れ! 早くしろよ! でないと大切な恋人が傷物になっちまうぞ!」
「「「「ギャハハハ!」」」」
「ひっ!? ひぃっ!?」
……リリス。
……見捨てよっか。
『ダメに決まってるでしょ♪』
え~……だってあの子の自業自得で~……。
『それでもよ♪ エコーの大切な恋人でしょ♪』
それも勝手に……はぁ……どうしてこうなるかなぁ……。
いや……まあ、経緯は知ってるんだけどね。リリスが教えてくれたし。
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モニカとベルタの二人は、買い出し中に見覚えのある男を発見した。盗賊たちの内の一人だ。おそらく偵察用の「白」だろう。
「白」とは、元々盗賊たちの業界用語で、意図的に「善人判定」を維持し続ける者たちのことだ。
「悪人判定」を受けた者は基本的に町には入れない。専用の水晶、「女神の天秤」が暗く濁ってその接近を知らせるからだ。
何故水晶に「天秤」なんて名前が付けられているのかと言えば、この水晶が近づくほど、そして犯した罪が重いほど、悪人の身体は重くなり、最終的には平伏してしまうからだ。
このアドラスティア聖王国には、至る所に水晶が設置されている。実は魔物除けの効果もあり、各町には必ず一つ以上置かれているものなのだ。
なんなら、サイズによっては騎士が持ち歩くことだって出来てしまう。それこそこの国に人を殺す盗賊が少ない最たる理由だ。
まあ、金品の奪取だけなら罪人扱いされないから、結局盗賊被害自体はなくならないけどね。後は間接的な罠で一網打尽にした上で奪うなんて手口もあるわけだし。それから教会都市を離れる程に効果が弱まるなんて特徴もあったりするし。肝心の魔王領付近ではあまり役に立たなかったりもするわけだ。
当然、教会都市の大貴族である公爵や、その娘であるシアが水晶を用意出来なかった筈はない。本来ならば護衛たちが持ち歩いていたのだろう。
しかし公爵は、敢えて水晶を持たせなかったのだ。
まず間違いなく、シア本人に勇者の罪を知らせないためだろう。公爵が念のため取り上げていたと考えざるを得ない。
シアが勇者の手に渡る前に疑念を抱いては都合が悪かったのだ。シア本人に何も伝えず送り出したのも同様の理由だ。胸糞悪いったらありゃしない。
水晶が反応を示すのは、あくまで女神様の定めたルールにおける「悪人」だけだ。「善人」を殺した数だけがその人の罪の重さとしてカウントされていく仕組みだ。
女神様は敢えて大雑把な仕組みを敷かれているのかもしれないけれど、そのせいで抜け道が多すぎるのは困りものだ。
ともかく、「白」は女神様の監視を掻い潜るのに重宝されている。彼らは盗賊団に所属しながらも、決して殺しは行わない。町に出入りして偵察や物資の売買を担当するためだ。更に言うなら、乱戦時に大規模魔法で殲滅されるのを防ぐ効果まで期待出来たりもする。討伐隊だって悪人にはなりたくないものね。大概そういう時は水晶も持っていくからあまり期待は出来ないけれども。あくまで気休めにね。
モニカはギルドの受付嬢を務めるだけあって、人の顔を覚えるのが得意だ。彼女は迷うことなく、買い出し中に見つけた盗賊の一人を追跡した。
ベルタもやり返したかったのだろう。勇者と目されるモニカならどうとでもなると考えたそうだ。
結局は、町を出て少し行ったところで盗賊たちに捕まった。モニカは聞かれてもいないのに聖剣のことまでゲロったそうだ。「自分は勇者だからやれる筈」「今は聖剣が無いから負けたんだ」そんな感じに。
なんとか乱暴される前には追いつけたようだ。二人ともまだ無事だ。なんならベルタは捕まってすらいなかった。意外と要領良いのかもしれない。このへっぴりメイド。
さてどうしたものだろうか。別に聖剣はくれてやってもいい。たぶんこいつらは持ち上げることすら出来ないし。というかよく信じたよね。今私が持っているこれが聖剣だって。
『エコーだからじゃないかしら?』
どういう意味さ。
『それよりちょっと面倒くさいわね』
そうだね。纏めて吹っ飛ばすわけにはいかないもんね。仮に人質がいなかったとしてもさ。
さっきは「気休め」だなんて思ったけれど、案外と厄介な制約だ。面倒くさい。
『今のエコーなら、賊どもの手足の一本二本消し飛ばしたって、後から完全に回復させられるわ♪ 遠慮せずやっちゃいなさいな♪』
リリスがやってくれてもいいんだよ?
『とんでもないわ♪ エコーの見せ場を取ったりなんて出来ないわ♪』
のんき~。
「おい! いつまで黙ってやがる!」
『可哀想に。この盗賊ったら、手が震えているわ。精一杯虚勢を張っているだけなのね。本当はエコーが怖くて堪らないのね』
道理で。長々考えていた割にモニカが無事なわけだ。そのたわわな胸を揉みしだいて挑発してくるでもなく、むしろ若干緩めな拘束で刃物を突き付けているだけなのだ。
背後で笑い転げる連中はそんなことにも気付いていないようだけど。
別に全員が私を知っているわけでもないのだろう。
「これが欲しいのね?」
「そ、そう言ってんだろうが!」
私は盗賊目掛けて聖剣の入った革袋を放り投げた。
「なっ!?」
放物線を描いて飛んで来た聖剣をキャッチしようと、盗賊はモニカから手を離してしまった。
「がはっ!?」
空中で聖剣を受け止めた盗賊は、その異様な重さに耐えきれず、後頭部から地面に倒れ込む。慌ててその盗賊を支えようとした仲間たちまでお構いなしだ。大の男が五人がかりでもびくともしていない。全員纏めて地面に縫い付けられたかのように、身動きが取れなくなった。
「野郎!!」
それを遠巻きに見ていた他の盗賊たちの一部が、自棄になったように突っ込んできた。私が魔術で何かしたとでも思ったのだろうか。
「ありがとうございます! エコーさん!」
は?
何を思ったかモニカは、こちらに向かって逃げ出してくるのではなく、盗賊たちの方を振り向いた。そのまま片手で聖剣を掴み上げ、威嚇するように掲げて見せた。
「我こそは勇者なり!!」
男たちを押し潰した聖剣を片手で振り上げたモニカの姿には、無知な盗賊たちすら怯ませる迫力があったようだ。その声の大きさにビビったのもあるかもだけど。
「何が勇者だ!!」
一人の盗賊が突っ込んできた。
「ぐぁっ!?」
無造作に振るわれた聖剣に薙ぎ払われた。
大の男が、子供のような体格のモニカに、軽々と吹き飛ばされてしまった。
「「「「「ひぃっ!! 化物だぁ!!」」」」」
残った盗賊たちは一目散に逃げ出した。判断が早い。
「待ちなさい!! 悪党ども!!」
「待つのはあなたよ。モニカ」
追いかけそうになったモニカを引き止める。
「逃げられてしまいますよ!?」
「大丈夫よ。あいつらはこの地じゃ生きられないから」
どうせすぐ討伐されるのがオチだ。
そんなことよりも。今はこっちだ。
「ヒール」
「えぇ!? 何故盗賊の治療を!?」
モニカが「悪人」になったら困るからでしょうが。
今は水晶無いし、判別も出来ないもの。全員生かして連れて行くしかないわ。
「後でお説教よ」
「そんなぁ!? 私活躍しましたよぉ!?」
人質に取られてたでしょうが……。




